セールスマン

ずっと待ち望んでいたアスガー・ファルハディー監督『セールスマン』を、ル・シネマに観に行った。
ベルリン映画祭銀熊賞に輝いた『彼女が消えた浜辺』を観て以来、アスガー・ファルハディー監督の作品に魅了され、アカデミー賞外国語映画賞を受賞した『別離』では、心は千々に乱れ完全にノックアウトされてしまった。
本年度のアカデミー賞外国語映画賞をまたしても受賞した『セールスマン』は、とてもシンプルなストーリーなのだけど、話と並走してアーサー・ミラーの『セールスマンの死』の劇が上演される。
イランというと、女性はヒジャブを被って顔と手以外の肌を人に見せないようにする習わしであったり、未だに女性の社会的な地位が低いようなイメージがある。(この点は日本も他国と比べることはできないだろう)
そんな現代のイランのごく普通の夫婦の関係が、ある夜、名も知れぬ侵入者によって壊れはじめる。
観ているうちに映画の中に引き込まれ、自分は夫の立場がわかると思ったり、奥さんの心情がわかると思えたり、自分が試されているような感覚に襲われる。
そしてエンディングに向かって、人間の中で最も難しい『赦す』という行為を迫られることになる。
僕自身は、『別離』が傑作だと思うが、『セールスマン』も見ている時にはドキドキと恐ろしく、見終わった後には寒気のするような映画だった。(ちなみにKはこういう映画は嫌いと僕に言った)
⭐︎セールスマンhttp://www.thesalesman.jp/

泰山木。

千駄ヶ谷の駅前に、泰山木の花が咲いていた。
泰山木は、よく小学校なんかに植わっている常緑の背の高い樹木だ。朴木やモクレンと同じ種類に分類され、マグノリアとも呼ばれている。
花のない時期には、暗く重たい光沢のある葉っぱがなんとも地味に見えるのだけど、花の季節になると今までの重厚さはなんだったのかと思うような、原始的でドラマチックな花を咲かせる。
泰山木の花の魅力は、その作り物のような象牙色の肉厚の花弁と、彫刻的な形の美しさ。そして何よりも、その爽やかで甘い香りだろう。
学生の頃生け花を習っていたのだけど、先生がいつもおっしゃっていたことは、
「桜と泰山木。これが花の両巨頭ですね。どちらも全く違った美しさがあります」
そんな話を聞きながら、桜はすごいのはわかるけど、いつか大人になったら泰山木の魅力がわかるのだろうか・・・と思っていたものだが、今頃になって、泰山木の美しさに気づかされるようになったのだ。

LIBECO

六本木で次の打ち合わせまでに時間があったので、久しぶりにミッドタウンをのぞいてみた。
ガレリアの3階に、『LIBECO』が入っていたよなあ…と思い行ってみると、商品は似たようなものがちらほらあるのに名前が変わっていて『TLB HOME』となっていた。(店員さんに聞くと、リニューアルに伴い名前を変えたそうだ)
LIBECOは、ベルギーのリネンショップ。日本でヨーロッパの美しいリネンを探す時には、真っ先に名前があがる店だろう。
この『TLB HOME』、LIBECOのリネンだけではなく、二子玉川にある『リネンバード』の商品や、その隣にある『こほろ』の器なんかも扱っているみたい。
夏場にベッドで寝る時に大きめのリネンを一枚、Kとふたりで使っているのだけど、もう少し小さいもので2枚あるのもいいかなと思い店内を見回ると、LIBECOの大判のリネンのバスタオルが見つかった。
シックな茶色とグレーの色合いが美しく、リネン特有のくたっとした肌触りがなんとも言えない。
手にして3秒もたたないうちに、
「これ、2枚ください」と言っていた。
同じ柄か、違う柄か迷ったのだけど、同じ配色でデザインの違うもの2枚というのもいいかと思い、違うパターンにした。
Kは、よくソファで昼寝をしてしまうので、そんな時にもいいかもしれない。
洋服は消耗品以外まず買わなくなってしまったのに、こんなリネンは触った瞬間に買ってしまう。
なんだかヨーロッパのマダム・・・
というよりおばちゃんみたい。
⭐︎TLB HOMEhttp://www.tokyo-midtown.com/jp/sp/shops/SOP0000109/

