好きなカップ。

北欧のカップ

バーバラ・アイガンのカップ

イタリアのカップ

朝起きたら、まずはお茶を飲む。
エスプレッソやカプチーノは好きだけど、いわゆるコーヒーは、酸化した味が好きになれず飲まない。
奈良の番茶か、京都のほうじ茶か、フランスの紅茶が多いけど、その中でその日の気分によってお茶を選ぶ。
お茶を飲む時に、カップを選ぶのだけど、カップ一つで全く気分が変わるし、美味しさも変わって来るものだとつくづく思う。
ずっと使っていて、本当に美味しく感じられるカップは実は少なくて、その中の一つは、北欧の青いラインの入ったたっぷりしたカップ。
la cucina feliceが青山にオープンした時に買い求めたものだけど、ちょっと高価だったのだけど思いきって買って本当に良かったと思っている。
気持ちのいい週末に、このカップで飲むお茶は、格別に美味しい。カップの持つフォルム、口当たり、見た感じの佇まい。
どれも僕の中では完璧だと思える美しさだ。
このカップの色違いで全体が茶色のものもあったのだけど、今となっては、手に入らなくなってしまった。
北欧に行く機会があったら、探してみたい。

残り野菜のミネストローネ。

福岡勤務になった後輩Tが、わざわざ忘年会のために東京に来てくれて、昔の上司で今は局長のKさんや後輩たちと、築地の『はなふさ』で今年はじめての忘年会をした。
Tは、震災の後、いち早く奥さんと二人の子どもを故郷の五島列島に移らせた後、自分も福岡勤務を希望して福岡に行ったのだ。
東京とは違う、ローカルな話に盛り上がり、楽しく貴重なひと時を過ごした。
忘年会など、何度でもいつまでもあるように若い頃には思っていたのだけど、同じメンバーで出来ることはなかなかなくなって来ることと、上司が退職したり、実は同じ忘年会など二度とないということを改めて思った。
そんなこんなで忘年会で飲み過ぎてしまったので、冷蔵庫にある残り野菜でミネストローネを作った。
★残り野菜のミネストローネ
1.玉ねぎ一個はみじん切り、ニンニク一粒は潰して、オリーブオイルで5分くらい炒める。次に、セロリ一個のみじん切りを加える。
2.蕪一個、ブロッコリー半分、カリフラワー半分、インゲンなど適当な大きさに切った野菜を入れて軽く混ぜたら、バジルとイタリアンパセリも入れる。
3.白ワインを50ml入れてアルコールを飛ばし、白花豆を茹で汁ごと加え水をひたひたより少し多めに入れてローレルを入れて1時間煮込む。
4.ジャガイモ一個を適当に切り、プチトマト10個を入れて、塩胡椒で味を調整して更に30分煮て完成。
5.器によそったらオリーブオイルを回しかけて、胡椒を引いて食べる。コクが欲しければ、パルミジャーノをかける。味が少しぼけていたら、ほぼ間違いなく塩をかけるとまとまる。
※コンソメのキューブなど使わずに、野菜を信じよう。野菜と水とオリーブオイルと塩だけで、本当に慈愛深い味わいのスープが出来るのだから。玉ねぎ、セロリ、人参はマストで、白花豆を茹でたものを入れると味に奥行がでる。野菜はどんなものでもいいけど、ほうれん草などの灰汁の強い野菜は控えた方がいいかもしれない。

ほんとうに必要なもの。

もう10年くらい誰も住んでいない家を売るので、荷物があったら取りに行きなさいという電話が母からかかって来た。
その家は、僕が大学の頃に暮らした家で、そこを出て20年近くになるかもしれない。久しぶりに自分の部屋に入り、積み重なった本や古い洋服、美術学校時代の作品、夥しい数の写真を見て途方に暮れた。
本は、一冊一冊見たらきっと読み返したいものは見つかったと思う。多感な時代をともに生きた本たちなのだ。
洋服は一瞥しただけでまったく不要だというのはわかる。古着やデザイナーズ全盛の時期だったのだけど、当時は高かったヴィンテージの古着も、今になっては着たいなどと思わなくなってしまった。
学生の頃の作品も、それらは取っておくものではなくて、その当時学んだ日々がそのまま形になったものに過ぎなかった。
さて、一番捨てるのが難しいとされている写真をどうするか。海外の色々な場所に旅行をした時の写真や学生時代の写真といったら半端な量ではなく、およそその場で見ながら整理する気力も失せてしまい、1枚も拾い上げず、すべて無くなってしまってもかまわないと思ってしまった。
この小さな家で、母と暮らした様々な思い出はいつまでも忘れることはないだろう。
飼っていた犬が亡くなった時のことや、母が病気をした時のこと、両親が離婚をして一番大変だった時代のことを、この家とともに思い出し、いつも僕を守ってくれた母のことを考えた。
結局、昔の家に行って僕が持ち帰ったものは、自分が生きてきた日々の思い出だった。
そして新たに、今暮らしている家にある様々なものを、もう一度整理しようと決心するに至った。
自分にとって、必要なものは、いったいなんなのか?
ほんとうに必要なものだけに囲まれて生きる暮らしに、少しずつ近づけるように。

