アジアンクィア映画祭。

先週末始まったアジアンクィア映画祭に、二週目にしてやっと行った。
韓国の映画『2度の結婚式と1度の葬式』は、まるで二丁目の僕らの周りで起こっているような話だった。
ゲイのエリート医師と、ビアンの医師が、親の目を誤魔化すためと、養子をもらうために偽装結婚をする。
日本と同じような、世間体を気にする韓国の社会で生きるセクシャルマイノリティの問題を、真っ正面から捉え、かつコミカルに描いた見ごたえのある秀作だった。日本で上映されたらいいけどなあ。
監督は、19歳年下の男性と結婚式をあげたそうだ。韓国でそんなことをするなんて、すごい勇気だと思う。
『短編集A』は、ビアンものが多かったけど、青春のせつなさを描いた『夏日時光』と、カンボジアの映画『雨に抗う女たち』が素晴らしかった。
特に、『雨に抗う女たち』は、カンボジアの田舎で暮らす、年をとったレズビアンのカップルのドキュメンタリーで、田舎であるがゆえ、世間の目も厳しかっただろうけど、自分に正直に生きて、村でも権利を認められて、家族にも受け入れられて暮らしている姿は、感動的だった。
この『アジアンクィア映画祭』、二年に一度開催されていて、今年で4回目なのだけど、レズビアン&ゲイ映画祭の作品とは、またちょっと違っていて、とても見ごたえのある作品が多いかもしれない。
明日までなのだけど、当日券もありますよ。
★アジアンクィア映画祭http://aqff.jp/2013/index.php

自転車。

イル・ポスティーノ

新しい自転車を買った。
僕が探したのは、イタリア映画『イル・ポスティーノ』に出てくるようなクラシックな自転車。
結局、行き着いたのは、前にもここに書いたイタリア製ABICI。アウトレット物を安めに買うことが出来た。
自転車を選ぶ基準は、『美しさ』。昔から変わらぬ、自転車の美しさを持っていること。
東京の町中で走る僕にとって、走ることを追求した細いタイヤや、5段変速ギアや、前傾姿勢のフォルムや、余分な機能は、不要だと思った。
白い自転車に乗って、フランスの籐の釣り用バスケット(写真)をかけた人が、あなたの横を走り過ぎたら、声をかけてください。

20年後、何をしていますか?

「20年後、何をしてる?」と、20代半ばの子が、Bridgehttp://bar-bridge.com/index2.htmlで周りに聞いていた。
40代で何をするべきか、50代で何をするべきか、20年後の自分のために何をするべきか…のような、人生の自己啓発本は、残念ながら、僕にとっては何も意味がないことは分かっている…。
それにしても、20年後、僕は、いったい何をしているだろうか…?
僕がまだ若い頃、飲み屋にOさんという人がいた。Oさんには若い恋人がいて幸せそうだった。
『60歳になったら、汚い姿を誰にも見せたくないし、誰の迷惑にもならないように、みんなの前から居なくなる』と宣言していた。
Oさんは、早期退職をして、どういうわけか、月に何本も好きな演劇や映画を観続けていた。
恋人とも、幸せそうだったある日、Oさんは、僕たちの前から忽然と姿を消した。
親戚でさえ、どこに行ったのか分からず、なんの遺言も見つからない。恋人も何も知らされず、手がかりもないまま月日は流れた。
富士の樹海を彷徨っているのでは?
どこか田舎で、人目を逃れて暮らしているのか?
様々な憶測が流れても、情報は何も得られぬまま…
今の60代は、まだまだ若いにせよ、Oさんのように、自分の人生の幕引きを、自らコントロール出来るうちにしておきたいと思う人はいる。
実際に、二丁目で知り合った多くの年上の人たちは、年を重ねると、ほとんど飲みに出て来なくなるし、人前に出ることもどんどん少なくなってゆく。
44歳の僕にとって、60代はもうすぐだと思える。自分が60代になった時、いったいどうしているだろうか?
『何かに好奇心を持ち、情熱を傾けているだろうか?』
(できればそれが、誰か、何かの役に立っていて欲しい)
『友人が、そばにいるだろうか?』
『愛する人は、いるだろうか?』
先のことは分からないけど、この三つがあったら、僕はいいような気がする。
20年後、いったい何をしていますか?