ぶどう。

ベランダのぶどうの蕾がついているとついこの間思っていたのだけど、久しぶりに覗くと、蕾がそのまま実になっていた。ぶどうの花は気がつかないくらいとても地味だったのに、人知れず実になっていたようだ。
昨年鉢に植えつけて、昨年は花も実も見ることは出来なかったのだけど、今年は3房くらい実をつけてくれたようだ。
ベランダにKを呼んで、ぶどうに実がなったことを知らせると、とてもうれしそうな顔をした。
きっとぶどうが食べられると思っているのだと思う。
イタリアのぶどうだから、全く甘くないと思うのだけど…。

陶片木

前にもここに書いたのだけど、松本に『陶片木(とうへんぼく)』という大好きな雑貨屋さんがある。(前に書いた時は文字を間違って「唐変木」と書いてしまったが、どうやらあて字だったようだ)
もう20年くらい通っているであろうお店で、使いやすい胡麻の擂鉢を買ったり、美しいザルを買ったり、昨年はKと一緒に小さな器が我が家の食器棚に加わった。
今回、上高地に行くことが目的だったので、松本ではほとんど時間がなかったのだけど、帰り際、どうしても『陶片木』に寄りたくなってしまい、タクシーを飛ばして行った。『陶片木』は、有名なお店の並ぶ中町通りのはずれにある。古い一軒家を改装した店内は、初老のオーナーと若い女の子、そして日にもよるが少し年上の女性と2階に年老いた猫がいる。
『陶片木』の「もの」たちは、ただそこに静かにじっとしている。
誰かがそっと手に取って家に持って帰ってくれることを待っているかのように。
その誰かとの、運命的な出会いになることを知っているように。
Kとふたり、小さな器をいくつか選んでカウンターに持ってゆくと、「お久しぶりですね」と声がかかった。「一年ぶりなんです・・・」と言うと、「どうぞ、2階も見に行ってみてください」と誘われ、2階へ上がる。2階にはいつものように猫が寝ていて、ひとつ一つストーリーのあるものたちが並べてあった。
「また来ますね!」と挨拶をして、「やっぱり陶片木に来てよかったなあ・・・」と思いながら松本を後にした。
★陶片木https://matome.naver.jp/odai/2143133193564499101

松本からあげセンター

からあげ

奥がヤゲンと鶏皮揚げ、手前は手羽揚げ

白菜のサラダ

松本駅で少し時間が余ったので、『松本からあげセンター』へ。
「全国からあげグランプリ三年連続金賞受賞店」というだけあって、いつでも混んでいるようだ。
名前と人数をパッドに入れると待ち時間が表示されるけど、それほど待てずにどこかへ行ってしまう人も多いようで、しばらくすると順番が回って来た。
からあげ、ヤゲンのからあげ、スパイシー鶏皮揚げ、手羽先もカレーとスパイシーを味違いで頼む。(本当は松本は『山賊焼』というニンニクの効いたチキンカツのようなものが有名だけど、他でも食べたので)
衣に蕎麦粉が入っているせいなのか、衣がカリッとして軽く感じる。
りんご入りの秘伝のたれに漬け込んだ鶏肉はほのかに甘く複雑な味わいだ。
松本は、帰る時にいつも、「また今度はいつ来られるだろうか…」と思わずにいられない、のんびりとして豊かな時間が流れていた。
⭐︎松本からあげセンター
0263-87-2229
長野県松本市深志1-1-1 MIDORI松本店 4F
https://tabelog.com/nagano/A2002/A200201/20015114/