TRNASIT

東京フィルメックス、既に4本観たのだけど、どれも日本ではなかなか想像出来ない現実を描いた秀作揃いだ。
『Transit』は、イスラエルにおける、フィリピン人出稼ぎ労働者とその家族を扱った社会的な映画。
経済的に破綻しているフィリピンでは、仕事もなければ、生きてゆくこともままならない人たちが、イスラエルなど世界の様々な国に働きに行き、そこで現地人との間に子どもを設けるが、国に認定されずに強制送還されるケースが相次いでいる。
イスラエルで生まれ、フィリピンに行ったことさえない子どもでも、イスラエルを母国として認められず強制送還される現実は、なかなか日本で暮らしていると、ニュースや新聞で読んだとしても、想像することすら不可能だと思う。
『映画』の凄いと思うことの一つは、今まで体験したことのないものや、知らない土地の出来事でさえも、見て、感じて、想像することが出来ることだと思う。
父親、姉、娘、息子、姪…それぞれの立場と人生を丁寧に描きながら、全体としては、理不尽な、世界で起きている出来事の現実を知らしめ、家族愛への深い共感性を抱かせる素晴らしい作品だった。
★TRANSIT http://filmex.net/2013/fc06.html

ILO ILO

東京フィルメックス映画祭が先週末から始まった。
今日観たシンガポール映画の『ILO ILO』は、前にシンガポール人の友人から勧められていた映画で、カンヌで新人監督賞を取り、中国語圏最大の映画祭でも、台北金馬奨というグランプリを取った話題の映画。
これから日本でも公開されるようなのでストーリーには触れないけれども、90年代のシンガポールの中流家庭、10歳のいたずら坊主と共働きの両親の家に、フィリピン人の家政婦さんが住込みで働くことになり、家族の関係が変化してゆくという話。
まだ若い監督なのに、役者の演出も素晴らしいし、画面の緊張感もあるし、グイグイ引き込まれるストーリー展開に驚かされた。
ある程度生きていると、「人生とは、なんと不条理なものだろうか…」と、途方に暮れる時がある。
そんな微妙な、生きることに対するある種の諦めにも似た感情、目の前に起こる現実を穏やかに受け入れてまた生きてゆく人々を、温かく丁寧に追った佳作だと思う。
★ILO ILO http://filmex.net/2013/fc05.html
アカデミー外国語映画賞にも出品される本作は公開が待ち遠しいけれども、29日(金)に、朝10時から追加上映が決まったので、時間のある方はぜひ、有楽町の朝日ホールまで行かれてはどうだろうか。

