ハッシュパピー バスタブ島の少女

地球の温暖化により、海面が上昇し、やがて地球上から消えて無くなるバスタブ島で暮らす6歳の少女ハッシュパピーの目で見た世界のお話。
ハッシュパピーの母親は彼女を置いて出て行ったきり、酒好きで、エキセントリックで暴れん坊の父親と二人で暮らしている。沢山の動物たちに囲まれて、湿地の魚やザリガニやワタリガニやワニや鳥が彼女の食糧だ。
先生からは、『人間は、昔、オーロックスという巨大な動物たちの格好の餌になっていたが、氷河期が来て、オーロックスが絶滅して生き延びることが出来た』という神話のような話を聞いたり、『このバスタブ島がやがて無くなる時が来る。それでもあなたたちは、生き抜かなければいけない』などと教えられる。
この映画の主題をあえて言葉にすると、
『目の前の、信じていたものがある日突然無くなることがある。不死身だと思っていた愛する父親も、不死身では無かったと知る時に、6歳の少女ハッシュパピーは、現実とどう向き合い、理解して生き抜いてゆくのか…』ということだろうか。
6歳の少女の目で見る自然の世界と、大人たちの世界が、手持ちのカメラのような揺れるフレームに収められ、それがファンタジーなのか現実の世界の話なのか、境界が分からなくなる不思議な実験的映画。
★ハッシュパピー バスタブ島の少女 http://www.bathtub-movie.jp/sp/

カルテット! 人生のオペラハウス

大好きな、マギー・スミスが出ていると言うので、『カルテット!』を観に行った。名優ダスティン・ホフマンが、はじめて監督およびプロデュースをした今作は、期待を上回る出来だった。
人生の晩秋を迎えた音楽家たちが、集まって暮らす老人ホーム。その老人ホームの存続のために、もう一度かつての大スターたちが、ジュゼッペ・ヴェルディ作リゴレットのカルテットを歌うという話。
ヴェルディと言えば、老人の音楽家たちのために私財をつぎ込んで『憩いの家』というものをミラノ郊外に建てたことで知られているが、この映画も、『憩いの家』が元になっているのだろう。
イギリスののどかな田舎の田園風景に、老人たちの暮らしが微笑ましい。マギー・スミスは、昔は大スターだったというだけあって、ビッチな役柄で、まるで年老いたゲイそのものだった。
全編を通じて、音楽が中心に構成されている。ソプラノのデイム・ギネス・ジョーンズを始め、本物の音楽家が多数出演、椿姫の『BRINDISI』や、トスカの『vissi d’arte』、リゴレットのカルテットなど、大好きな曲のオンパレード。
人生には、過去の出来事に対する感情をなかったもののように封じ込めることで、なんとか今の人生を送って来れたようなことがある。
過去の負の感情と折り合いをつけることは、人間にとって、とても難しいことだ。でも、もし、「人を赦す」ということが出来たら、世界はまた違ってくるのかもしれない。
ダスティン・ホフマンは、単なる老人映画を作ったのではなく、今回この映画で、人間が抱えて生きる感情や誇りを丁寧に描き出している。
★カルテット!人生のオペラハウス http://quartet.gaga.ne.jp/

ブルーノのしあわせガイド

このところ、イタリア映画が色々と公開されている。『ブルーノのしあわせガイド』は、昨年イタリア映画祭で上映したようだけど、僕は旅行で見逃していた。
髪が白髪になりかけたブルーノは、昔は学校の教師をしていたが、今は執筆業の傍、個人的に生徒を自宅で教えている。
勝手気儘に生きる独身のブルーノと、15歳の若者ルカは、もともと個人教師と生徒の関係だったが、ひょんなことから二人で同居生活を強いられる羽目になる。
このブルーノが、とてもいい役者で、不思議な味を出している。
仕事にも、お金にも、女にも執着することなく、その日の気分で気ままに生きていて、そんな暮らし方に共感してしまう。
誰の人生も、同じ状態が永遠に続くことなどないように、ブルーノの生活も、ルカが入り込むことによって変化が起こり始める…
こんな、特に事件も起こらないなんでもないイタリア映画を観ている時が、僕にとっては至福の時だ。
★ブルーノのしあわせガイドhttp://www.alcine-terran.com/bruno/

