四半世紀の僕の仕事。

今週末に、局全体の移動があり、社内で別のフロアへの引っ越しがあるため、溜まりに溜まった持ち物を整理し続けている。
引っ越し先に持っていけるものはダンボール二箱。この会社に四半世紀いる僕の荷物はダンボール二箱内に収まるわけもなく、資料として大きなロッカーに沢山入った書籍を買い取りに送ったり、今週はTシャツ姿で血眼になっている。
一番の懸念は、B0というサイズの巨大ポスターの束の整理と、今みでの過去に制作しては取り置きしてある膨大な広告を整理し直して必要最小限の量にすること。
プロダクションのデザイナーに手を借りながら、ポスターはなんとか1束に収めることが出来て、次は新聞広告と雑誌広告の仕分けへ。
50歳が目前に見えて来た僕にとって、過去に自分が制作したものなど、紙として取っておく必要などないのではないかと、実はずっと思っていたので、思い切って全てを廃てしまおうと考えていたのだ。
『広告』とは、その時代その時代を反映して、すぐに忘れ去られて消えていくものだから。
でも実際には、入社一年目で苦労して作った広告賞応募作品だとか、先輩コピーライターに尻を叩かれながら作った作品だとか、ひとつ一つを見ていたら、
「誰になんと言われようとも、捨てることなんか出来ないや…」
と思いはじめていた。
過去の自分が作った制作物を眺めながら、ちょっと涙目になるくらい感動してしまったのだ。
それは、今まで自分が漠然と働いて来た証であり、胸に迫って来たものは、一緒に制作をしてくれたコピーライターやデザイナーの人たちへの圧倒的な感謝の気持ちだった。
新しいフロアに収まりきらないと怒られるかもしれないけれども、この膨大な量の制作物と一緒に、今回は引越しをすることにした。
地味で全く評価されることのなかった仕事でさえも、どれひとつ無駄な仕事ではなかったのだと、この年になってはじめて思い知らされている。
ありがとう。ありがとう。ありがとう。

黄金色のイチョウ。

東京の黄葉がまさに今、盛りを過ぎようとしている。
通勤路にある鳩森神社のイチョウの木が、全身を黄金色に奮い立たせて輝いていた。
鳩森神社には大きなイチョウの大木があって、時々おばあさんが木に抱きついている姿を見かけるのだけど、周りの住民がこのイチョウの大木を、どこが心の拠り所のように思っているのがよくわかる。
年をとるごとに、桜の開花だけではなく、樹々の紅葉に目がいくようになって来た。
それは、自分の人生を秋の終わりのように感じているからではなく(笑)、日々生活しているとなかなか気づきにくい季節の移り変わりを、つぶさに見届けたいと思うから。
全身に身を包んだ黄金色の葉を、風に吹かれて落としていくイチョウの姿の、なんと美しいことか。

Kのお父さんとお母さん。

夜にベッドで本を読んでいたら、ゴールドジムから帰って来てシャワーを浴びたKが隣に来た。
「ただしくん?
ねぇ、ただしくん?」
「どうしたの?なんかあった?」
「実はね…
さっきお兄ちゃんから電話があってね、
しばらく話したんだけどね…」
「お兄さん元気だった?」
「うん。お父さんの病気のこととか、色々話したの」
「それで?」
「お父さんとお母さん、もう年を取って来たから、病院に通うのも今の田舎だと大変だから、別府に引っ越そうという話があるのは前にしたよね?」
「うん。聞いた。止まったままだよね」
「お父さんが、引越したらお金がかかるから心配してて…
それで、お兄ちゃんがね、僕たち三人兄弟で少しずつお金を出してあげよう…と言ってるの」
そう言ってKは、お兄さんからのメールを見せてくれた。
「このお金は、Kちゃんが貯金してあるからあるんだけどね、これからお父さんとお母さんのためにお金もいるし、今後の暮らし方をきちんと考えないといけないと思ったの…」
「そうだね…うちの親も80歳が見えて来てるし、いつ何があるかわからないもんね…」
「うん…ただしくん…
ちゃんと聞いてるの?」
僕は、これから年老いてゆく、まだ会ったこともないKのお父さんとお母さんのことを考えていた。
近い将来に、ふたりには予期できない出来事が立ち上がってくるかもしれないと思ったのだ。
そんな話を僕にしたら安心したのか、Kはいびきをかいて一度も起きずに朝まで眠っていた。
僕はなんだか眠れずに、朝方にうつらうつら眠気とともに2時間くらい寝ただろうか。
朝起きてKに、こう話した。
「Kちゃんのお父さんとお母さんは、ただしくんのお父さんとお母さんだからね。
ふたりでたいせつにしようね」
そんな僕の話を聞きながら、Kの瞳の奥に、明るさが戻って来るのが見えた。

