窓の猫。

朝、家を出て会社に向かう道沿いにあるマンションの部屋には、晴れていると必ず猫がいる。
飼い主はまだ寝ているのか、遮光カーテンからこちら側の窓にへばりつくように座って、日光浴をしている。
猫は寒がりだからだろうか?
先日用事があって午後早めに家に戻ったら、その時も猫は窓にへばりついたまま日向ぼっこをしていた。
マンションの部屋だけで暮らす猫の世界において、この窓側がきっと、この猫の特等席なのだろう。
窓のこちら側には、もっと広い世界があるのにな。

明けても暮れても、おせち作り。

お煮しめに、これから火を入れるところ。

29日に黒豆を水に浸したりしながら始まったおせち料理作りは、30日31日と二日間かけて全ての料理を順番に仕上げてゆく。
年に一度のおせち作りは、全てが思い通りにいくわけはなく、食材を買いに行っても思った食材が手に入らなかったり、新鮮な卵でゆで卵を作ったら、皮がきれいに剝けずまた卵を茹でるも失敗して「キィ〜ッ!」となったりした。
それでも、大晦日の午後、あと数品を残すのみとなり、真鯛をすり身にして卵と混ぜ合わせ、「これで伊達巻が出来たら、あとはほぼ終わりだー」と思ったのも束の間、オーブンから伊達巻を取り出し、鬼すにかばっと載せるも卵は固まったまま鬼すには降りてこなくて、またひっくり返してナイフを入れて、も一度鬼すに載せようとするものの、見事に崩れ落ち、失敗してしまった。
匂いも味も完璧な伊達巻なのに、形がもうボロボロで、Kとふたり大笑いしてしまった。
そんな失敗もいくつかあったけど、血眼になりながらおせち料理をなんとか14品仕上げることが出来た。
来年こそは、美しい伊達巻を作るぞと、固く心に誓ったのだ。

生命が、縮こまってしまった時に。

朝起きたら、なんだかとても寒く、胸のあたりにある自分の『生命』が、小さく縮こまってしまっているのを感じた。
僕が、『生命』と感じるものは、僕の胸のあたりにいつもあって、テニスボールより少し小さな球体のもの。僕の小さな分身のようなもので、核のように感じるもの。
このところ、急激に秋も深まって来ていて、気温も下がってきたからだろうか?開けた窓から入る風も寒く感じる。
どうしてこんなに寒気がするのだろう…と思っていると、胸の奥に『小さな不安』があった。『小さな不安』は、漠然としていて得体が知れないものなのだけど、すぐには消えてなくならない感じだった。
こんな時は、どうしたらいいだろう?
1.おへその下9センチのところにある丹田と呼ばれる位置を、ゆっくり自分の方に引き寄せるように、鼻から息をゆっくり吐いてみる。そして自然に鼻から息が入るにまかせ、またゆっくり息を吐きながら丹田を意識する…その呼吸をゆっくりと繰り返すこと。(大抵そんな状態の時は、呼吸が浅く早くなっている)
2.首元の鎖骨の下あたりを、手や温かい蒸しタオルで温める。時間があれば、お風呂に浸かって温める。誰かに温めてもらってもいい。
3.熱いシャワーを、後ろ向きになって、うなじの下の首筋に当てて、しばらくその温かい熱を感じる。
大切なことは、身体を温めること。身体を温めると、自分が本来持っている生命力がゆっくりと起き上がってくる。
これからの季節、身体をなるべく冷やさないように。足元も、胸元も、首元(うなじの下)も、きちんと温めてあげよう。
身体が温まってきたら、また少しずつ、生命は膨らみはじめる。

有楽町で、野菜を。

仕事や用事があって銀座や有楽町に出向いた時は、有楽町の交通会館を覗いてみる。
一階に、『むらからまちから館http://www.kotsukaikan.co.jp/product_sightseeing/59/』というお店があり、季節の新鮮な野菜を、比較的安価で買うことが出来る。
また、交通会館の一階の外に面したちょっとした広場にも、毎日八百屋さんが来ていて、大抵の野菜を150円で買える。
オクラも、万願寺唐辛子も、ほうれん草も、トマトも、モロヘイヤも、何もかも150円。
スーパーで買い物をする人ならわかるけれども、このところの野菜の高価さといったら驚くものがあって、レタスが500円近いこともあれば、ブロッコリーが600円なんてところもあった。
仕事の途中に交通会館で野菜を買って、こっそり会社に戻ったりするのだけど、エレベーターで知り合いに一緒になると、必ず笑われる。
時々、三越で牛肉を買って、会社に持ち帰り、会社のみんなの共用の冷蔵庫に牛肉を入れたりするのだけど、きっと派遣社員の女の子には笑われていると思う。笑

