テニス肘。

ここ3週間くらい左の肘が痛くて、瓶の蓋を開けたりすることもできないし、フライパンや中華鍋を左手で持って右手で皿に取り分けることなどができずにいた。

そのうち良くなるだろうと思っていたのだけど一向に治る気配がなく、Kも見るに見かねて土曜日の午前中はやっていそうな大学病院の整形外科に車で送ってくれた。

左肘がこんなに痛いのは、筋トレをしていた時なんかにたまにあった故障のようにも思えるけど、今は全然ジムにも行っていないので心当たりがまるでない。

強いて言えば、ずいぶん前に家の下に前の住人が置き忘れていた紫陽花の鉢(直径1メートルくらいのもの)を、通路で邪魔だからとKと無理をして上に持ち上げたことがあった。その時は痛みもなかったのだけど、その後この力仕事のせいで肘を痛めたのかも知れない。

お医者さんは、「テニス肘ですね・・・しばらく安静にしておいてください」と言って、湿布とサポーターのようなものを出してくれた。

夜、眠る時に、僕がそそくさと寝ようとしていると、Kがやさしく湿布を貼ってくれた。こんな時にいつもKのやさしさを感じるのだ。

いつもは普通に使える腕の片方が使えないだけで、日常生活がいかに不便かを今は身にしみて感じている。

ふきとわらびと竹の子ごはん。

日曜日に掘りたての竹の子を買ったので、帰ってその場で米ぬかと鷹の爪と一緒に茹でてアク抜きをしておいた。

新鮮なふきも買ったので、すぐに茹でて皮をむき煮浸しに。わらびは重曹を少し入れたお湯に一晩につけてアクを抜く。

今日は、久しぶりの竹の子ご飯。

お米は2号にして薄くスライスしたたっぷりの竹の子と、油揚げを細く切って一緒に出汁で炊く。

山椒は、家に植えたばかりのものがあるけど、まだ葉っぱが少ないので、家の前の道沿いの山に生えていた山椒を散歩のついでに摘んで来た。

帰って来たKが「いい匂いがする・・・」と声をあげる。

いつもは1号炊いて、少し余ってしまうご飯も、危うく2号全部食べてしまいそうなほど美味しくいただいた。

春の山菜は、とにかく採れたてをすぐにアク抜きすること。

すると、山菜の持つえぐみもきつくなく、身体の中にスーッと入ってくる。

今年はもっともっと春の山菜を食べようと思う。

⭐️竹の子ご飯
<材料>
竹の子 300gくらい(普通100gくらいあれば十分)
油揚げ 東京のもので1枚半くらい
米 2号
出汁 350ml
★薄口醤油 大さじ1と半分
★塩小さじ半分
★酒大さじ1

<作り方>
1.出汁を入れて、調味料を入れて混ぜる。
2.その上にお米を入れて一混ぜ。
3.その上に細かく切った竹の子を入れる。
4.最後に細く切った油揚げを乗せて炊く。
5.蒸らしたのち、碗によそい、山椒を叩いて載せる。

庭の春。

我が家の庭にも、春が一気にやってきた。

我が家には、斜面に沿って庭があるのだけど、桜の開花とともに様々な樹木が芽吹き始めている。


少し前まで赤い芽しか見えなかった紅葉は、花が終わり美しい黄緑色の葉を広げ始めた。

小楢は、垂れ下がる花を咲かせ、それと同時に葉っぱが見え始めた。

階段に沿って植えたチューリップが一斉に開花して、小さな苗だった宿根草も葉を広げている。


入居前の庭は全て雑草が刈り取られていたのだけど、これらの雑草の芽も同じように一気に伸び始めた。

園芸家はこれから梅雨入りまで、休んではいられない。

東京の桜。

年度末の31日、編集で東京に向かった。

広尾の駅で降りて歩いていると、桜がいくつも目に入った。でも、満開を少し過ぎているせいか、あまり美しいとは感じられなかった。

僕は東京で生まれ東京で育った。だから、東京の桜はある程度見てきているし好きなことに変わりはない。東京の一番美しい桜は、30年前くらいの千鳥ヶ淵の桜だと思う。

なぜ30年くらい前かというと、ソメイヨシノは改良されてできた桜であり寿命が短く、60年くらいから枯れていってしまうようだ。

目黒川の桜なんて昔は小さな苗木のようでなんとも思わなかったのに、ここのところ人気があるのは、ちょうど見頃まで成長してきたということだろう。逆に、千鳥ヶ淵や新宿御苑の桜は大木だった桜が次々と枯れてしまい、全体的な桜のボリュームがかなり減ってしまった。