天使の分け前

敬愛するイギリスのケン・ローチ監督によるこの映画は、テアトル銀座の閉館を惜しむかのように公開された。
今回は、若者たちが主役になっている。彼らが奉仕活動を義務づけられるのだけど、周りの人たちとの温かい交流や、家族の励ましによって生活に少しずつ変化が訪れる。
世の中には、性善説を信じる人と、そうでない人がいると思うけど、僕が感じるケン・ローチは、正に性善説の人。
中流家庭や労働者階級、生まれながらの環境で重荷を背負った人物などを、優しく見つめる彼の眼差しを、映画のあらゆるところで感じることが出来る。
観ている僕もいつの間にか、人生の敗者や、報われない人たちに、そっと寄り添うかのようにやさしい気持ちを感じられるから不思議だ。
それにしても、テアトル銀座の閉館は、本当に残念だ。シネコンばかりになるのではないかと、これからの日本の映画環境を憂いてしまう。
★天使の分け前 http://tenshi-wakemae.jp/

HOLY MOTORS

13年振りのレオス・カラックスの新作と聞き、映画館に駆け込んだ。
ボーイミーツガール、汚れた血、ポンヌフの恋人…僕が若い頃、衝撃的なデビューを果たし、激情的とも言える作品を次々と生み出したカラックス。
今回、映画人の間でも評判が比較的いいみたいだけど、僕の感想は、「なんか、ジム・ジャームッシュみたいな映画だな…」と思ってしまった。(あまり、一般的には、お勧め出来ない…笑)
監督自ら発言している通り、ホーリーモーターズは、SF映画というジャンルだ。彼の映画の寵児とも言える、ドニ・ラヴァン(オスカーと言う名前)が今回も主役を務めている。
オスカーは、とても不思議な仕事をしている。それは、クライアントのオーダーに従って、なるべき人物になる。というか、演じる。映画の中で、結局オスカーは、11人の様々な人物を演じることになる。
映像が比喩するものや、意味を探ろうとすると、難しい映画かもしれない。もしかしたら、意図や意味など無い映画なのかもしれないから。
それでもあえて、思ったことを書いてみると、
人間は、生まれてくる時に、誰かになろうとして生まれて来るのだろうか?
誰かを演じるという使命のようなものがあるのだろうか?
違う誰かになることも出来るのだろうか…?
僕は時々、他の人の人生を想像してみることがある。自分がもし、あの人だったら、どんな風に人生を感じて、捉えるだろうか…と。
そんな不思議な思いに囚われた映画だった。
★ホーリー・モーターズhttp://www.holymotors.jp/

クラウド アトラス

トム・ハンクス、ハル・ベリー、スーザン・サランドン、ヒュー・グラント…予告編を観て、何となく話が分かっていたので行かずにいたが、仕事場でも、周りの人たちが話題にしているので、重い腰を上げて観に行ってみたら、とても充実した体験が出来た。
この映画を、言葉で説明することは、不可能だし、陳腐な行為かもしれないが、僕なりの解釈を書いてみようかと思う。
1. 1849年南太平洋諸島
2. 1936年スコットランド
3. 1973年サンフランシスコ
4. 2012年ロンドン
5. 2144年ソウル
6. 2321年ハワイ
それぞれ違う時代の、違う場所で起きているストーリーが、同時に展開されてゆく壮大な交響曲のような物語。
それぞれの時代の中で、同じキャストが恋人、友人、師匠と弟子、など、関係性は変化しながら、様々なストーリーを紡いでいく。
原作は、デイヴィッド・ミッチェムで、現代の最高傑作とまで言われているらしい。(本を読んだらきっと面白いと思うけど、誰が誰なのか、英語の名前が混乱しそう)
精神世界の本では、よく書かれているテーマだけど、敢えて言葉にしてみよう。
『人の命には、終わりなどない。
一緒に生きた様々な人との関わりや絆、罪や善行は、次の未来を形づくる。
命は何度でも転生を繰り返し、魂は少しずつ変化してゆく。
そしてそれは、時間軸で次に繋がっているのではなく、すべては同時に、パラレルに起こっている』
今までにない、とても新しいタイプの映画だと言える。映画として3時間の中に、6つの物語を同時進行で、しかもお互いに干渉し合いながら見事に定着させている所は、天才的だ。
そして、エンドロールは、驚きに満ちている。この人は、この人でもあったのか‼という、見落としていた役まで分からせてくれる。そして、何故だか、もう一度この映画を体験したいという誘惑に駆られる。
★クラウド アトラス http://html5.warnerbros.com/jp/cloudatlas/