宇宙の真ん中。

くちこ

金沢に行くと、思いがけず面白いものに出会うことがある。
ギャラリー・トネリコでは、フェルトをきれいな色に染色して子どものらくがきのような形に自由にカットしてマフラーにして売っていたhttp://www2.spacelan.ne.jp/~tonellico/index2.html。
また、能登ならではの漆器にも触れ、もう15年以上も能登の漆器を使い続けているけど、日本の工芸品の形の美しさと軽さ、熱いものを入れても口をつけて味わうことが出来る用の美に感心する。http://www.kirimoto.net/
まだ訪れたことはないけど、『めくみhttp://tabelog.com/ishikawa/A1702/A170203/17000700/』という寿司屋さんは、毎朝、七尾という能登の端の町まで2時間くらい車を走らせ、石川県において毎日最上の魚を仕入れるために奮闘している。「毎日往復4時間って、変人だとしか思えない」と他の寿司屋さんは言っていた。
21世紀美術館では企画展をやっていてhttp://www.kanazawa21.jp/data_list.php?d=1621&g=19、島袋道浩という人の展示では、能登穴水の『くちこ』を作る人に注目をしていて、『くちこ』のことを初めて考えた。
『くちこ』は、『このこ』と同じで、なまこの卵巣を集めたもの。へらのように先が細くなっているのはそれを集めて水を切るために乾かした下の方だから。そして驚くことに、この一枚を作るのに、ナマコが100匹くらい使われるということ(だからあんなに高いんですね)。そんな『くちこ』を、日々冬の間手作業で作り続けている人に注目している。
新竪町通りという鄙びたアンティーク屋さんや雑貨屋さんが並ぶ通りがあって、その通りをぶらぶら歩くのが好きだ。能登の工芸品や、どこから集めて来たのかわからないような不思議なスノードームが売っていたりする。
この新竪町通りのお店などの人たちが企画して、『そらあるきhttp://www.soraaruki.com/』という小さな雑誌を広告収入なしで出しているのだけど、その小さな雑誌も、金沢に対する愛情がぎゅっと詰まっていて、毎回読むのが楽しみな雑誌だ。
東京にいると、時々ニューヨークやパリが世界の中心なのかもしれないと思うことがあるけど、金沢を旅していると、金沢のその店が、世界の、いや、宇宙の中心なのではないかとふと思うことがある。
正確に言うと、東京でもニューヨークでもパリでもなく、そんなことは考えもしないで、ここが宇宙の真ん中だと思って、今を慈しみ生きているような人に出会うことがある。
人生は旅であり 又 旅は人生である
21世紀美術館の『柿沢康二』の書に書いてあった松尾芭蕉の言葉。

金沢の友。

福井の銘酒『黒龍』の『石田屋』

実は、僕が毎年金沢に行くのには、理由がある。
3年前のこの時期に、ひとりで久しぶりに金沢に旅行をした際に、『あいじ』という片町にある寿司屋さんにタクシーで向かったのだけど、雨の中、変な場所に降ろされて、道に迷い電話をしながらやっと店のドアを開けると、「こっちこっち!」と手招きされ、そのまま若旦那のようなHさんの隣に座った。
たまたま同世代ということもあり、金沢の話、食の話、東京の話、イタリアの話、次から次へと話は尽きず、Hさんは日本酒協会の会員ということもあり、ふたりで珍しい日本酒を飲みながら夜中までお寿司をいただいた。
それ以来、月に何度かメールをいただきながら、東日本大震災の時には直ぐにメールが来て、東京で起こっているコンビニの買い占めを心配されて、必要なものがあればすぐに金沢から送りますなどと、やさしい心遣いをいただいた。
Hさんとのやり取りは、月に何度かそのまま続き、その翌年の同じ時期に金沢に再訪。『あいじ』で待ち合わせ、Hさんは珍しい日本酒をいくつか持ち込み、僕に次々に美味しい日本酒を振舞った。
その後、何か美味しいものを食べた時にメールをし合ったり、Hさんが京都に旅行する時には、京都の店を紹介したり、軽井沢に旅行する時には、軽井沢の美味しい店を紹介したり、絶えることなく続いた。
そんなこんなで今年でもう4回目。金沢行きが決まると、真っ先にHさんに連絡をする。Hさんは僕が来るのを本当に楽しみにしているのがわかる。
今回も、『こいで』に行った後、もっと一緒に飲みに行こう!と大騒ぎだったのだけど、仕事の後に飛行機で来た僕は少し疲れていたこともあり、今日は帰りますと言って別れたのだけど、タクシーに乗る時に見たHさんは本当に寂しそうな顔をしていた。
大人になって、なんの利害もなく、ゲイではなくて、こんな風に友達になることなどあるのだろうか?
Hさんは娘さんがいるけど、もしかしたらゲイなのかもしれないと思うこともある。それにしても、なんで見ず知らずの僕に、こんなに親切にしてくれるのだろうか?お寿司屋さんのお金もなんで全部払ってしまうのだろうか?
別れ際、『黒龍』の限定酒『石田屋』をいただいた。
先ほど帰って来てネットで調べたら、10500円もしていた。僕も、生ハムやローストビーフ、チーズやワインなんかを、その年ごとに考えてお土産を持参するのだけど、なんだかいつも、もらってばかりのような気がする。
金曜の夕方に小松空港に着いた時に、HさんからLINEでメッセージがあった。
「おかえりなさい」
帰りの飛行機に乗る時にそれを思い出し、また今度はいつ金沢に帰って来られるかな…と、温かい気持ちを抱えたまま、東京に帰って来た。