今、東京を離れた僕が客観的に東京の桜を見て思うことは、ソメイヨシノばかり一つ覚えのように植わっている東京の桜はなんだか単調に見えるということ。

京都に桜を見にいった時に、醍醐寺に入ると舞台の中に入り込んでしまったかのような世界に圧倒されたのだけど、他のお寺を廻りながら思ったことは、いろいろな種類の桜が咲いている美しさだった。

そして改めて僕が今住んでいる熱海の町を歩いていると、山桜、しだれ桜を始め、名前のわからない桜がたくさん咲いていて、その多様さに驚かされるし、その違いがとても美しいということを改めて知らされたのだ。

東京の桜は、それはそれで美しい。でも、日本の地方の山の中や町のあちこちに咲いている様々な色の桜の美しさを改めて思い知らされたのだった。

熱海の近所の桜

叔母の襲来。

朝7時頃電話がなって、何かと思ったら叔母だった。

「ただしくん、熱海に遊びに行こうと思うんだけど・・・今日・・・」

「え?金曜日ならいいけど、今日なら仕事調整して休みにするね(ってなんとかなるかな・・・)」

10年くらいちゃんと会ってなかったこともあり断りづらく、叔母の思うように調整することにした。

叔母は、横浜に住んでいるので新横浜で新幹線に乗るときに連絡をもらうようにしていたのだけど、待っていても連絡がこないので、とりあえず急ぎ熱海駅にタクシーを飛ばす。

金曜日ならKが電車で行くと言っていたので車が使えたのだけど、今日は車がないのだ。それに、新横浜からだと30分もかからないため、熱海についてから電話が来たら待たせることになってしまう。

しばらくすると、叔母から電話があって、この後11時10分の新幹線に乗ると言う。そのつもりで待ちながら電車の時間を見ていると、新横浜発のこだまは15分になっている。おかしいなあ・・・と思っていると叔母から電話が。

「ただしくん・・・おばさん、広島行きに乗っちゃったみたいなの・・・車掌さんに聞いたら、次は名古屋だって・・・おばさん、新幹線なんてほとんど乗ったことなかったから・・・」

「え???おばさん、のぞみ乗っちゃったんだね!こだまに乗らないと熱海には止まらないんだよ・・・とにかく名古屋についたら電話してね」

時計を見ると、名古屋に行ってこだまで折り返して戻って来ても、まだまだ3時間以上かかることがわかった。僕は熱海駅で時間を潰すこともないと思い、もう一度タクシーで家に戻り、14時半にもう一度熱海駅に叔母を迎えに行った。

久ぶりに会う叔母は、かなり老けこんでいて、一瞬わからないくらいだった。それもそのはず、叔母は81歳。この10年間で年をとっていたのだ。叔母は我が家の階段を、手すりを捕まりながら慎重に登った。ところどころで咲いているお花たちを愛でながら持って来たカメラで写真を撮っていた。

僕が一番恐れていたことは、Kとのことを聞かれること。叔母は自分に子どもがいなかったこともあり、折に触れ僕に結婚をしないのかといつもいつも聞いてくるのだ。

広いベッドを見ても、干してある洗濯物を見ても、一緒に住んでいる人がいるのか?などとも聞かれることはなかった。叔母は最後まで外の写真を撮りながら、時々海を撫でながら、この我が家を気に入ってくれたようだった。

些細なことで小さな喧嘩をして以来、しばらく会うこともなかった叔母が来てくれたことはとてもうれしかった。話の中で、叔母が自分の家の後片付けをしていることを知った。

叔母は確実に自分のおしまいをわかっているのだ。そして今日、たった二人しかいない甥っ子の一人である僕に会いに来たのだった。

美しさは、やさしさ。

今日は東京のスタジオで女優の撮影だった。

僕は仕事の都合上、今まで色々な著名人に会って来たのだけど、撮影であれ打ち合わせであれ、著名人と会うのは緊張するものだ。

実際に会う前に、「この人、面倒くさそうだな…」などと会う前から気が重いこともあるけど、会ってみると、本人はとても気さくでいい人だったことがほとんどだと思う。

今日久しぶりに撮影した女優さんは、顔立ちが整っていて脚が長くてとてもきれいな人だけど、ご本人が気さくで周りを和ませるようなジョークを言うようなやさしい人。

きっと周りが気を遣ったり緊張しているのをわかっているのだろう。

この人の美しさはきっと、こんな何気ない気配りが出来るやさしさが出ているのだと思ったのだ。

10年ごとの人生。

人生の周期は、9年ごとだとか、12年ごとだとか、さまざまな意見があるけれども、52歳の僕がざっと自分の人生を振り返った時に、だいたい10年ごとにそれぞれの課題なりテーマがあったような気がする。

