ドッグラン巡り。

海との旅行は、やっぱり海が中心になっていて、基本的に海が喜びそうな場所を探しては行ってみる。

下田への行きは、伊豆高原にある「愛犬の駅」で一休み。ドッグランには小型犬しかいなかったため、海を放つのは悪いと思って諦めた。その後、下田駅の隣にドッグカフェ「びわの木https://biwanoki.com」に行き、そこのドッグランで走らせることができた。

大きなびわの木があったようだが、台風で枯れてしまったらしい。気持ちのいいカフェ

日曜日は帰り道に修善寺方面にまで足を伸ばし、「ドッグランドhttps://izudogland.com」という犬の霊園もあるような場所に行き、思いっきり走らせた。


日常の散歩では、リードに繋がれたままなので走ることはしないのだけど、原っぱを走っている時の海は一番幸せそうだった。

晴レ屋

海を連れて、泊まりがけで行ける宿を探したところ、下田に良さそうな宿があったので急遽予約した。

犬は、子どもの頃の社会化が重要なようで、なるべく人間社会のいろいろなことを一緒に経験させると、大人になってからも色々な場面で適応でき、騒ぐことがないようだ。今まで、車やオートバイの音、商店街の人混み、カフェやレストランなど、少しずつ様々な経験を広げ、今回は宿に一緒に泊まることに。

犬と一緒に泊まれる宿は、全国でもそれほど沢山あるわけではないのだけど、ポツリポツリとあるようなので、今回は下田の「晴レ屋」に泊まってみることにした。

「晴レ屋」は、下田の駅から白浜に向かって行く途中を入った入江に面した宿。目の前がすぐ海なので、開放感がある。


宿は家族経営のようで、ご夫婦に高校生くらいのお嬢さんがお手伝いをしている。犬は2匹飼っているので、犬の扱いにも慣れているし愛情がある。

入り口に犬を洗える水道もあるし、館内は犬はどこにも連れて行けて、浴場にも脱衣場までは一緒に入ることができるし、朝ごはんも晩ご飯も、犬を一緒に連れて食堂で食べることができる。晩ご飯も朝ごはんも、凝った料理ではないけどとても美味しかった。


海は、食事の時、周りの犬があまりにも吠えるので少し反応していたけど、大人しく側でじっとしていられた。部屋は畳の部屋で、トイレが心配だったけど、トイレシートにきちんとおしっこをしてくれた。

海にとって、家以外の場所に泊まることは初めての経験だったのだけど、どうやら緊張しながらも僕たちと一緒の部屋に泊まることができた。

⭐️晴レ屋http://yado-hareya.com

松坂牛たんど

仕事終わりのKを待って、車で四日市へ向かう。

途中、浜松のパーキングエリアで休んだけど、三重県四日市にはすんなりと着いた。

愛知県を横断してわかることは、東名に沿って延々と工業地帯が続いていること。ちょっと川崎や横浜に似た風景は、どうしても経済を優先させて来た後に残った環境汚染のことを思ってしまう。

はじめて来た四日市は、たまたま奈良との中継点だから泊まることにした。

10時を過ぎてご飯が食べられるところを探すと、焼肉屋さんが近くにあった。


分厚い牛タンが思いの外美味しかった。

⭐️松沢牛たんどhttps://www.tando.cc/

喜多八

奄美大島では、「鶏飯」がとても美味しかったのはここに書いた。

それ以外では大抵ホテルの周りの龍郷で食べていたのだけど、最後の日には奄美大島の中心地である名瀬の和食屋さん「喜多八」でご飯を食べた。

「喜多八」は、女将さんを始め娘さんなど、すべて女性で切り盛りしているお店。2名だと予約はできないらしかったので、早めに店に行って入ることができた。料理は4000円のコース料理のみで、その中には5杯分のお酒も含まれている。