揚八

銀座のソニービルの向かいに、東急プラザが随分前にオープンしていたのだけど、やっと訪れることが出来た。
日本にある他の商業施設と同じく、全体的に女性に特化したターゲット戦略なのだけど、もっとゲイや男性に向けた大人っぽい施設は出来ないものかと思う。
レストランは幾つか面白い店が入っていたので、今回は『串カツとワイン 揚八』に。
小さい店内だけど、串カツとワインを飲ませるというコンセプトは面白いと思う。
大阪の串カツ文化に、チーズやフォアグラなどの食材でフレンチ化させたのは有名な『凡』があるけど、『凡』に近い食材の選択と合わせ方かもしれない。
グラスワインもリーズナブルに楽しめるし、串カツとワインという恐らく日本でしか味わえない組み合わせの妙は、この国で暮らす楽しさを味わわせてくれる。
★串カツとワイン 揚八
03-6264-5230
東京都中央区銀座5-2-1 東急プラザ銀座 11F
http://tabelog.com/tokyo/A1301/A130101/13193862/

もうひとつの名前。

戸籍の名前が変更になり、伊勢丹で新しい印鑑を作って、講座の名義を変更するために銀行に行った。(先月の給料が、会社に戸籍上の名前の変更届けを出したあとに、銀行の名義まで自動的に変更になったため、入金が出来ないという事態に陥ったのだ)
自分の番号をうっかり覚えていなて、受付窓口の方が僕のもうひとつの名前を呼んでいたのだけど気づかず、しばらくしてからハッと気がついた。
「あっ!僕の名前だ!」
それは、ちょっと新鮮な驚きだった。
何十年も使ってきた名前は、自分と離れることなくいつも一体であったのに、今となっては、全く違う名前を自分の名前だと認識しなければならないのだ。
帰り道にひとりで歩きながら、新しい名前で自分の名前を呼んでみた。
それはなんだか、別の人のようであり、なんだか真面目そうで男らしい名前のような気がした。
姓名判断などがあるように、名前が変わったら、人生も変わるのだろうか?
今まで生きてきた人生は、僕としては十分幸福だったけど、これから自分の人生がどんな風に動いていくのだろうかと、少し俯瞰に眺めはじめている。

メンガテー

石垣島のゲイバー、あなしー『another sea』で飲んだ後にお腹が空いたので、地元の人がオススメする『メンガテー』を訪れた(石垣島のお店で1つ書き忘れていたお店)。
『メンガテー』は、美崎町の飲屋街を入った路地にあり、40年は続くというおでんの老舗。お店は、一瞬、「年寄りの女装?」と思うような、一見化け物じみたおばあさんがやっていて、ディープな石がの一面を見せてくれる。
豚足の入ったおでんは、かなりのボリュームがあったので、僕たちは八重山そばにした。八重山そばは、沖縄そばと違って、鰹出汁の味が濃く、豚肉も細かく切れて入っていて、麺も丸く太い感じ。
スープがさっぱりとしているため食べやすく、飲んだ後でもサラッと全部平らげることができた。
今度行った時は、女装の化け物のようなおばあさんと話をゆっくりしてみたいと思う。
★メンガテー
0980-82-8065
沖縄県石垣市美崎町10-19
http://tabelog.com/okinawa/A4705/A470501/47003879/

