シュガーマン 奇跡に愛された男

この世界で現実に起こった話が、想像で作られた物話以上に奇跡のように感じられることが稀にある。
久しぶりにこの上なく美しいドキュメンタリーを観た。アメリカの伝説のミュージシャンを追った『シュガーマン 奇跡に愛された男』という映画。
60 年代後期にデトロイトに現れたロドリゲスは、天才的なミュージシャンと思われたが、二枚のアルバムは全く売れないまま、時代に忘れ去られる。
しかし、その労働者の底辺を味わい尽くしたような音楽が、数奇な運命を辿り、アパルトヘイトの時代の南アフリカに渡り、爆発的なヒットを飛ばすことになる。
その後、南アフリカの二人の男が、死亡説まで流れるロドリゲスを探し求めるというドキュメンタリー。
この、無名のシンガー『ロドリゲス』の作る歌は、弱者や労働者階級、社会の底辺で生きる人々を歌っている。
映画が進むうちに、ロドリゲスの、しっかりと地に足のついた生き方が現れてくる。
無名のアーティストであれ、僕は、こんなに強く美しい人がいたことに驚愕した。
アカデミー 長編ドキュメンタリー部門賞
★『シュガーマン 奇跡に愛された男』
http://www.sugarman.jp/

ジャンゴ 繋がれざる者

公開初日に、はりきって観に行って、あまりの暴力シーンに、返り討ちに遭い、途中でげんなりして劇場を出てしまい、今日もう一度見直した映画。
前作の、イングロリアス・バスターズは、ユダヤ人虐待に対する、復讐をドラマティックに描いたタランティーノだけど、今作は、アメリカの黒人奴隷制度というアメリカの暗部に、見事に斬り込んだ壮大な復讐劇。
この監督、どれだけ虐待や暴力が好きなんだろう?と思うほど、いつものように「出血」が大サービスだし、効果音も凄い。人間が、痛いと感じる様々な痛みを、これでもか⁉という映像で想像させてくれる。僕は、暴力シーンや、虐待シーンを、映像で観ることに生理的な抵抗があるのだけど、今日は、なんとか頑張って最後まで見届けた。
映画は時々、作り手の意図によって、観客の観たくないものをあえて目の前に提示することがある。タランティーノは今回、アメリカの暗部と言われる黒人奴隷制度を、我々に、エンターテイメントとして叩きつけた。それは、僕にとっても目を背けたくなるような酷い歴史だけれど、それを知ることによって、より、現代に繋がるアメリカの歴史を知ることにもなるのだろう。
この映画の設定は、リンカーンが奴隷解放を成し遂げる時代、南北戦争が始まる頃で、今から150年くらい前の話。その頃の人たちが、今のオバマ大統領を見たら、どんなことを思うだろうか?アカデミー賞の授賞式で、最後にミシェル・オバマが出て来て作品賞を発表したけど、作品賞が、この黒人奴隷制度への復讐劇であるジャンゴであったら、もっと盛り上がったかもしれない。
脚本が巧妙で素晴らしいので、今回はあえてストーリーには触れないけど、今年、絶対に見逃してはならない一本。
★ジャンゴ 繋がれざる者
http://www.sonypictures.jp/movies/djangounchained/mobile/

人生、ブラボー!

