退職のあいさつ。

今週になって退職の挨拶がいくつか送られてきた。

僕と同じように早期希望退職をする社員からなのだけど、一人ひとりそれぞれ内容が様々だなあと読んでいた。

僕は今週に入ってからこの退職のあいさつを書き始めているのだけど、文章というよりも、BCCにして送る何十人もの宛先の人々を会社の情報ページからどのように取り出していったらよいのか、そんな出だしでつまづいてしまった。

7000人以上いる顔写真付きのものから、知っている写真の人のアドレスをいちいちコピペするのか、はたまた思いつく限りの名前を入力しながらしらみつぶしに入れるのか、会社の組織図に従って出てきた名前をチェックしながら入れていくのか、いずれにせよ途方もない時間と神経戦になるに違いない。

そこで、同じく退職する同期からメールが届いたのでやり方を聞いてみたところ、社員の名前の早見表なるものがあって、そこで社員番号をコピペして片っ端からBCCに入れていくのが一番近道であることがわかった。

それに加えて社外のお世話になったクライアントには、一人ひとり宛名を入れて文面を作って出さなければいけないのと、他の社外の人用にもう一つ文面を作らなければならない…

会社にいた時は、他の人からもらう退社のお知らせのメールを見ながら、「一斉メールってなんだか味気ないものだなあ…」などと思っていたのだけど、いざ自分が退職する立場になってみてわかったことは、そんな、一人ひとりなんて面倒くさくて書いている時間などないということだ。

クリスマスイブには社外に送って、28日には社内に送る予定なのだけど、果たして間に合うのだろうか…。

高揚と不安。

宮古島への移住を計画して、家を探したり、引っ越しの手配をしたり、リフォームの相談をしたりしながら、ワクワクする高揚感はあるものの、思い通りにいかないことも多々ある中で、たびたび恐ろしいほどの不安に襲われる日が続いていた。

高所恐怖症の僕が、空を一人で物凄い勢いで飛んでいる夢を見たり、海で遊んでいたらKと海(犬)がいなくなってしまって、探したらふたりとも海に沈んでいて必死に救い出し人工呼吸をしたら蘇る夢を見たり、真夜中にはっとして目覚めて一人で震えているなんてこともあった。

そうでなくても日中に、「退職金が僕の計算したものの半額くらいだったらどうしよう?」と思い始めたり(所得税と来年半年分の住民税ががっぽり引かれるのだけど、その最終的な額は未だに出ないため自分で計算するしかなかった)、「決済をする時に、トラブルがあってうまくいかなかったらどうしよう?」と考えたり(沖縄にメインバンクがないため、決済をどこでするか方法を探しているところ)、得体の知れない不安に襲われることが度々あった。

「9割の不安は現実には起こらない」などと言われるけど、「その1割だったらどうしよう・・・?」とまで思ってしまうこともあったのだ。

人生の中で、30年近く勤めた会社を辞めるなんてこともそうそうないし、家を購入するなんてこともなかなかないことだと思う。それに、新しい仕事を始めようというのだから、先がわからないことだらけで見えない部分がとても多いのだ。不安にもなるだろう。

今日、会社から通知が来て、驚いたことに、僕が計算したそっくりそのままの数字が退職金の明細に記入されていた。それを見て僕は奇跡が起こったように喜んだのだ。「ああ、大丈夫。ここで神様は僕に試練を与えなかったんだ・・・よかった・・・」と。

こんなワクワクも不安もすべてはみんな、神様が僕を楽しませてくれているのだと今は思うようにしよう。

そして、次の不安が起こった時も、きっと大丈夫。どうにかなる。と思えるように。

温かなクリスマスシーズン。

家のもみの木に飾り付けをしたのは12月のはじめ。

Kは毎年自分の役割だと思っているようで、一生懸命考えながらクリスマスツリーの飾り付けをしてくれる。

毎年飾るふたりのサンタさんは、顔の長いほうがKで丸い方が僕なのだとか。今年のサンタさんはふたり仲良く一緒にいる。

「海がいないから今年は海を探そうね」そう言ってネットを探していたのだけどなかなか良い犬の飾りが見つからなかった。

先日、青山のFOUND MUJIに行った時に、少し色が薄いけ小さなフエルトの犬を見つけ、その中から一番海に似ているものを選んで買ったのだった。

豪華なクリスマスディナーもないし、高級なプレゼントもない。でも、Kと海と3人でこうして穏やかに過ごせるクリスマスシーズンは、ただそれだけで幸福だ。

友人が熱海に家を買った。

ほんの2月前くらいだろうか?友人から連絡があり、熱海にマンションを見つけて契約をしようと思っているとのことだった。友人は東京に高級賃貸マンションがあり、葉山に豪華だと聞いている海を臨む家があり、今度は熱海に海が見えるマンションを買うらしい。
世界には、お金が常にその人の周りに花のように咲いている人たちがいるのだ。
「熱海に行った時に会いましょう」そんなやりとりをして友人とはそのままになっていた。