野菜をふんだんに使っていて、中には少し甘いお料理もあるものの、奄美大島らしいお料理をいただくことができた。

島らっきょう

刺身は酢味噌で
冬瓜と鶏肉
厚揚げ
塩豚の煮物

油うどん

旅の間ずっと思っていたことは、奄美大島と沖縄の島々との違いだった。鬱蒼とした山々があり、美しい入江の海が広がる奄美大島は、沖縄のようでいて沖縄とは違った美しさを持つ島であり、沖縄とは違った奄美大島独自の文化が残る島だった。

旅で体験することは、ネットでは得られない価値のあるものだ。また暖かくなったら、人ものんびりで穏やかなこの奄美大島にもう一度帰ってきたいと思ったのだった。

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大島紬。

奄美大島の「大島紬」は、イランのペルシャ絨毯・フランスのゴブラン織りと並ぶ世界三大織物だというをご存知だろうか?

大島紬とは、約1,300年の歴史を誇る日本の伝統的工芸品で、奄美大島を本場生産地(発祥の地)とする絹織物。

僕たちは今回、「大島紬村」というところでその大島紬が作られる工程を見学したのだけど、泥で何十回も染め絞りを入れた絹を、複雑な模様をデザインして決めてから丁寧に織っていく工程をつぶさに見ていると、一反が安くても30万円するというのも頷ける。

何十回とシャリンバイで染める。

シャリンバイから色を煮出す。
ルリカケスも見られる工房の庭
織物のデザインを決めてから、どこにどの色を染めるかを決める。
仕上がりを想定して色を入れる。
龍郷柄

黒のように漆黒ではなく、泥を使った微妙な色調は、繊細で奥行きがある。本当は、お揃いの着物を仕立てたいと思うけど、それほどのお金は持っていないので、今回は記念にコースターだけ買って帰った。

こんな小さなコースターでも、使いながらあの奄美大島の大島紬の工程を思い出すのだ。

⭐️大島紬村http://www.tumugi.co.jp/index.html

田中一村。

奄美大島で僕の知っていることといえば、日本画家の「田中一村」のことくらいだった。

田中一村は、僕がまだ美術学校の学生だった頃、NHKの特集で知った画家。東京芸術大学に入学するも2ヶ月あまりで中退、その後、添付の白い花で一度青龍展に入選するも、その後は一度も中央画壇に入線することはなかった。50歳で奄美大島に移住し、紬工場で染色工として働きながら絵を描き、貧しくも自分の描きたい島の植物や動物を描き続けた孤高の画家。

白い花


田中一村との不思議な再会は、実は今年の夏に訪れた宮古島で、田中一村の絵がレストランの表に飾られていたのだ。その絵につられて入ったレストランはとても美味しく、大将は一村の絵に憧れて奄美大島など各地を巡り、宮古島に辿りついたということだった。

奄美大島には、「田中一村田中一村記念美術館」があり、「田中一村の終の住処」も名瀬に移築されて展示されている。

奄美大島の建築様式を取り入れた美術館

田中一村田中一村の終の住処

田中一村の作品を纏って見られるのは、おそらくこの記念美術館だけだろう。奄美大島の湿度の高い気候の中で取り入れた高床式の建築物は美しく、水の上に浮かんでいる。

学生時代の作品から、南画、世間から忘れられて貧しい暮らしの中で描き続けた作品は、50歳を過ぎて奄美大島に移住したことで、新しい展開を見せ始める。

最後まで独身を貫いたのは、どうしてだったのだろう?ゲイだったのだろうか?などと夢想しながら、充実した時間を味わった。奄美大島に行くことがあったら、接待に訪れて欲しい素晴らしい美術館。

⭐️田中一村記念美術館http://amamipark.com/isson/

アマンデー

奄美大島で心が解け、すっかり魅了された帰りの日、僕たちは奄美大島の発祥の地とされる「アマンデー」を目指すことにした。

アマンデーとは、女神の阿摩弥姑(アマミコ)と男神の志仁礼久(シニレク)がはじめてアマンデーに天降りし、この島をおさめ、後、島伝い、浦伝いに南下し伝えていったというところ。つまり奄美大島に神様が降り立ったという場所。