ハーブ&ドロシー ふたりからの贈りもの

前作の『ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』という映画が、本当に素晴らしいドキュメンタリーだったので、今朝は、77歳のドロシーが来日しているというので、10時からの回を観賞した。
ハーブは郵便局員、ドロシーは図書館司書。ふたりはアートに惹かれ、ドロシーの給料で質素な生活をやりくりしながら、ハーブの給料で、現代美術を一つ一つ買い求めはじめる。
作品はすべて、自分たちのアパートの中に所構わず並べ、ベッドの下にも積み重ねられ、集められていった。
それが、今では何千点を越えるコレクションになり、意を決してワシントンのナショナルギャラリーに寄贈することになる。
2000を越える作品は、なかなかすべてを展示することが出来ずにいた。その後、作品は増え続け、やがて4000点にもなってしまった作品を、50作品づつ、アメリカの50の州のそれぞれの美術館に寄贈することになる。映画は、50作品✖50州のドキュメンタリー。
映画の後、監督とドロシーが出て来て、会場では質疑応答が。ドロシーは、本当にかわいくて、「桜の咲く頃に、日本に来れて、本当に幸せでした。日本に来て、一番美味しかったものは、上野の国立美術館の前で、吉野家の牛丼を食べたこと」と嬉しそうに言っていた。
この映画には、『giving back』という言葉が何度も出てくる。
自分が手に入れたものを、社会にもう一度還元するということ。
彼らは狭いアパートで慎ましく暮らしながら、財産をほとんどつぎ込んで集めたアート作品を、すべてナショナルギャラリーに寄贈するのだ。
彼らは子どもがいなくて、ふたりで、共通の趣味であるアートを集めることで、毎日の暮らしを膨らませ、長い年月をかけて愛を育んで来たのだろう。
ハーブとドロシーは、ニコニコと笑いながら教えてくれているのかもしれない。
この地球上では、誰であろうと、どんなものであれ所有することなど出来ないのだ。それならば、分かち合うというのは、どうだろうかと。
機会があれば、ぜひ前作の『ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』をご覧になって欲しい。素晴らしいドキュメンタリーです。現在、東京都写真美術館ホールでやっていました。http://syabi.com/contents/exhibition/movie-1879.html
★ハーブ&ドロシー ふたりからの贈りもの
http://herbanddorothy.com/jp/

THE MASTER

本当に奇妙な映画だった・・・。
フィリップ・シーモア・ホフマンとエイミー・アダムス、そして、ホアキン・フェニックスが、揃ってアカデミー賞にノミネートされた映画『THE MASTER』。
新興宗教の教祖と、戦争から帰還して、自分のアイデンティティを見失った男の話。この二人の、奇妙としか言いようの無い愛情関係が、この映画の主軸になっている。
久しぶりのホアキン・フェニックスが、終戦を迎えて兵役が終わり、心を壊した男を素晴らしい演技で演じていた。彼は、生きて行く上で、人間が持たなければならないバランスを完全に失っている。
教祖役のフィリップ・シーモア・ホフマンが彼に何度も唱えるのは、『人間は、animalではない。animalとは違ってもっとずっと高い次元の生きものだ』という言葉。
『感情に支配されてはいけない。自分を完全にコントロールしなければいけない』
そう唱えながら、感情のままに生きる彼を導く、教祖フィリップ・シーモア・ホフマンも、やはり人間であって、抑えられない感情を時々爆発させるし、自分の弱さも垣間見せる…
人間は、みんな不完全で、矛盾を抱えた生きものだからであろう。
気持ちの悪いカルト宗教の教祖と弟子の話を、最後まで見守るように観ることが出来るのは、素晴らしい脚本と圧倒的な演技力の俳優陣、そして、類稀な才能の監督の力だ。
すべての人には勧められない映画だけど、見応えは十分にある。
★THE MASTER