先日、「今度の週末、熱海で会いましょう」という連絡がきて、お店を予約して友人ゲイカップルと4人で食事をした。
席につくなり友人は、「それでそれで、なんで熱海に引っ越そうと決めたの?」と口火を切った。

僕は昨年のコロナ禍になってから会社がリモートワークになったこと。ずっと前からKと二人、海のそばで暮らしたいと思っていたこと。大型犬を飼いたいと思っていたこと。子どもの頃から夏になると家族で遊びに来ていた伊豆で、やがて家を探すようになっていったことを時系列で熱海への移住計画を語り続けた。

「ふん。ふん。それで、それで熱海の家はどの辺なんだっけ・・・」
「うん・・・別荘地にあるんだけどね・・・実はね・・・この話には次の展開があってね・・・」「え?」

「実は、僕たち、来年の1月に宮古島に引っ越すんだ」
「え?え?宮古島?」

友人にはまだ宮古島への移住の話はしていなかったのだ。Bridgeのマスターが僕を知っている人には話の流れで伝えてくれていたけど、僕からは誰かにLINEを送ったりメールを入れることはしていなかったのだ。会った人に直接口で伝えたほうが良いと考えていたのだ。

そこから宮古島に家を買うまでの信じられないような数々の出来事を語り、友人は呆気に取られながらも話に聞き耳を立てていた。

「でも、熱海は本当にいいところで、伊豆への玄関口だし、温暖だし、ずっと住んでもいいと思っていたんだよ・・・」

「そんな・・・後1ヶ月で他のところに行っちゃう人に言われたって・・・信じられないよ・・・」

そんは話をしながら4人で大笑いした楽しい夜だった。

「また宮古島に行ってしまう前に熱海で会おうね。」と言って別れたのだけど、友人たちと写真を撮ればよかったと後になって気づいたのだった。

こうやって過ごす友人たちとの貴重な時間は、実は宝物のようなものなのだ。

麻辣TAN

先週末に東京に滞在した時に、久しぶりに火鍋が食べたくなったのでネットで検索してはじめてのお店に行ってみた。

場所は東新宿の明治通り沿いの一階なのだけど、気をつけていないと見過ごしてしまうような入り口。

外からは窓もなく店内は見られないので怪しさが漂っているのだけど、中に入るとこざっぱりとしたお店だった。

メニューは火鍋を中心に具材を追加して選べるのと、前菜や副菜がいくつか食べることができる。

火鍋は辛さを調整出来るので僕たちは2辛に。それでも十分に辛かったけどお腹を壊すほどではなかったので、辛いのがお好きな人はもっと上を食べてもいいかもしれない。

セットには具材は付いてくるのだけど、パクチーをつけたり、店員さんのおすすめの胡麻油とゴマダレを追加した。


火鍋を一口食べて思ったことは、「ここは中国なの?」ということ。まるで日本ナイズされていない辛味の効いた鍋なのだ。それに、白湯の方も程よく美味しい。

野菜も肉も食べながら、羊肉や牛肉を追加しつつ、最後までとても美味しくいただくことが出来た。

コスパに優れた素晴らしいお店だったな。

⭐️ マーラータン
03-5285-1900
東京都新宿区大久保1-3-22 ヴァン・ヴェール新宿
https://tabelog.com/tokyo/A1304/A130401/13051085/

わんたんや

熱海の渚町に、いつも昼時に並んでいる有名店がある。その名も「わんたんや」。

熱海で暮らしているのだからいつか空いている時に食べればいいね…と言いながら1年が過ぎて、このまま食べられないかもしれないと思いはじめて、先日Kも有給休暇の日に行ってきた。

僕たちの前には8人くらい並んでいたけど、結局10分くらいで席につくことが出来た。

メニューは、わんたん、わんたんめん、もやしわんたんめん、チャーシューわんたんめん、ラーメンなど絞っている。

わんたんめん

わんたんといえば、こういうヒラヒラの皮でツルツルっと口に入って、スープはすっきりとした醤油味で…と、わんたんと聞いて思い描くすべてが揃ったわんたんやさんだった。

怖い店主がいるのかと勝手に誤解していたら、店内は清潔で、店員さんはとてもやさしく人当たりがいい。

一つ言わせてもらうと、ここでわんたんめんを食べるならば、伊豆高原ぎょうざ倶楽部で食べてもいいかもしれない。伊豆高原ぎょうざ倶楽部のわんたんめんも、それくらい完成度が高いとだけ書いておこう。