考えられないくらい酷いポスター

この映画が前から始まっているのは知っていたけど、無視していた。タイトルもポスターもあらすじも、あまりにも行く気を失くすパワーに満ちていたから…。
でも、今日は、どんなに見渡しても他に観たい映画がやっていなかったので(「塀の中のジュリアス・シーザー」は途中で出てしまった…)、ダメもとで観に行ったら、意外と笑えたのでびっくり。
42歳のダビッドは、超ダメ人間。借金まみれで仕事にも時間にもだらしなく、恋人にも愛想をつかされている。
若い時に、精子を提供するバイトをして、533人もの子どもが生まれ、その後、子どもたちが結託して彼らから告訴されてしまうという呆れるような内容。OMG!
今までは適当に人生を生きていたダビッドだけど、一人また一人と自分の子どもに出会ううちに、少しずつダビッド自身が変わってゆくというお話。あーバカバカしい…
僕もそう思いながら観ていた。でも、そもそも普通の人の人生における優先順位と、ダビッドの優先順位が、面白いほど違っている。いや、違いすぎているのだ。
これは、僕も時々どうやら優先順位が違うと周りに言われることがあるから、人ごとに思えなかった。笑
カナダの有名コメディアンという主人公を含め、恋人役もとても魅力的な配役になっている。知らないうちに、このろくでもない主人公ダビッドのことを、好きになっているから不思議だ。
ハリウッドやインドでリメイクが決まっているということから、こんなにバカバカしい話でも、多くの観客が僕のように笑ってひととき楽しんだということだろう。見終わった後にほんのり生温かい、アメリカのヒューマン系テレビドラマのような映画。
★人生、ブラボー! http://jinseibravo.com/news/
シネスイッチ銀座にて

アカデミー賞の一日。

毎年この日の朝は、お休みをいただいて、M&Kカップルの家に急ぐ。一年の内でも、最もドキドキするアカデミー賞授賞式の日だ。
今年はKが料理を作ってくれるので、チーズと簡単なサラダと、ワインを持って出かけた。
今回、作品賞10本の内、4本はまだ観ていないのだけど、それでも、どの作品や監督、俳優たちが授賞するのかは毎年のことながら本当に楽しみだし、映画を愛する人々の祭典は、映画好きの僕らにも、夢や希望を与えてくれる。
監督賞を、アン・リーが授賞したのはとても嬉しかった。アジア人という枠を超えて世界で活躍し続けるアン・リーは、僕が尊敬している監督だ。
レミゼのパフォーマンスは感動的だし、助演女優賞で、アン・ハサウェイが授賞して、本当に嬉しかった。Kとはじめて福岡で観た思い出の映画だったから。
今回、アン・ハサウェイはスピーチの最後に、自分の役のような人生を送る人が、いつかいなくなることを願うと言ったことに、胸を打たれた。
そして、作品賞を取った「アルゴ」は、昨日偶然観たのだけど、とてもよく出来た映画だと感心した。監督でもあるベン・アフレックが、どんなにハリウッドから干されようとも、不屈の精神で映画を撮り続けたという情熱に心動かされた。
これからも、いつまでも、映画好きの友人たちとともに、こうして毎年、ワイワイ飲みながら、アカデミー賞を観ることが出来たら、幸福だなぁと感じた一日だった。
MとKに、感謝です。
いつも、ありがとう。

Antonio Calros Jobim

敬愛するアントニオ・カルロス・ジョビン(愛称トム)のドキュメンタリーというので、字幕無しでも構わないと思い駆けつけたら、ドキュメンタリーというよりも、トムと関わった様々なアーティストの映像を集めたトリビュート映画だった。
エリス・レジーナ、ジュディ・ガーランド、フランク・シナトラ、サラ・ヴォーン、アンリ・サルヴァドール、エラ・フィッツジェラルド、カエターノ・ヴエローソ…錚々たる顔ぶれのアーティストたちが、トムの曲を歌ったり、演奏している。
沢山有名な曲があるトムの楽曲の中で、一番知られているのは、「イパネマの娘」だろうか。
僕はボサノヴァに学生の頃出会ったのだけど、トムの曲には、言葉に出来ない陰翳や哀愁を感じてしまう。
ボサノヴァに出会ったことで、時々行ったことのないリオデジャネイロに想いを馳せることがある。
カーニバルで熱狂して死ぬ人さえいる国。町中に愛が溢れ、抗い難い快楽の誘惑に溺れる…
映画に使われていた、すべての曲を知っていた自分に驚き、改めてボサノヴァを築いたアントニオ・カルロス・ジョビンという偉人を思い、恍惚の時間をすごした。
★「大人の音楽映画祭〜レジェンドたちの饗宴〜 http://www.sugarman.jp/festival/」アントニオ・カルロス・ジョビン (角川シネマ有楽町にて)
☆Elis Regina and Antonio Calros Jobim
https://www.google.co.jp/url?sa=t&source=web&cd=1&ved=0CD4QtwIwAA&url=http%3A%2F%2Fwww.youtube.com%2Fwatch%3Fv%3DsrfP2JlH6ls&ei=axAqUc7zFIL3mAXJoYHADw&usg=AFQjCNGgi0ElB_Zmzo2qbtQWaPAuzLrD4Q