金沢日記 その3(京祇園ねぎ焼き 粉)。

出し巻き

とろろ焼き

ねぎスジ焼き

上等な魚が続いたので、なんだか庶民的な食べものが食べたくなり、『京祇園ねぎ焼き 粉』へ。
地元の人が絶え間なくやって来る人気店なので、電話で何度かやり取りして、空いた隙を狙ってドアを開ける。
大柄で強面の大将は、話すとやさしいお仲間以外の何者にも見えず、アルバイトの店員もピアスをしていて100%お仲間だ。
その大将がニコニコと焼いてくれる鉄板焼きは本当に美味しく、出し巻き卵もとろろ焼きもふわっふわで、所々で歓声が上がるほど。
ねぎスジ焼きは、昔、新宿二丁目に大好きなお好み焼き屋さん『季里』があったのだけど、そこのねぎスジ焼きとまったく同じ味で一瞬驚いてしまった。
カウンターの一番奥に通されて、僕の出し巻き卵を作るのを見ていた隣の眉毛剃り兄ちゃん2人組(片町の客引きにしか見えない)が、「出し巻きうまそう…」と言うので、一緒に食べるように誘ったら、2人はニコニコして食べはじめた。
彼らのジャガイモ明太も食べろと誘われいただきながら、僕のとろろ焼きも分け合い、最後のねぎスジ焼きを食べる頃には僕のビールをガンガン彼らが頼む始末。
僕が彼らに、「眉毛剃り過ぎるとカッコ悪いよ」などとお節介を焼き、彼らも照れ臭そうに答えていた。
トイレに行って、会計を頼むと、大将は笑って、「彼らがすべて払いました」と言う。まだ30代の彼らに僕の分まで払わせてしまい、なんだか心苦しく、「僕がすべて払いますよ!」と言っても、眉毛剃り兄ちゃんたちも聞かない。
旅人と食事を分け合って、眉毛を剃るなとまで言われて、気をよくしたのか、金沢の習慣なのかもしれないけど、彼らのやさしい気持ちに甘えて、一銭も払わずに美味しい鉄板焼き屋さんを後にした。
この店、飲んだ後にも最高だと思うし、また金沢に来たら絶対立ち寄りたい素晴らしい店だ。
★京祇園ねぎ焼き 粉 http://s.tabelog.com/ishikawa/A1701/A170101/17005442/

金沢日記 その2(小松弥助)。

香箱蟹

ネギトロ(丸必)

金沢に来る時に、真っ先に予約をおさえる店は、『小松弥助』。
今まで行ったお寿司屋さんで、どこが好きかと聞かれたら、小倉の『もり田』と『天寿し』、金沢の『小松弥助』と答える。
『お寿司屋さんは、お客さんを緊張させたら負けだから』というのは、ここ、『小松弥助』の言葉。
84歳の大将は、お客さん一人一人に手渡しして、食べ方ややさしい言葉をかけてくれる。
目の前で勢いよく握られる寿司を見ていると、まるで舞台を観ているような気になってくるから不思議だ。
ここより美味しかったり、芸術的な寿司屋は、東京にもあるだろう。
でも、僕が、もう一度来たいと思う理由は、この大将がいるからなのだと思う。
結局、お店ではない。人なのだ。
★小松弥助 http://s.tabelog.com/ishikawa/A1701/A170101/17000055/

金沢日記 その1(こいで)。

香箱蟹

白さ海老、キジ海老、鰤、のどぐろ

シャコ

一年に一度か二度は、金沢に旅行に来る。
もし、一度しか金沢に来られないとしたら、11月6日以降12月末迄がいいかもしれない。なぜなら、香箱蟹を食べることが出来るから。
なかなか予約が取りづらく、食べログでは賛否両論あるものの、石川県では超人気店の『こいで』にお邪魔した。
テレビも付けっ放しで、強面の大将が、奥さんと二人でやっている店は、雑然としていておよそそんなに美味しい店とは思えないのだけど、話をすると、大将はとてもいい感じの人だということがわかる。
一年ぶりの香箱は、思いがけずお通しで出された。いつもの甘味に驚き、ビールを飲んでいたのに慌てて日本酒を頼んだ。
白さ海老、キジ海老、氷見のブリ、のどぐろの炙り刺身…
日本酒の会の友人とともに、真剣に選んだ魚は、どれも唸ってしまうような特別な仕入れだというのがわかる。
シャコの塩茹でも、信じられないほど甘い。白子の天ぷらも、全く臭みがないし、日本酒を二人で8号くらい飲んだだろうか…
最後に、大将が山から採ってきた、なめこの味噌汁をいただき、ほっと温まって店を後にした。
ネタは確かに石川県一番かもしれないけど、料金もいい値段なので、魚気狂いにのみオススメ。
★こいで http://s.tabelog.com/ishikawa/A1701/A170101/17001005/