⭐️わんたんや
0557-81-4089
静岡県熱海市渚町10-14
https://tabelog.com/shizuoka/A2205/A220502/22000008/

せつない東京。

Kと一緒に久しぶりに行く東京、東京でどこか行きたいたいところはある?と聞いてみたところ、

「一緒に住んでいた家の周りに行ってみたい」と答えた。

Kにしてみれば、故郷の大分を離れて東京にやってきてはじめて一緒に暮らした北参道界隈は、東京での自分の家であり思い入れのある場所になったのだと思う。

日曜日、副都心線で北参道に向かい、家までの道のりを歩いてみる。

「あ、あの建物壊されてる…この道はほとんど変わってないね…」

僕たちが暮らしていたのはほんの1年前のこと。今でも通りを歩いていると、ここにまだ住んでいるような気がして、家に行ったら家具や何もかもそっくりそのまま残っていて僕たちを出迎えてくれそうな気がする。

大家さんの呼び鈴を鳴らすと、大家さんが出てきてうれしそうに話してくれる。

僕たちは熱海の和菓子を差し出して、ほんの少し熱海の立ち話をする。大家さんは僕たちがゲイカップルだと知っていても入居させてくれたし、花火の時には屋上を開放してくれたりとても良くしてくれたのだった。

その後、長く暮らした神宮前二丁目を通りながら懐かしいキラー通りを歩く。コンビニもなくなってしまったし、古くからあった角のマンションが消えているのに驚かされる。

雑貨屋さんやイタリアンがあったマンションもなくなってしまった

かれこれ25年近く暮らしてきた外苑前近辺は、1年経つとビルの建て替えも多く、急速に変わっていくのがわかる。

北参道から外苑前を歩きながら、今まで感じたことのないような胸が締め付けられるようなせつなさを感じていた。

一人暮らしをはじめた頃のこと。
6歳年上の恋人との生活。
10年のつきあいが終わり、数年後に亡くなってしまったNのやさしさ。
恋人のいないまま飲み歩いていた40代はじめの生活。
やがて出会ったKとの穏やかな毎日。

ずっとずっと外苑前や原宿や千駄ヶ谷の中で暮らしてきたのだ。その町から遠く離れ、これから先はそんなにちょくちょくは戻って来られないだろうなと思う。

Kもなんだかしみじみとしていた。Kもきっと、はじめて東京へ出てきて暮らしたこの町を歩きながら、せつない気持ちでいたのだと思う。

自分の暮らした町をこんなにも愛していたなんて、僕たちはとても幸せだと思う。

シュトーレン。

伊勢丹で、シュトーレンを買って帰ってきた。

久しぶりに食べるシュトーレンは、甘過ぎずちょうど良い大人の味わいだった。

食後酒を飲みながらでも合う感じでしみじみと美味しい。

こうして今年もクリスマスが近づいてくる。

ファミリーとの食事。

ぺんぺん草の芝居の後、妹のようなGと弟のようなFとその妻Hと、彼らの2人の子どもたちとファミリーで食事をした。

Gには宮古島移住の話しはしていたけど、FやHには直接話していなかったのだ。

3歳になる女の子と一歳の男の子は、あちこち行ったり騒ぎ出したりしながら、そんな中で僕たちの移住計画に質問が次々と飛んできた。

「あんな長く勤めた大企業を辞めて大丈夫か?」
「宮古島では何をするのか?」
「株や資産の運用はやっているのか?」
「どんな計画で宮古島に行くのか?」

一つ一つ答えながら、実は緻密な計画はいっさいしていないと伝える。色々考えていたら、きっと会社も辞められないし移住なんてとても出来ないと思えたからだ。

彼らの「面白そうだな」という好奇心と、「姉さん、ほんとに大丈夫なの?」という心配を感じながらも、こうして温かい家族に囲まれて幸せな夜だった。

新劇団ぺんぺん第1回公演「地下室」

ぺんぺん草の劇団が30回公演で解散してから3年経っただろうか。

「もう芝居は二度とやらないわ」と言い放っていたマスターは、コロナ禍で心を入れ替えたのか、もう一度芝居をやることにしたというのだ。

登場人物は4人、オリジナル脚本の「地下室」は、およそ90分間の密室芝居だった。

感想としては、前半がくどく長過ぎて眠くなってしまったのだけど、後半の謎解きからは楽しく見ることが出来た。

新宿二丁目だからこそ生み出せる芝居を、今後も毎年生み出していって欲しい。

見終わった後に、
「ああ、ほんとにくだらなかったわ…」
と思える芝居、そんな芝居が最高といつもマスターのひろしさんは言っているけど、今回の芝居もまさにそういう芝居だったな。