この場所にたどり着くのがとても難しく、道でおじいさんやおばあさんに聞きながら、やっとの事でたどり着いた。

細い道を注意して歩きながら、30メートルくらい茂みを入って行くとアマンデーがある。古くなったお墓のようなところだけど、奄美大島がぐるっと180ど見渡せるような気持ちのいい眺めだ。

入り口の立て札

お墓のようなアマンデー
アマンデーからの眺め


また奄美大島に戻ってこられますようにと、Kと二人お祈りをして、美しい奄美を後にした。

鳥しん

名瀬の町に行き、また「鶏飯」を食べた。

「鳥しん」は、名瀬の町中にあり、地元の人も火曜鳥料理屋さん。鶏飯は、「ひさ倉」の鶏飯のように、スープにほんの少し甘みを感じる。

お店によって具材が少し違う

鶏ももの炭火焼

油そうめん

そうめんチャンプルーのようなものは「油そうめん」で、出汁とともに炒められた食べ物。そうめんチャンプルーとは全然違い、和食に近い味だった。

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金作原探索ツアー

奄美大島は、亜熱帯の原生林が残っていると言うので楽しみに「金作原探索ツアー」に申し込んだ。

「豊かな自然が残された島」だと思っていたのだけど、どうやらそれも間違いだったようで、60年代から80年代の高度経済成長期に森林の伐採が盛んに行われたようだ。

山の木々を伐採して本土に送り、お金をもらう。山は次から次へと丸裸になり、そこに棲む動物や植物たちも消えていった。

やがて、奄美大島の人々も自分たちのしてきたことが間違いであったと気づき、森林を守る大切さを知ることになる。一度丸裸になった山は簡単に元には戻らない。奄美大島はその後、なかなか国立公園には認定されず、国定公園のままであったが、つい3年ほど前に日本で34番えmの効率公園認定されたようだ。

落葉樹のほとんどないブロッコリーのような山々

奄美大島の蘭の一種
マングースの罠
樹齢数百年のウラジロカシ

日陰ヘゴ

そんな奄美大島の中で、未だに豊かな山々が残る場所が「金作原」の山々。そこには野生の黒うさぎやルリカケス(青い鳥)、イノシシやキツツキなんかも棲んでいる。

ゴジラの撮影にも使われたと言う亜熱帯雨林を散策しながら、勉強になる話を伺うことができた。

奄美大島北部。

僕たちが泊まったのは、奄美大島の北部で「龍郷町」という場所。

奄美大島は、沖縄本島より少し小さいくらいの大きさであるにも関わらず、人口が5万8千人くらいしかいない。(これは、石垣島や宮古島くらいの人口)

人口の多くは「名瀬」という町に集中しており、それ以外は昔からある集落に集まっているようだ。

今回、島の大きさがわかったので、一回の旅行で制覇することは最初から諦めていた。今回は北部で過ごし、また来た時に別の場所へ行けば良いではないか。

北部は、古くからの文化が色濃く残りながらも、昔からの集落があり、尚且つ、お洒落な宿泊施設や見所もあるような場所。名瀬は真ん中より少し北にあるものの、北部から名瀬までは30分以上車でかかる。従って、夜のご飯は名瀬に行くことは諦めた。

初めての奄美大島の感想は、沖縄の離島と似ていて海がとても綺麗だということ。それと、不思議なのだけど、宮古島のように珊瑚で出来た島ではないため、鬱蒼とした山々がある。


この山々に美しい海を見ていると、「一体ここはどこなんだろう?」と思ってしまう。石垣島にだっておかのような山はあるけど、こんなに木々が生い茂っているわけではないし、西表島の熱帯雨林のような山とも少し違っている。

それと、海が入江のようにリアス式になっているせいで、景色がとても多様で美しい。車で走りながらあまりの美しさに驚きっぱなしだった。