Bridge13周年パーティー

早いもので、新宿2丁目の「Bridge」が、13周年を迎えた。今年はコロナの影響もあり、今週1週間が周年ウイークで、平日もパーティーをやるというので、僕たちは木曜日に出かけた。

久しぶりのBridgeは、懐かしい顔ぶれも集まっていた。

今年に入って、ほとんど顔を出せずにいたけど、これからもずっとずっと僕たちの温かなHOMEであって欲しいと思った。

それにしても熱海に引っ越したら、それこそ2丁目とはお別れだな・・・。まさか14歳から遊んでいた2丁目に、自分が行かなくなる日が来るなんて思いもしなかったな・・・。

自分でも未だに信じられずにいる。

時々、Kを思う時に。

時々、ふとKのことを思う時に、急に泣きたくなることがある。

それは、Kのやさしさや素直な心を思い出すから。

今まで過ごした色々な場面を思い出して、愛おしくなるから。

仕事が忙しく僕が疲れているのを感じると、僕のことを心から心配してくれる。

そんな姿を見ると、こんな人が僕のそばにいてくれるなんて奇跡のようなことだと思うのだ。

今日も急に泣きたくなって、早く帰ってKに会いたいと思った。

レスリーの撮影に。

写真家のレスリー・キーが、「OUT IN JAPAN」のプロジェクトで出会ったジョシュアと恋人になり、その後アメリカで籍を入れて、日本でも渋谷区のパートナーシップ制度に登録をした。

そして、間も無く結婚パーティーを開くことになり、僕とKも招待にあずかり、二人の写真を撮影していただくというありがたい機会に恵まれた。

スタジオに15時に入ったのだけど、その後メイクをして羽織袴に着替えてのインタビューと撮影が終わったのは、18時半だった。

日本で同性婚がなかなか認められないことや、問題などをじっくりと話し合った。

写真はいつかどこかで公開されると思うけど、顔を思いっきりメイクしているので、Kなんてまるで歌舞伎役者のようだし、僕たち二人で頬を寄せ合ったりしているので、見ている方が恥ずかしくなる写真だった。

それでも、レスリーとジョシュアが結婚パーティーをやるということ、そしてそこに参加して一緒にお祝いすることができるということ自体が、僕たち二人にとってもとても嬉しいことに感じられた。

Cが家に遊びに来た。

僕には、かれこれ12年以上の付き合いにある仲の良い46歳くらいの女の子がいて、僕が熱海に引っ越す前にと、家に遊びに来た。

Kもよく知っている子で、Kが東京に来て一時期は一緒に南青山のマダムの英会話に一緒に行っていたので、Kのことをどこか弟のように思っているところがある。

夕方まで僕も仕事が忙しかったので、今回はKの作る「たこ焼き」にして、久しぶりに楽しい一夜だった。

Cは、僕が前に付き合っていた恋人と別れた39歳の時に、僕が独り身になってとても不安で辛かった時にいつもそばで寄り添ってくれた子だ。大晦日もお正月も二人で一緒に過ごしたし、正月にCの友人が入院している病院にお見舞いに行ったりもした。

Cは僕が弱っていた当時、僕に慰めの言葉をかけてくれたというよりも、ただひたすら一緒にいてくれた。

そのやさしさを、僕はこれから先も一生忘れることはないだろう。

二人で新居を探すということ。

Kと僕は、九州と東京という遠距離恋愛を3年少し続けたのち、Kが九州での仕事を辞めて東京に出てきて、東京の僕の家に一緒に暮らすようになった。

気づいたらそれから5年が経ち、今度は東京ではなく静岡県の熱海市に二人で引っ越そうとしている。

引越す家を探すことから始まり、引越し業者さんに見積もりをとったり、インターネットのプロバイダをどうするかとか、一緒に冷蔵庫を買いに行ったり、今は車探しもしながら、今後は犬もどこかのブリーダーから引き取ろうと考えているところ。

新しい家に引っ越して新しい生活を始めることは、色々と面倒なこともたくさんあるけど、そんな面倒なこともひっくるめて、僕たちはこの引越しの準備をワクワクしながら楽しんでいる。