PRAY FOR ORLANDO

アメリカのオーランドのゲイバーで銃が乱射され、53人が負傷し、49人が射殺されたというニュースがあった。
その後、このニュースが頭から離れず、事件はなぜ起こったのか?どんな背景があるのか?犯人はどんな男で、どういう家庭環境なのか?なぜゲイバーだったのか?なぜ無差別に大勢を巻き込み乱射をしたのか?次々と疑問が沸き起こった。
犯人は、アフガニスタン系の両親に育てられたアメリカ人で、敬虔なイスラム教徒の家庭で育った。事件の直後に犯人の父親のインタビューを読むと、重度のホモフォビアだとわかった。
その後、犯人がゲイだったのではないかという情報が流れた。乱射したクラブには前から通っていて、何人もの目撃者や話したことのある人がいたこと、Jack’dをはじめとしたゲイの出会い系アプリをいくつも使用していたことが明るみに出てきた・・・。
彼がゲイであったかどうかは今のところ実際にはわからない。でも、今ある情報を繋げてみると…
敬虔なイスラム教徒の両親に育てられた男は、自分がゲイであるということを自分自身が受け入れることが出来なかったのだろう。
両親をはじめ、周りに自分のセクシュアリティを言うことも出来ず、イスラム教徒の皆がそうするように女性と結婚をした。
やがて結婚生活は破綻して、奥さんには暴力まで振るうようになり、ついに離婚をした。
自分は本当は男性が好きであるという自分の中の内なる声を聞きながら、ゲイのアプリで出会いを探し、ゲイのナイトクラブにも出入りしていた。
自分の本当の姿を受け入れることが出来ない人を、いったい他の誰が受け入れることが出来るだろうか?
やがて男は、過激なISの思想に傾いていき、ISを攻撃するアメリカを攻撃するという報復に出たのだった。それも、セクシュアルマイノリティで賑わうゲイバーで。
そして、この事件をきっかけにして、犯人のお父さんの酷い言葉をはじめ、キリスト教側からも、耳を疑うようなことを言う人が出てきた。
http://news.livedoor.com/lite/article_detail/11647801/
こんなニュースを読んで、傷つかないゲイがいるだろうか?この事件の後、僕の周りでも心のバランスを崩している友人が何人もいた。
自分がゲイだとわかった日から今まで、ずっと自分がもうこれ以上傷つけられないようにと鎧をつけて生きてきたのに、ゲイであるというだけで嫌悪と憎悪、暴力を振りかざす人たちの存在を知ったからだ。
この事件は、例えば僕が、新宿二丁目のBridgeで、友人たちと楽しくお酒を飲んでいる時に、いきなり銃が乱射され、夥しい数の人が亡くなってしまったような、そんなおぞましい事件なのだ。
今、僕が出来ることは、「憎しみに対してNOを言うことではない」
正確な知識をきちんと広めることや確かな教育こそが必要なのだ。ゲイやセクシュアルマイノリティがこの世界には自然に存在するということ、それは、善悪などの話ではないということ。
憎しみに対してNOを唱えることは、憎しみに憎しみのカウンターパンチをしていることにしかならないからだ。憎しみは次の憎しみへと繋がってゆく。
渋谷のハチ公前に行き、僕は、オーランドで亡くなった人たち、大切なパートナーや家族を失ってしまった人たちにひたすら祈った。
PRAY FOR ORLANDO

irodori 2nd Anniversary!

irodoriが2周年を迎え、パーティーが行われた。
どんなセクシュアリティの人であっても、年齢も人種も障害も関係なく、みんなが楽しめるお店。そんなお店になったらいいなあと、みんなで始めたレストラン『irodori』。
2年が過ぎて、ここへ集まったお客さんたちを見ながら、とても幸福な気持ちになった。
2年の間に、結婚したカップルがいたり、恋人が出来た友人がいたり、子どもを身ごもった友人カップルがいた。
神二ファミリーは、増え続け、少しずつ拡大していっている。
irodori のいいところは、このお店に人が自然に吸い寄せられ、ここに集まる人たちに交わるうちに、その人が少しずつ変わっていくところだろうか。
それぞれの視野が広くなり、より弱者にも目がいくようになる。自分とは違う人たちがいることを知り、受け入れ、他者を思いやり想像する力を身につける。
笑顔に包まれた、てんでバラバラの個性あふれるお客さんたちを見ながら、なんて素敵なお店なのだろう…と思わずにはいられなかった。
3年目のirodoriも、どうぞよろしくお願いいたします。
★irodori https://www.facebook.com/jingumae.irodori/

OUT IN JAPAN のその後。

OUT IN JAPANの第2回目の撮影会の同窓会なるものがirodori で行われ、40人ほどが駆けつけた。
様々なセクシュアルマイノリティの人たちと交わって話していると、昔ではこんな状況は考えられなかったなあと思ってしまう。一昔前までは、『ゲイはゲイ』だったのだ。ビアンの人たちがいたとしても、結局ゲイはゲイにしか興味がないし、自分たちだけでひっそりと生きていたのだ。
それが今や、ゲイだけではなく自分とは全く違う様々なセクシュアリティの人たちとこうして交わり、色々な話をするようになったのだ。
昨夜お話をした人の中に、学校の先生をしているビアンの人がいて、この『OUT IN JAPAN』に出た後、何かありましたか?と聞く僕に、「色々大変だったんですよ…」と話をしてくれた。
彼女「OUT IN JAPANが公開されてから、どこで知ったのか、校長先生から呼び出しがかかって、すぐこの場で削除するようにと言われたんです…」
僕「え?なんで削除しないといけないの?
何も悪いことしてないのに…」
幸いにも、他の先生たちからは全く問題ないという声が聞かれて、削除をせずに済んだそうだけど、話を聞いてわかったことは、結局校長先生も、差別的な発言をした政治家と同じで、セクシュアルマイノリティに関する知識がなかったのだと思う。
教育の現場がこれだと、子どもたちに与える影響は自ずと知れてくるというものだ。
これでは子どもたちがセクシュアルマイノリティであったとしても、それを誰にも言えない状況のままだ。
少しずつ、色々な現場でみんなが動いてくれていて、この国も少しずつ変わっていくことが出来るのだろう。
同性婚の実現、そして、本当の意味で平等な人権が与えられるまで、この動きを止めることはできない。