やわらぎ。

金沢の町を歩いていると、町のいたるところで美しい景色にハッとさせられる。
金沢城の多種多様な紅葉だとか、町を流れる犀川の美しさとか。
アンテイークや骨董品屋、洋服屋さんにカフェ、小さなギャラリーが町のいたるところに自然と溶け込んでいるのは、この町の文化の深さを表している。
石川県のお寿司屋さん『太平寿し』で食事をしていたら、カウンターの中の店員さんが叫んだ。
「やわらぎ、ひとつ!」
僕たちが『やわらぎ』の意味がわからなくてキョトンとしていると、別の店員さんが教えてくれた。
「金沢では、お水のことを、やわらぎって言うんですよ」
「やわらぎ…⁈」
「僕も福井県出身だから、最初なんのことかわからなかったんですけど、どうやらひがし茶屋街の言葉らしくて、お客さんにお水でやわらいでもらうためにお水のことをそう言うらしいんです」
「それは、金沢ではみんなわかる言葉なの?」
「そうみたいです」
店内で、「お水」と言わない間接的な表現は、確かに加賀百万石という圧倒的な石高を誇った文化が今もなお残っている証だろう。
(ちなみに、金沢出身の友人たちに聞いたところ、ふたりとも知らなかった)
また来年もこの美しい町に、遊びに来られますように。

太平寿し

香箱がに

のどぐろの蒸し寿司

「恐れ入りました」
たまに、そんな風に思える素敵なレストランに出会うことがある。
それは、美味しいものを食べた時に身体の奥深くに届くような純粋な歓びを感じた時。そんな食べ物を出すまでに、どれほどの経験と、作り手の意志や哲学があるのだろうか・・・と想像してしまうから。
石川県で有名なお寿司屋さんと言ったら、『小松弥助』。そして並んで名前が挙がるのが『太平寿し』だろう。
『太平寿し』は、今まで数々のお弟子さんを育てて来たお寿司屋さんであり、『八や』さんや『あいじ』さんなど金沢市内にもいくつもの有名店を輩出している。
そんな『太平寿し』は、金沢市内ではなく野々市という郊外にあるため今まで行く機会がなかったのだが、今回最終日のランチの席が取れたので、Kとふたりバスに揺られて行ってみた。
『太平寿し』は、香林坊から20分くらいバスに乗り、『太平寺』というバス停で降りる。お店は800メートルくらい住宅街を歩いたところにある。
大将は、一目見ただけで素晴らしい人格者だとわかるような、太陽のような笑顔の人。すべてのお客さんの緊張を一瞬にして解かし、誰にでもきちんと分け隔てなく向き合ってお話をする人だった。
驚くべきはお寿司。
最初から最後まで、食材を最大限に美味しくいただくように考えられたお寿司が出てくるのだけど、中には若手のお弟子さんの意見を聞いたものなんかも含まれていると言う。
鯖寿司は、昆布でよく締めてあり、味は濃すぎない。いくらは醤油をさっと通しただけなので、色が黄色に近く鮮やかで塩辛くない。
香箱がには、今まで金沢で食べた香箱がにの中でも最上級のもので味がしっかりと濃く、濃密だった。鰤は、まるでステーキのように供されて、赤身から脂身まで美しく並べられ、脇に酢飯が少し添えてある。
赤海老にはこのわたのソースがかかり、甘エビは頭の中の味噌が添えられている。
大間のマグロの漬けにはばい貝、大トロには赤貝が添えられている。
のどぐろの蒸しずしを口に入れた時は、「ああ、こんなのどぐろがあったのか!!!」と思うやいなや、のどぐろと酢飯はほのかに温かく口の中に溶けて行った。
コースは、3段階くらいで選ぶことが出来るのだけど、軽くすませたい場合は『百万石の鮨10貫セット』のクーポン券を3800円で金沢駅で買うことも出来る。(どちらにせよ、予約時に伝えること)
⭐️太平寿し
076-248-5131
石川県野々市市太平寺1-164
https://tabelog.com/ishikawa/A1702/A170203/17000118/
⭐️百万石の鮨http://ishikawa-sushi.com/outline/