世界にひとつのプレイブック

アカデミー賞8部門にノミネートされている「世界にひとつのプレイブック」を観た。
ブラッドリー・クーパーも好演だったけど、ジェニファー・ローレンスが圧倒的な可愛さを放っている。今回のアカデミー賞主演女優賞の最有力候補と言われているのも頷ける。
人生のたいせつなもの、ほとんどすべてを失ってしまっている二人が出会い、助け合ううちに、やがて惹かれ合ってゆく恋愛映画。
不可抗力なのか、自分のせいなのか分からないけれども、不思議なくらい人生には色々な出来事が起こる。時には酷く傷つき、頭がおかしくなり、すべてが滅茶苦茶になってしまうようなこともあるかもしれない。
過去に囚われてばかりいて、なかなか前に歩き出せない主人公の気持ちも、歯がゆいくらいに分かる気がした。純粋で不器用なふたりを見ているうちに、いつの間にか、このろくでもない状態のふたりを応援している自分に気づく。
まっすぐな子どものような性格の、ブラッドリー・クーパーがなんともかわいい。
そして久しぶりに、クーパーのお父さん役のロバート・デ・ニーロが好演。お母さん役のジャッキー・ウィーヴァーもいい味を出している。
間違いなく、見終わった後に、清々しい気持ちになれる、アメリカ映画らしい解放感に満ちた映画。
★世界にひとつのプレイブック http://playbook.gaga.ne.jp/

二郎は鮨の夢を見る

すべての人にすすめることが出来ると思う映画は、1年に何本もないけど、「二郎は鮨の夢を見る」は、僕の周りのすべての人にぜひ観て欲しいと思う珍しいドキュメンタリー映画だ。
「すきやばし次郎」はミシュランで6年連続三ツ星を獲得している寿司店。87歳の大将、二郎は、ミシュランの最高齢三ツ星シェフとしてギネスにも登録されている。そんなすきやばし次郎の大将を追ったドキュメンタリーは、アメリカ人の監督により製作され、昨年数々の賞を総なめにした。
映画は、二郎の変わらない日々を丁寧に追ったドキュメンタリーだけれども、二郎を取り囲む人々をも映すことによって、二郎の人生全体が見えてくるようになっている。
一番大きなテーマは、二郎と二郎の二人の息子たちの関係だろう。この映画の監督自身のお父さんが、メトロポリタン・オペラの総師であるためか、偉大な父を持つ子どもたちの生き方にも焦点が当てられている。
また、お米屋さんや、築地市場のマグロ業者、海老専門、たこ専門の人にまで迫って行き、普段は目にする事も出来ないような、築地市場の中のマグロの競りの臨場感までカメラに捉えられ、巧妙に編集されている。
そしてなによりも、二郎を毎日、影になり支える弟子たちの、職人ならではの下ごしらえに明け暮れる毎日も忘れる事は出来ない。彼らは10年間下積み生活を強いられ、その後に、やっと卵焼きを焼かせてもらえるようになるという。
この映画を観ることは、日本が誇る偉大な寿司職人の生きざまを知るということであり、それと同時に、自分の今までの生き方を省みて、これからいったいどうやって生きてゆくのかと、改めて自分自身に問い直すことにもなるかもしれない。
★「二郎は鮨の夢を見る」http://jiro-movie.com/