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八月の鯨

25年前に観た映画を、もう一度改めて観てみようと思い、岩波ホールへ。
『八月の鯨』は、年上のリリアン・ギッシュ(93歳)が年下の妹を、年下のベティ・デイヴィス(79歳)が年上の姉を演じて話題になった作品。
メイン州の岬の見晴らしの良い家で毎年の夏を過ごす老姉妹は、それぞれの夫を失っている。目が見えなくなり、気難しくなった姉と、心根の優しい妹が、今ではふたりで暮らしている。
ハリウッド映画とは違って、とても地味な作品だ。大きな仕掛けはないし、登場人物も、ほとんどが老人。それでも、この穏やかな映画が25年の後、ニュープリントとなって蘇るには、それだけの価値があるからだろう。
25年も経てば、もしかしたら学生の頃に観た時と、違って見えるかもしれないと思ったら、やはり、感じるものは同じだった。
姉のベティ・デイヴィスは、一言で言うと、正に”Bitch”で、まるで年老いたゲイそのもの。
身につまされる…。
この映画で一番好きなシーンは、妹のリリアン・ギッシュが、月夜の記念日に、赤と白のバラを一輪ずつ飾って、亡くなった夫に話しかけるところ。
「情熱と真実。それが人生のすべてだと、あなたはよく言っていた」。ここも、はっきりと覚えていた自分に驚いた。
年をとることや、人生の普遍的な何かをフイルムにしっかりと焼き付けている稀有な映画だ。
★八月の鯨
http://www.iwanami-hall.com/contents/now/about.html
神保町に行くと、必ずと言っていいほど立ち寄るうどん屋『丸香』。久しぶりに、かけうどんとかしわの天ぷらをいただいた。
いつ行っても、ほとんど並んでいて、店内は賑わっていても、きりっと潔い空気に満ちている。いつでも清潔な店内は、改装したようで、更にきれいになっていた。ここのうどんは、透き通るようで美味いけど、出汁も美味しいと思う。棚にいりこの段ボールがあったから、いりこ出汁なのだろう。
店内は写真撮影禁止のため、うどんの写真は撮れなかった。
★丸香
http://s.tabelog.com/tokyo/A1310/A131003/13000629/

ある海辺の詩人 -小さなベニスで-

久しぶりに、このまま何時間でも、この映画を見ていたいと思った映画を観た。『ある海辺の詩人 -小さなベニスで-』は、今年、僕が観た映画の中で、最も好きな映画の一つにあげられる。
ヴェネツィアの外れの、小さな港町のオステリア。そこへ中国人の女性が出稼ぎにやって来る。片言の言葉しか通じ合わないけれども、イタリア人たちと触れ合う内に、彼女と彼らの毎日が色づき、膨らみ始める。
アカデミー賞のような映画は、実は、アメリカにおける一つの物差しでしかないということを改めて思い知らせてくれる映画だ。
世界には、多様な映画の表現があり、イタリアには、これほどまでに繊細で美しい映画をつくる文化があるということを、我々に知らせてくれる。
カメラワークが恐ろしいくらい完璧だ。どこのシーンも詩のように感じられる。
過剰でない音楽もいい。そして、世界で最も美しい言語の一つと言われる、イタリア語と中国語の響きが混じり合うところも美しい。
役者たちも素晴らしい。まるであのオステリアが、今もあの町キオッジァにあるように思える。
この映画は、何か、美しいものを観る者に遺してくれる。それは、まさしくこの映画が、詩そのものだからだろう。
★ある海辺の詩人 -小さなベニスで-
http://www.alcine-terran.com/umibenoshijin/