竹千代

鯛の昆布締め

鯖のへしことカラスミ

香箱がにの炊き込みご飯

前から行ってみたいと思っていた「おでん割烹」などと書かれている『竹千代』へ。
香林坊から21世紀美術館の方へ向かう、美味しいお店がひしめき合う小さな小道にひっそりとある『竹千代』は、カウンター6席くらいの小さな店だった。
お店は2回転制のようで、約束の8時半に行ってもまだ席は空いておらず、寒い風の中、外で待たなけれ、ようやくお店に入ると、物静かな大将がひとりで黙々と中を取り仕切っていた。
日本酒は一種類。少しして自家製胡麻豆腐が運ばれてくる。胡麻豆腐は香り高く、いつまでも食べていたい美味しさ。そのあとには身がぎっしり詰まった『香箱がに』が運ばれて来た。
「香箱がに』をおでんに入れるのが金沢の観光客にはブームのようですが、このカニをおでんの中に入れたら、美味しい出汁も全部汁の中に出ちゃうと思うんですよ」
鯛の昆布締め、自家製こんにゃく、鯖のへしこ、からすみ、牡蛎とかぶ、春菊としいたけの煮浸し、湯葉豆腐・・・
美味しいのだけど、僕が思っていたのとは何かが違っている・・・。
この店は『おでん割烹』ではなく、普通の茶懐石の店だったのだ。
最後の『香箱がにの炊き込みご飯』まで美味しくいただいたのだけど、願わくばクライマックスに魚の焼き物か揚物か、肉料理などのメインがあればよかったのにと思う。お料理全体が、つまみのような感じだったのがちょっと残念。
大将は、こだわりが強くシャイでほとんどしゃべらない感じの人だけど、美味しいものや食材の話をすることはとても好きなことがわかった。
⭐️竹千代
076-262-3557
石川県金沢市広坂1-1-28 広坂パレス 1F
https://tabelog.com/ishikawa/A1701/A170101/17000024/

怒りは、どこから来るのだろうか?

雨の南部車庫

小松空港に着いた時は、土砂降りの雨だった。傘を持たずに旅に出たので、バス停からコンビニに駆け込むまででずぶ濡れになってしまった。
「なんだよ。この天気・・・東京を出た時は快晴だったのに・・・」
ホテルで週間天気予報を見ると、週末まで金沢の天気予報はずっと雨だった。
「これが日本海側の冬の天気なんだよなあ…
せっかく久しぶりに金沢に来たのに…」
荷物を整理していると、手荷物に入れていたメガネがないことに気づいた。
「あ!バスで手荷物を上に上げた時に、バスが揺れていて紙袋からメガネが飛び出てしまったのかもしれない…もしかしたら飛行機の座席のポケットの中かも…」
北陸バスに電話をすると、寿司屋にいる頃に折り返し電話がかかって来て、メガネが見つかったとのこと。「ちょっと市内からは遠いんですが、南部車庫にあります」と言われて南部車庫を調べたら、バスに乗って45分くらいかかることがわかった。
「南部車庫って、地の果てじゃん…」
そんな一部始終を金沢の友人に笑い話にしながらも、しみじみと考えていた。
『この、イライラや怒りは、いったいどこから来るのだろうか?』
先日読んだ本に書いてあってなるほどと思ったことは、「すべての怒りとは、自分の期待から来るものである』という一文だった。
どういうことかというと、自分がイライラや怒りを感じた時には、怒りの原因が他にあるわけではなく、その怒りは、自分が勝手にした期待を裏切られたことに反応しているだけだということ。我々が感じるすべての怒りの原因は、100%自分にあるのだ。
今回の金沢での天候からはじまる一連の出来事には、他者は絡んで来てはいないけど、たとえばタクシーに乗って行き先を告げたのに、道が混んでしまいしょうがなく迂回したけど渋滞にはまり、時間が相当かかってしまい、そこで怒りを抱いたとしても、それは結局、タクシーに対して期待していた自分のせいであって、自分の期待が裏切られたことからくる怒りでしかないのだ。
そう、誰が悪いわけでもない。自分の選択が悪いわけですらないのだ。すべては、自分が勝手に周りに対して期待をしていたというだけの話なのだ。
それからの旅行では、晴れていたのに急にひょうやあられが降って来たりしたのだけど、
「金沢らしい冬の気候を楽しむことにしよう」と思えることが出来たのだった。