こうして新居への引越し準備をしていて気づいたことだけど、僕たちゲイやLGBTQの人たちはこういう楽しみさえも、なかなか味わえずに暮らしているのではないかということ。

男女であれば当たり前の、新居を探すことや一緒に暮らすための準備なんかを、僕たちはあらかじめ自分の人生には想定していなかったり、実際にそういうことになったとしても、大家さんや不動産屋さんや車屋さんいも言えずにやり過ごしているのではないかと思ったのだ。

僕たちが、ゲイやLGBTQであるというだけで、男女であれば当たり前にある楽しみを、初めからないものとして生きていたなんて、とても勿体無いことだと思ったのだ。

怒るK。

夏からずっと進めてきたCMの企画が、金曜日にほぼ決済がおり、一段落していたのだ。これでやっと、ゆっくりと眠れると。

それなのに、それなのに・・・火曜日夕方に呼び出されて、3本のうち2本がひっくり返ってボツになってしまった。

僕はさすがに、3回もひっくり返されて意気消沈し、怒りやら吐き気やらで、「これからどうしようか・・・」と考えていた。

でもそれを、Kにはあまり知られないように、なんとか自分の中に止めようとしていたのだけど、晩ごはんの時にKはすぐにわかったようで、起こりはじめた。

「ただしくん、もうこの仕事やめてあげて」

「しょうがないよ。こういう仕事なんだから。企画が決まるまでもう一度頑張るよ」

「もうこんな無茶なこと言う会社、ほんとやだ。クリエイティブもやめればいいじゃん。もっとゆっくりした部署にいけば」

「大丈夫だよ。もう一回頑張るよ」

必死になって僕を守ろうとして怒っているKを見ながら、自分がしっかりしなくてはダメだと思ったのだ。

僕が傷つくと、家族も同じように傷つくものだ。

そんな姿を見て、もう一度立ち上がろうと思った夜だった。

Kとはじめて、僕の母の家へ。

母と父は僕が高校を出た後に離婚しており、父はずいぶん前に亡くなっていて、母は僕が働き始めてしばらくしてから再婚をした。僕はその後、母の養子になったので、僕は現在の父とは血が繋がっていない。

「同性婚訴訟」に原告として出ることを決めた後に、僕は母にきちんと自分の口からカミングアウトをして、その後、パートナーであるKを母と父に会わせるべく、外食をしたのは、もうかれこれ1年半近く前になる。

それからいつか母のいえにKを連れて行きたいと思っていたのだけど、それがやっと実現したのだ。

Kは僕の母に会いに行くので気をつかっているのか、珍しく襟のついたシャツを着て、朝10時の開店を待って新宿高島屋に行き買い物をして、電車に乗った。

駅には母が車で迎えに来てくれていて、母の家に着くなり次々と料理が運ばれて来た。

母はその元来の単純な性格のためか、Kを疑いもなく僕のパートナーとして受け入れていて、なんの迷いも不安な要素もないのがわかる。

父は、今までLGBTなど聞いたこともなかったような人で、僕がカミングアウトをした時に完全には受け入れていなかった人だ。そして、Kにとても気をつかっているのがわかり、お酒を何度もついで飲ませようとしていた。

帰りがけ、僕が少し心配したのは、僕とKは16歳年の差があるので、そんな男二人と父母が歩いていたら、「周り近所にどう思われるだろうか?」ということだった。

バス停まで二人が見送ってくれたのだけど、僕の心配などよそに、父も母も近所の目を気にする様子もなく、普通に息子カップルを見送る父と母に見えた。

父は、血の繋がらない僕を養子にして、その後急にその息子がゲイだと告げられ、やがて男の恋人を伴って家に現れ、その展開にもしかしたらまだ抵抗があるのかもしれない。

でも、こうして少しずつじっさいにKと会うことで、僕たち家族の距離も少しずつ縮まっていくのがわかる。

大切なことは、こちらの関係性を一気に押し付けることではなく、少しずつ向こうの速度で考えてもらい、時間をかけて変わっていけたらいいなと思えること。

少しずつだけど僕たち家族の関係性も、良くなって来ているのがわかる。

久しぶりのタックスノット。

ずっと長いこと、新宿2丁目には顔を出していなかった。「Bridge」にさえ、やっと先週末に顔を出したくらい。「ぺんぺん草」には、もう長い間行けていない。

そしてもう一つの僕の行きつけのお店「タックスノット」に、やっとのことで顔を出すことができた。

この店のオーナーであるタックさんは、今のところ金曜日の17時から20時までしか、タックスノットには立たないのだ。長年通いつめた常連のお客さんは、この時間めがけて来る人が多く、僕たちが行くとほどなくして満席になった。