きっと、うまくいく

港で評判の・・・
ではなく、巷で評判のボリウッド映画、
『きっと、うまくいく』を観た。
(昔、僕の会社のエライ上司が、プレゼンで、クライアントに、「港の噂では・・・」と得意げに言ったことが語り継がれています。因みに、他の上司は、『団塊の世代』のことを、『だんこんの世代』と会議中みんなの前で何度も言い、笑いをこらえるのが大変だった)
インドで歴代興行収入no.1を獲得し、
すでに海外でのリメイクも決まっているインド映画。
インド映画は、『ムトゥ踊るマハラジャ』のヒット以降、
日本でも定期的に上映されるようになって来ているけど、
この作品も趣向を凝らした脚本に、
豪華な役者陣、そして壮大な撮影をこなして、
人生をドラマティックに描いている。
世界一の映画大国インドで作られる映画は、
ある種の典型的な構造があるのだけど、
歌や踊りをふんだんに取り入れた手法は、
完全にエンタテインメントに徹していると思う。
敢えてストーリーには触れないが、
3人の大学生の友情をテーマに、
親子愛、男女の恋愛、夢や将来、就職など、
人生を描いた大作映画。
3時間という時間も飽きさせず、思う存分楽しめて、
所々ほろっとして、爽快感を味わえる。
観終わった後に、余韻に浸るというよりも、
観ている時に、200%楽しめる映画。ぜひ!
★きっと、うまくいくhttp://bollywood-4.com/index01.html

ふたりで旅をする。

出会ったばかりの頃、初めて長崎に二人で旅行をした。
Kは長崎に行ったことがないと言うし、
僕も修学旅行以来だったため、
様々な観光名所を二人で巡り、いろいろな物を食べ歩き、
二人の距離がぐっと縮まっていった気がする。
その後、僕は大分に六回訪れ、Kは三回東京に来て、
京都、熊本、福岡二回、北九州、そして宮崎と、
色々な場所にふたりで旅をした。
旅に出ると、色々なハプニングを前に、
その都度、決断を下さなくてはいけない。
何をするか。何を食べるか。
どこへ行くか。どういう道で行くか。
思っていたのと違った時や、道を間違えたり、
電車に乗り遅れたり、行った所が閉まっていたり・・・
そして、その時その時で、相手がどんな風に動くのか、
自分のことばかりなのか、人を思いやる余裕があるか、
普段は気づかないような色々な面が垣間見える。
僕は、数ヶ月前に酷い捻挫をしていたのだけど、
今回、山道を歩いている時に、
また同じ足を挫いてしまった。
Kは運転があまり好きではないのだけど、
その日は僕を気遣い、運転を代わってくれた。
ふたりで旅をすることは、
ふたりでつきあってゆくことを、
ぎゅっと縮めたように見せてくれる。
これからも、ふたりで一緒に、
食べたことのない料理を味わって、
見たこともない景色を眺めて、
知らない町を訪れてみたいと思う。
そしていつか、水戸黄門になりたい…

えびの高原から白鳥温泉へ。

えびの高原

白鳥温泉からの眺め

チキン南蛮

朝から、鹿児島との県境にまたがるえびの高原へ。
5月末から、ミヤマキリシマで山が染め上がるという。花は咲き始めていて、湖は驚くほど青く、透明だった。
梅雨入り前に、多くの観光客が押し寄せ、登山を楽しんでいた。
帰り道、西郷隆盛や与謝野晶子に愛されたという『白鳥温泉』へ。高台にあるため、露天風呂からはえびの市を見渡すことが出来る。
道の駅に寄り宮崎に戻り、『粋仙http://s.tabelog.com/miyazaki/A4501/A450101/45000531/』へ。
駅のそばのプレハブのような居酒屋。宮崎地鶏のももや軟骨をいただき、念願のチキン南蛮を。地鶏は、肉の弾力がブロイラーとは全く違ってコリコリしている。それでいて、チキン南蛮は、しっとり柔らかい。
たっぷり地鶏を味わって、思い残すこともなく、東京へ。 また来たいな。宮崎。

一心鮨 光洋

アナジャコ(熊本ではシャク)

宮崎で評判の『一心鮨 光洋』へ。
まるで、レストランのようなお洒落な一軒家を入ると、13人くらい座れる長いカウンターがあって、カウンターの奥には、ライトアップされた庭が借景のように広がる。
大将と、二人のお弟子さんが腕をふるう。この店には、メートルドテルもいて、イタリアの珍しいワインも取り揃えている。
お任せのコースは、最初に鯛の炙り寿司が出て来て、白ワインの一献も出され、その後は、海藻の酢の物、野菜のジュレ、イカの口、トリ貝、みる貝、キンキの肝、アジ、鯛、タコ、鰹の酒盗、鰹、キンキの煮付けには、イタリアの珍しい赤ワインを合わせられた。
握りも素晴らしく、赤身、トロ、コハダ、イカ、車海老、鰆、キングサーモン、最後の穴子を食べる頃、このままずーっとここでお寿司を食べ続けていたいと思う。
大将は、それぞれの旨味を引き出すために、食材によって、シャリも調理の仕方を変えている。
カウンターから見る、寿司職人の立ち居振る舞いは、まるで舞台を見ているようだった。
また、宮崎を訪れる時には、必ず来たいと思った素晴らしい鮨屋さん。
★『一心鮨 光洋』http://s.tabelog.com/miyazaki/A4501/A450101/45000157/