かぶ菜

香箱蟹

刺身の盛り合わせ

白子の石焼き

Kは仕事が終わってから金沢へ。金沢の町に着いたのは8時半だった。
晩ご飯は、金沢のゲイの人たちにすすめられた居酒屋『かぶ菜』に行ったのだが、この店が本当に素晴らしく、今年訪れた居酒屋の中でも飛び抜けて美味しかったのです。
ゲイバー が固まってある片町の片隅にある店は、席数も多いのだけど人気があるようでひっきりなしにお客さんが入ってくる。
席に着くと、女将さんらしきおばちゃんがやってきて、今日は何がオススメかを教えてくれる。
この女将さんが本当に素晴らしく、地元の食材の美味しい食べ方を、一つひとつ丁寧に教えてくれるのだ。
鯖の切り身には、ネギを巻いてごま油に塩をつけて食べるとか、白子の石焼きは、白子を食べた後に下の石に着いた白子を、煎餅のように焼いて食べるとか…
ほっき貝の酒盗和えは、たまらない日本酒泥棒だし、ブリの刺身は今まで食べたことのないサイコロ状の切り方で味わい深い。
香箱蟹は濃厚で、加賀れんこんは甘くねっとりしている。
のどぐろは、ふっくらとしていて金沢にいる幸せを教えてくれる。
金沢で、どこの店で食べたらいいかわからない人は、まずは『かぶ菜』へ行けばいいと思う。
⭐️かぶ菜
076-260-7899
石川県金沢市片町2-23-5 パルシェ片町 1Fhttps://tabelog.com/ishikawa/A1701/A170101/17000085/

LGBTと教育フォーラム

CLOSET IN HOKURIKU

金沢に来たのは、僕の周りの友人たちが金沢の『シイノキ迎賓館』で行われるイベントにパネリストとして登壇するから。
同時に、二階では『OUT IN JAPAN』の展示も行われた。
東京とは違う、日本の中でも最もLGBTにとって保守的な地域と言われている北陸において、このようなイベントがあり多くの人が集まったことに驚いた。
『OUT IN JAPAN』の隣には、福井発の『CLOSET IN HOKURIKU』の写真も並べられ、東京とは違った町でのLGBTの温度差を感じさせられた。
今、札幌や福岡、那覇では、LGBTフレンドリーな都市になろうとするムーブメントが起きて来ているけれども、北陸の金沢においても、ゆっくりと確実にそんなムーブメントが起こりつつあるのを感じた。
⭐️第1回『LGBTと教育フォーラム』 in 金沢 ~SDGs 「誰も置き去りにしない」 から考える、地域コミュニティにできること~http://ouik.unu.edu/events/1417

くら竹

香箱ガニ

なまこのこのわた和え(絶品!)

のどぐろ

もう、9年くらい毎年来ている金沢にやってきた。
金沢に来るのは、『香箱ガニ』の漁が11月7日にはじまってから。『香箱ガニ』の漁の期間は年々短くなってしまい、今では年内いっぱいしか獲ることができなくなった。
昔ひとりではじめて金沢に来た時に、『あいじ』というお寿司屋さんで隣同士になって以来、金沢に来るたびにご一緒している日本酒協会の会員の方とお寿司屋さんへ。
大将は、握りの前につまみをふんだんに出してくれる。
3つめくらいには『香箱ガニ』が目の前に出され、「いつまでも日本酒と一緒に食べていたい…」と思わせてくれる。
お寿司自体は、ネタの上のタレに凝っているようで、江戸前寿司とは違っている。
ずっと僕自身が思っていたことなのだけど、さわらは、『鰆』と書くのに、本当に美味しいのは冬なのはどうしてだろう?と言ってみると、大将も同感だったようで、「鰆は秋から冬がくれ一番美味しいですね」とおっしゃった。
珍しいお酒としては、黒龍の『石田屋』。
そして、菊姫の大吟醸で『吟』。
なまこのこのわた和えといい、のどぐろのほんの少し炙った香りといい、金沢に久しぶりに来た夜を満喫した。
⭐️くら竹
076-223-3122
石川県金沢市片町2-8-10 1F
https://tabelog.com/ishikawa/A1701/A170101/17010326/