僕の近況やら、引越しすることなんかをやっとタックさんにお話することができたのと、久しぶりに会えたことでほっとすることができた。

新宿2丁目のお店に顔を出さなかったのは、Kが病院で務めているため。病院からは、家族以外の人との会食は禁じられているから。

僕がもし会食をして。それが原因で新型コロナウイルスの陽性になったとしたら、間違いなくKにもうつるだろうし、うつったことを気づかずにKが勤務を続けていたら、あっという間に病院での院内感染を招いてしまうかもしれないから。

慎重に慎重を重ねて今までなんとか穏やかな毎日を保って来られたのだ。今はまだなるべく慎重に暮らしていこうと思っている。

国勢調査の回答の仕方 : 同性カップルの場合

僕も最近まで知らなかったのですが、国勢調査では、同性カップルで同居をしている僕たちの実態は、今まで全く反映されていませんでした。ようは、『同性カップルは、想定されていない』ということにそれが当たり前になっていたようです。

そこで、国に対して同性カップルの正確な回答を届けるために、回答の仕方を下に添付しました。

⭐️国勢調査への回答の仕方https://www.marriageforall.jp/blog/20200825/

〈以下、marriage for all japanのHPより抜粋〉

今年は5年に1度の国勢調査の年。

10/1から、最大規模の悉皆調査である国勢調査が行われます。

しかし、現状の国勢調査では、同性カップルの数は公表されていません。それぞれを「世帯主」「世帯主の配偶者」と回答しても、二人が同性だった場合、「誤記」され、他の項目にまとめて集計されてしまっています。

そのため、同性カップルの数を無視せずに、きちんと集計してほしい!という声を、9つのLGBT団体連名で総務省や国会議員に届けました(名付けて、レインボー国勢調査キャンペーン)。

この声が届けば、のちに「同性カップルの数」として集計・公表される可能性があります。

同居している同性カップルの皆さんは、ぜひ、それぞれ「世帯主」「世帯主の配偶者」と回答してください!

同性カップルは”想定外”の存在ではなく、実際に存在しているんだと、国に知らせることができます。

●国勢調査の実施期間:下記の期間にわたって回答できます。
インターネット回答 : 9/14(月)―10/7(水)
調査票(紙)回答 : 10/1(木)―10/7(水)
https://www.kokusei2020.go.jp/index.html

ついに、自民党へ。

「結婚の自由をすべての人へ」訴訟の原告になって、1年半くらいが過ぎた。

裁判は遅々として進まず、次回の期日は12月2日(水)。

裁判の判決を待つだけではなく、国の制度を変えるには、政治も重要な役割を持っている。

そのため今までに、共産党、社民党、立憲民主党、日本維新の会と、それぞれの議員と直接会ってお話をして、僕たちのようなセクシュアルマイノリティにとってどんな不利益があるのか、どんな協力が必要なのか、訴えてきた。

先日、やっとのことで与党である公明党の議員さんにお話ができ、今日初めて、自民党の木原誠二さんにお会いして、僕たちの置かれている状況やサポートが必要なことをお話することができた。

木原さんは、オランダやイギリスなどに駐在していらっしゃった経験から、ゲイも身近にいらっしゃったようで個人としてはとても理解のある方だった。

自民党の党としては、公には「同性婚」は認めようとする動きは出ていない。むしろ、「伝統的な家族制度を守る」という言葉がよく聞かれる状況だ。

そうで会ったとしても僕たちにできることは、こうして地道に活動を続けて行くことしかないのだ。