よりよき人生

朝一から、セドリック・カーン監督の映画「よりよき人生 http://yoriyoki.net/」を観た。
一昨年に東京国際映画祭で上映した作品のようだけど、どうやら見逃していたようだ。
ヨーロッパの高い失業率の中で、主人公は移民の恋人と出会う。自分のレストランを持つという夢を持ち、必死にお金の工面をするのだけど、行く先々で困難が立ちはだかり八方塞がりになってゆく。
毎日普通にものを食べて生きてゆくということは、それだけで本当に大変なことだよなぁとつくづく思う。
重たいテーマの映画だったので、久しぶりに途中で出ようかと思ってしまったけど、最後まで観れたのは、主人公の男がマリオン・コティヤールの恋人だそうで、眩い笑顔のハンサムだったから…。
それにしても、晴れた休日に観るような映画ではなかったな…

ルビー・スパークス

「リトル・ミス・サンシャイン」の監督と、「(500)日のサマー」のスタジオが製作した映画、「ルビー・スパークス」は、映画ならではのマジックで満ちている。
誰にでも薦められる映画ではないけど、この不思議な話に入り込むことが出来たら、楽しい時間を過ごすことが出来る。
10代で書いた第一作目で天才小説家ともてはやされたカルビンは、スランプに陥り、もはやものが書けなくなっていた。彼の頭に思い描く、想像上のかわいい女の子ルビーが、やがて現実の世界に現れて、カルビンの世界が色づき始める。
「(500)日のサマー」を思い出す、爽やかなラブストーリーは、ルビー役のゾーイ・カザンが眩し過ぎるほどかわいらしい。ルビーの洋服や靴や髪型の、計算されたスタイリングに圧倒される。
この不思議なストーリーは、なぜだか、ふたりの人間が付き合うことの難しさを、改めて考える機会を与えてくれる。
映画を観終わったあとに、なんとも言えないせつなさを抱えて、温かい気持ちで家路についた。
新宿武蔵野館で一週間だけの上映。
★「ルビー・スパークス http://movies.foxjapan.com/rubysparks/」

マリーゴールド・ホテルで会いましょう

今年79歳を迎えるジュディ・デンチとマギー・スミスという二人のDAMEが出演する映画「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」を観るために映画館に駆け込んだら、レディースデイだった・・・。
夫を亡くしたばかりの女、未だセックスに取り憑かれている男、現役の女であることにしがみつく女、足の病気を抱える女、長い時間を友に生きてきた夫婦、退職したばかりのゲイの男、熟年期を迎える男女7人のイギリス人が、インドの高級リゾートホテルに滞在するという話。
正直な話、僕は、同じ監督のアカデミー賞を受賞した「恋におちたシェイクスピア」は、あまり好きになれなかった。先のわかってしまうストーリー展開だし、グゥイネス・パルトロゥが主演女優賞を取ったのも納得がいかなかった。彼女は女優ではないと思ってしまったから。僕だったら、エリザベスのケイト・ブランシェットにあげるのだが・・・。
今回の「マリーゴールド・ホテル」は、同じ監督だから、作りはテレビドラマのようで少し浅薄だけど、「恋におちた」よりは好感が持てた。老人が寄り添って暮らすというテーマは現代的だし、違う文化に触れることによって、変わってゆく人間を描くことも面白い。
そして、ジュディ・デンチのナレーションは、長く生きて来たからこそ言える人生に対する含蓄のある言葉に満ちている。
何よりも好きだったのは、敬愛するマギー・スミスだ。脇役でもこれだけ味のある演技で光る女優は、今の映画界でなかなかいないのではないだろうか。
★「マリーゴールド・ホテルで会いましょう http://www.foxmovies.jp/marigold/」