宮崎の、南へ。

青島神社

鵜戸神宮

朝から車で、南下をはじめる。
先ずは、『青島神社』。海の中に、鬼の洗濯岩と言われる、洗濯板のような岩岩が現れ、遠くに鳥居が見える。小さな島は、亜熱帯植物が生息するジャングルだ。真夏のような気温だったのに、青島神社の中のジャングルだけは、不思議と冷んやりとした空気が溢れていた。
『鵜戸神宮』へ。日本民族発症の地とされる。宮崎は、神話に登場する神々のゆかりある場所がある。1300年の時を超えて、この海の岸壁に人が詣でるのには、僕には分からない何か理由があるのかもしれない。
一路、『都井岬』へ。
南に行くに従って、道は狭くなり、白浜の美しい海岸が姿を現す。宮崎の最南端の『都井岬』は、馬が放牧され、野生化している。ここには、日本でも数少ない中に入れる灯台がある。灯台に登り、青い海と、蘇鉄が群生する景色を眺める。
宮崎の海岸線は、とても走りやすく、日本の海とは思えない美しい海岸が幾つもある。
日本の田舎を旅するたびに、それぞれの地方特有の景色の美しさに、改めて驚かされる。

宮崎で、宮崎牛。

牛タン

ランプから、サーロインまで

レバー、ホルモン、心臓

人生で初めて、宮崎に来た。到着するや否や、まずは宮崎牛をいただく。
『みょうが屋http://s.tabelog.com/miyazaki/A4501/A450101/45000273/』は、小さな一軒家の居酒屋に見えるけど、お店の中は満席で、丸見えの厨房は活気がある。
地元の人々に愛される、焼肉屋というよりも、肉専門店といった感じか。5千円くらいのコースを頼むと、少しずつ様々な肉の部位で、それぞれに合った食べ方でお肉が運ばれる。
牛タンは、3種類の部位で、ランプ、イチボ、ヘレ、シャトーブリアン、サーロインと食べ進むうちに、宮崎牛の肉そのものの旨味に、唸りをあげる。
最後のニンニクチャーハンの鍋が、大将によって揺すられる頃には、美味しそうなニンニクの香りと満腹感で満たされる。
Kは、焼肉屋だと、俄然目の色が変わって仕切り出すのが可笑しい。
大将の人柄に溢れたいいお店だ。

イメージ。

先日、ふと気づいたことがある。
昔、映画『シングルマン』を観た後のこと。映画の中で、コリン・ファースと若い恋人が、長いソファで向かい合って座っていて、お互いに別々の本(うる覚えだけどコリン・ファースは、ジェーン・オースティンの『高慢と偏見』のような硬めの本、若い恋人は、柔らかめのカポーティの『ティファニーで朝食を』)を読んでいる。
コリン・ファースは、若い恋人の読んでいる本を、ちょっと小馬鹿にしている感じだけど、そんな何気ない日常の一場面が、二人にとってかけがえのない幸福な時間だったということを感じさせてくれる名シーンだ。
このシーンを観て、当時独りだった僕は、『ああ、あんな、なにげない日常が、ほんとうの幸福なんだよなぁ』としみじみと思った。
そしてなぜか、次の恋愛は、自分がソファに足を投げて二人で向かい合って座っていて、お互いに好きなことをやっている。若い恋人は、こんな感じで(これはかなりリアルに)と何となく思い描いていた。
前に、Kが東京に来た時に、自分がシングルマンの映画と同じことをしていることに気づいた。ソファにKと二人で向かい合って座っていて、僕は海外の小説を読んでいて、Kは・・・・・・『未来少年コナン』を読んでいた(笑)
自分の頭が真っ白な状態の時に、思い描く確かなイメージ(意識)は、少し時間をおいて実現されるということが、いくつかの本で描かれている。
それが、本当かどうかは分からないけど、人間は、早く移動することを思い描いて、自動車を発明したし、空を飛ぶことを思い描いて飛行機も生まれた。そんなことを思うと、人間の意識というのは、現実の世界を少なからず作り出していると言ってもいいかもしれない。
僕とKのことなんて、「そんなの映画の観過ぎだよ」と思うこともできる。でも、もし、人間の思い描くイメージ(意識)が、ちょっと時間をおいて現実化してゆくのなら、こんなに面白いことはないと思う。