白骨温泉。

湧き出る温泉

上高地へ登る沢渡(さわんど)の駐車場からクルマでおよそ15分の山奥に、『白骨温泉』という温泉がある。強い硫黄の香りとたっぷりとした湯量、白濁したお湯が有名な温泉で、日帰りで松本の人もよく訪れるようだ。
上高地の大正池方面の散策を午前中ですませ、僕たちは狭い山道を白骨温泉に向かった。白骨温泉にはいくつか旅館があるのだけど、その中でも古い『泡の湯』へ。クルマから降りると強烈な硫黄の匂いがして、「なんか草津温泉に来たみたいだな・・・と思った。
「露天風呂だー!」
とずんずん入って行ったら、なんとお風呂の中におばあさんやら若い女性もいるではないか!!!
白骨温泉は下が見えないほど白濁しているため、下半身が見えないから混浴になっているそう。(秋田の鶴の湯温泉もそうだったっけ?)そして、お湯がとてもぬるい。38度くらいの豊かな源泉を、循環せずにそのまま掛け流しで使っているためだそうで、暫く入っていたら慣れたのだけど、最初はぬるくてびっくりした。それでもゆっくりと浸かることが出来るし湯治場をしても昔から有名だそうで、温泉の質もいいようだ。
のんびりと白濁したお湯に浸かったあと、東京に帰るべく松本に向かった。
★白骨温泉 泡の湯http://www.awanoyu-ryokan.com

上高地のガイドツアー。

ノビネチドリ

ツマトリソウ

ため息のでる穂高連峰

上高地には、ガイドをしてくれるツアーがある。そこで僕たちは、朝6時から1時間の上高地ツアー(1000円)に参加した。
ガイドをしてくださったのは、もうとっくに定年されているおじいさん。はじめに穂高岳や焼岳を望遠鏡で見ながら上高地の土地の成り立ちを説明してくれる。
その中で一番驚いたのは、梓川の本当の川底は、350メートルにも及ぶということ。今は土砂で上に上がってきているけど、日本3位の標高3190メートルの穂高岳をはじめ、様々な山が連なる中で梓川は深くV字型に切れ込んでいるのだ。
樹々や山野草を見ながら解説をしてくれる。ノビネチドリ、羅生門かづら、ツマトリソウ・・・。上高地特有の植物には、落葉松や化粧柳や小梨があること。小梨はリンゴに似た花を咲かせているのだけど、そもそもリンゴの台木にされていることなど。これら上高地特有の植物たちが、他の場所とは明らかに違う上高地の樹々の美しさを演出しているのだ。
梓川の横を流れる清水川は全長350メートルしかないのに、1秒間に数トンの水流が勢いよく流れている。それらの水は一体どこから来るのかというと、周りの山々から地面を通って水が流れ上に湧き上がってきているのだそうだ。
先ほどからずっとウグイスの声は聞こえても一向に姿が見えないと言うと、ガイドさんは口笛でウグイスの鳴き真似をした。
「ホーホケキョウ!」
すると、近くですぐに本物のウグイスが鳴き返した。「ホーホケキョウ!」
「ウグイスは縄張りを持っているから、他のウグイスが縄張りに入って来ると、自分の存在感を知らせるんです。」
そう言ってもう一度鳴き真似をした。
「ホーホケキョウ!」
するといてもたってもいられなくなったウグイスが、枝の間を動いたのだ。
「ほらね。すぐに見つかったでしょ?」
思いがけず、いとも簡単にウグイスを見つけることができたのだった。

