阿蘇へ。

阿蘇神社

門前町の湧き水

赤牛

朝から車で、一路、阿蘇神社へ。
阿蘇神社は、2300年前からあると言われているとても歴史のある神社。周りは阿蘇の山々に囲まれて、門前町の町中には、阿蘇の伏流水が絶え間なく湧いて流れている。
古い神社は、煌びやかさは無いものの、そこに居るだけで、清々しい空気に満ちているのがわかる。今回は、何故か熊本に行こうとふたりで決めたのだけど、もしかしたら、この阿蘇神社に来ることが、僕にとっての一番の目的だったのかもしれないと思った。
この感覚は、なかなか言葉にするのが難しいのだけど、京都の下鴨神社同様、心が軽くなって、身体も広がるように感じられる。
昼は、阿蘇神社から20分くらいのところにある「農家れすとらん 田子山 http://s.tabelog.com/kumamoto/A4302/A430201/43000933/?lid=header_restaurant_detail_review_list」へ。
「赤牛」をゆっくり焼きながら塩とポン酢で堪能した。
阿蘇の雄大な大地は、他の土地では見られないちょっと驚くほどの景観だった。
暖かくなったら、今度は阿蘇だけにゆっくり来たい。

熊本城。

昔、つきあっていた人が、お城マニアだったため、旅行をすると、お城に行くことが何度もあった。彼は歴史的な背景もすべて頭に入っているため、僕にそのお城に関する一部始終を説明してくれた。
僕はどちらかというと、お城にはあまり興味がなく、お城の形や色や庭や調度品や装飾が好きで、「ああ、きれい!」などと言っていた。
きっとふたりは、一緒にお城を見ていても、全く違うものを見ていたのだと思う。おまけに僕は、歴史が全然頭に入っていないため、何度説明を受けても、まるっきり忘れてしまっていることが多くて、時々彼をひどく落胆させた。
あれから何年も経った今、自分がお城がとても好きなことを発見した。
相変わらずお城の背景にある歴史は覚えられないけど、お城の佇まいや、美しさを見ているだけで、色々と想像を掻き立てられる。
誰かとともに生きるということは、自分だけで完結していた世界が、壊れ、修復され、拡がるということなのかもしれない。今、ともに生きているKは、お城を見ながら、どんな思いでいたのだろうか…

ただすのもり

京都で、好きな神社はどこか?と聞かれたら、
迷わず、「下鴨神社」と答えます。
下鴨神社(賀茂御祖神社)は、紀元前からある京都で最も古い神社。
清水寺や金閣寺のように派手ではないけど世界遺産なのです。
東京ドーム三個分とも言われる「糺の森(ただすのもり)」は、
そこを歩いているだけで、清々しい空気に満ちているので、
「正すの森」だといつも思ってしまいます。
また、神様のお供えもの(神饌)を調理していた、大炊殿(神様の台所)
・井戸屋形を公開しているので、見逃せません。
何千年も前から人間は、神様というものを信じていたのだと思うと、
改めて、不思議な気持ちになります。

心の都、京都へ。

昔、10年間ともに生きた人と、年に何度も訪れた京都。
4年半の歳月が流れて、今、訪れてみると、
ふと、あの頃のあの人の優しさを思い出し、温かい気持ちになる。
時は流れ、離れ離れになったとしても、
二人で過ごし、ともに体験したことは、
決して消えてしまったりしないのだと、
改めて思った年の瀬です。