物心ついてから10歳までは、親の愛情とともに、父母のうまくいかない関係性に翻弄された最も辛い時代。

中学生から成人するまでは、自分がゲイであることの受け入れ難さに思い悩んだ時代。

大学の卒業から30歳になる頃、恋愛の失敗を沢山積み重ねて、最後にはじめて年上の恋人が出来た。

30代は、自分が世界で一番幸せだと思える恋愛をして、世界中を旅行した。その後その恋愛は崩壊し、39歳ですべてを失った。

40代は、死に物狂いで恋人を探し求め、やがてKに出会い、そこから人生にゆっくりと軸が出来はじめた。

そして50代。住み慣れた東京を離れ熱海へ。

都会暮らしで享受出来る生活が必要だとずっと思っていたのに。それほど必要ではなかったということがわかった。もしかしたら、この歳になり必要ではなくなったのかもしれない。

時々こんな風に自分の来し方を振り返ることがある。

自分の人生なんて特に何のストーリーもないように思える時に、思い起こしてみる。

人に自慢できるようなものは何もないけど、そこには自分だけが知っている毎日が確かにあったのだ。

家の周りの桜。

東京では、早くも桜が満開を迎えるようだ。

東京で暮らしていた時は、毎年桜が咲くのを心待ちにしていて、千鳥ヶ淵に見に行くのを楽しみにしていた。

熱海に引っ越して来たら、なぜか桜のことをほとんど気にかけていなかったのだけど、熱海には1月から桜が咲き始めて、その後もずっと様々な桜が町のいたるところで咲いていたから。

そしてようやくソメイヨシノの開花宣言が日本全国で始まって、気がつくと熱海の町中のソメイヨシノや山桜なんかも咲き始めて来ていた。

桜の花の時期は、せいぜい10日間くらいだろうか。

毎日毎日変わって行くその姿を、今年も惜しみながらしっかりと見届けるつもり。

アイスの抽選応募。

Kは甘いものが大好きなので、ほぼ毎日晩ごはんの後にデザートを食べる。

僕自身はお酒があれば良いのであまり甘いものには興味がないのだけど、僕が食べないとKも食べないのでKに付き合って食べるようにしている。

デザートの中には、時々アイスの「モナカ」もあって、二人で半分にして食べるのだけど、そのモナカの袋には抽選に応募できるマークがついているようで、時々Kがそのビニールの袋を捨てる前に丁寧にハサミでマークを切り抜いているのを見かけていた。

今日、晩ごはんが終わってアイスのモナカを食べたら、ハガキを持ち出して来て一生懸命住所や差出人の名前を書き出した。

僕が、「何を書いてるの?」と見ると、「応募するの」とのこと。僕の名前でキャンペーンに応募しようとしていたようで、ここに海の絵を書いてくれというのだ。マジックの真っ黒ののらくろのような犬の絵を書いて、応募ハガキに遊び心を加えた。

「何が当たるの?」と聞くと「すき焼き用の牛肉」とのこと。

4枚くらいのハガキに応募事項を書いて、切り抜いていたマークを一生懸命貼っているKを見ながら、かわいいなあと思ったのだ。

第2回海のトレーニング。

ドッグトレーナーが来てくださったのだけど、このところ毎週末雨が降っているので、今日も家の中で海のトレーニングだった。

海は、クレート(犬用のプラスチックの箱)に入っているのが苦手で、すぐに鳴いて出してくれと言い出すのだけど、実はこのクレート、どこか宿に泊まりに行っても、海を旅行で預ける時も、飛行機に乗っても、常にクレートで管理されるので、クレートの中で大人しくしていられるというしつけはマストなのだ。

おやつをクレートの中に入れて扉を閉めて、時々おやつをあげながら褒めてあげる。途中、クンクン鳴き出したら声をかけつつ、ある程度時間が経つのを待ってから扉を開けて外に出してあげる。これを繰り返し、少しずつクレートに入っていられる時間を増やしてく。

それと、「待て」の練習。海はこの「待て」があまりできずに、すぐにこちらに歩み寄って来てしまう。これも、おやつを持って「待て」を声がけしながら、待たせてからあげる訓練を繰り返す。

「待て」の練習

訓練やしつけというよりも、一緒にルールを学んでいる感じと言おうか。一つ新しいことを覚えると、海のその頭の良さに驚き感動してしまう。

トレーナーさんには偶然函南のドッグランで会ったのだけど、とてもやさしいお姉さんなので、海も安心してトレーニングをしている。