久しぶりに、上高地へ。

河童橋から臨む穂高連峰

ニリンソウ

明神池

松本からレンタカーを借りて沢渡へ。そこからバスで上高地に降り立つと、思いっきり空気を吸い込んだ。
松本でも空気はきれいなのだけど、上高地はまた別格の気がする。標高1500メートルの高地に、焼岳の噴火によって、梓川沿いにおよそ12キロ×1キロの高低差のない平地が作られた。これが上高地。
上高地を訪れるのは、昔つきあっていたNと来て以来だから恐らく16年ぶりくらいだろうか。前回は帝国ホテルに泊まったのだけど、今回、上高地散策の基点として河童橋近辺がよいと思い、河童橋のたもとにある『ホテル白樺荘』にした。『白樺荘』は、古い旅館だったけど、この春リニューアルをしていて、穂高連峰を臨む部屋は驚くほどの絶景で、夕食のフレンチも素晴らしくてここに決めて正解だった。
10時には上高地に入りホテルに荷物を預け、河童橋を基点に梓川の上流にある明神池に向かってハイキングをはじめる。往復2時間くらいかかるコースに備えて、お水とお腹がすいてもいいようにドーナツを買い込んだ。
真夏には観光客や山登りの人たちでごった返す上高地も、今の時期はまだ人も少なく、歩いていると自分たちだけになることがしょっちゅうある。うぐいすの声に聞き惚れ、すぐそばで咲いているニリンソウを眺める。ふと遠く穂高連峰を見ると、雲が凄い早さで動いてゆくのが見える。
明神池は、上高地の中でも最も美しい池だ。その昔神様が降りたと言われる池には、枯れた落葉松がまるで庭園のように配置されていて、幽玄な雰囲気を醸し出している。明神池の入り口にあるのが穂高神社の奥宮で、パワースポットとしても知られている。
人間やクルマが入り込まずに自然がそのまま残された上高地にいると、僕たち人間こそがよそ者でこの地への侵入者なのだと思われる。はるか遠く雪の残る穂高岳を見ていると、海とは違った山の自然に改めて畏敬の念がわいてくるのだ。
僕はずっと山野草や、折れた樹々を見つけながら写真を撮りながら歩いた。
Kは、キツネや猿やツキノワグマを必死で探しているようだった。笑
⭐︎上高地への行き方
クルマだと松本から1時間ちょっとで沢渡(さわんど)という場所に着く。クルマが入れるのはそこまでなので、沢渡の駐車場(1日600円)にクルマを置き、バス(往復2050円)かタクシー(片道4200円)に乗り換えて上高地に入ることになる(およそ30分)。(東京から上高地行きのバスも出ているが、6時間以上かかるようだ。松本からは電車で新島々という駅まで行き、そこからバスに乗り換えて上高地に行くというクルマを使わない手段もある)マイカーが入れないことによって、上高地は他に類を見ない美しい自然環境を保つことが出来ているのだ。

手打ちそば 純 (松本)

うどの天ぷら

栃尾の油揚げ

ざるそば

夕方の新宿駅から特急あずさに乗り松本へ。
松本駅前の居酒屋は週末はどこも混んでいるけど、どこも同じ感じなので駅から少し離れた『手打ちそば純』へ。(夜の9時過ぎて蕎麦が食べられる店は少ない)
松本でも一方通行ばかりの細い道を行くと、住宅街の中に急にお店がいくつも集中してある場所に出る。
平屋の一軒家を改築したような店内に入ると、カウンターの中も外も思ったより広く、地元のお客さんで賑わっている。
カウンターの中には、穏やかな白髪の大将と、女将さんなのかおっとりしたおばあさんがいる。
メニューはお蕎麦が書いてあるものの、他は壁一面に書かれたものだ。魚や貝が驚くほど多い。
お酒を頼んで、こっちの山菜はないかと聞くと、野生のうどの芽があるので天ぷらをお願いする。これが柔らかくて甘くて美味しかった。
大きなしいたけを焼いて大根おろし。それに、栃尾の油揚げがあったのでこれも焼いてもらう。栃尾の油揚げは、油揚げと厚揚げの間のようなボリュームでそれだけで酒のつまみになる。
女将さんがいきなり、「アジフライ食べる?」と聞くのでお願いすると、大将が奥から鯵を持って来て捌くのだけど、鯵がバタバタ暴れているのだ。(松本に海はないのにどうなっているのだろう?)
このアジフライが新鮮でプリプリで美味しかった。
大将に聞くと、お客さんに言われて蕎麦前のつまみを増やすうちに、魚やタコ、貝類なんかがどんどん増えていったのだそうだ。
「もう44年やってるからこんなになっちゃった」
そう言って、寿司屋のように魚が並ぶカウンターを指差した。
蕎麦は十割蕎麦。他につなぎが入っていないため短く切れている。余談だが、十割蕎麦と書いてある蕎麦屋で、長い蕎麦が出て来たら、何か余計なものを入れていると思って間違いないそうだ。
蕎麦は松本にしてはいい値段がしたけどきちんと美味しかった。この蕎麦を目当てに芸能人もたくさん来ているようだ。
また松本に来ることことがあったら、大将と女将さんに会いに来たい、地元の人が愛する理由がわかった。
⭐︎手打ちそば純
0263-36-8468
長野県松本市深志3-5-3
https://tabelog.com/nagano/A2002/A200201/20003951/