旅行の前に。

明日から旅行に行く母から電話があった。「明日、飛行機に乗るから。B787ではないんだけど…」
先日、全日空のボーイング787が発熱のため高松空港に緊急着陸する事故があった。その後、世界中で787の運航を見合わせている。
母は、飛行機に乗る時や旅行に行く前には、必ず僕に電話をして来る。
僕は、「お母さん、実際に、飛行機による死亡事故は、車による事故とは比べられないほど少ないから、安心して」と話した。
昔は僕も、必ず海外に行く時は、母に電話をかけていた。母は僕が学生の時から遠出の前には僕にそうさせていたし、安否を気遣っていたのだろう。今は、あまりにも頻繁に海外に行くし、かえって心配させてしまうと思って、長期で行く時以外は知らせないようにしている。
旅に出る時や、帰って来た時に、電話をかける人がいるというのは、自分が気遣い、気遣われている人がいるということ。
この地球上において、親であれ、パートナーであれ、友人であれ、自分が気遣い、気遣われ、愛し、愛されている人がいるということは、それだけで何て温かく、幸福なことだろうか。

大学三年生

就職を控えた学生のポートフォリオを見た。まだ作品が十分に作れていないし、そもそも、自分が一体何をしたいのかさえ分かっていない。大学三年になり就職を意識して始めて、本当は自分は一体、何になりたいのだろうかと考え始める人が多いのだと思う。
僕が彼らに言うことは、一つは、今まで何をして来たのか、きちんと自分の過去を遡ってまとめておくように。もう一つは、一体この先何をやって行きたいのか、人に伝えられるように。そして何よりも、自分自身がワクワクする道に進んで欲しいということ。
もし第一志望の会社に入れなくても、必要以上に落ち込む必要はないと。就職が人生のゴールではないのだということ。働き出してまたそこから、自分でその先の人生を選び取って行くことが出来るということも。
緊張と好奇心に溢れた瞳を見ていると、昔の自分が懐かしくもあり、それぞれが少しでも夢に近づけるようにと願うばかりだ。
☆鶏の水炊き
晩御飯は博多風の水炊き。骨付きのぶつ切り鳥肉800gを軽く湯通し。土鍋に水を入れて強火で沸騰したら、灰汁を掬いながら途中水を足しつつ30分以上。はじめに軽くスープを塩で。カボスのポン酢に鴨頭ねぎをたっぷり入れて鳥肉を食べた後、キャベツや水菜や豆腐も。最後は、うどんか春雨か雑炊に。

こころ

今日のように、まだ雪が道に残り、空気が冷蔵庫の中のように冷たく、薄陽もささない冬の日は、心も、息を殺すように静かになる。
今、目の前にある問題を考えながら、一歩一歩踏みしめるように雪の道を歩いていたら、急に空から光が射し込んで来た。
光に照らされながら、遠くに覗く青空を見上げたら、抱えている問題も、きっとどうにかなるに違いないと思えて、心が急に軽くなった。
傷ついたり、震えたり、弾んだり、萎んだり、膨らんだり…人の心は、周りの出来事に、なんて影響されやすく、変化しやすいのだろうか。
そして、最近よく思うことは、身辺でたとえ不幸な出来事が起こったとしても、出来事は、ただそこにあるだけで、実は世界は変わっていないということだ。
その出来事を、どう捉えるかによって、その人の世界が変わってしまうということ。
本当は、僕たちの周りで何があろうとも、太陽はきちんと変わらずに僕たちを照らし続け、世界は変わらずにそこにあるのだ。
心はいつも、湖面のように、風や雨によってさざ波立ってしまうけど、それを分かっているのなら、何があろうとも、いつも、心は満たされて、幸せであればいい。
[写真 : プリムラ・ジュリアン。雪道を歩いていたら、ほぼ毎日覗くお花屋さんFUGAhttp://www.fuga-tokyo.com/で、小さな花に出会った。おばあちゃんみたいなシックな花は、英国で特に親しまれている]

守護神

東京では、17年ぶりの大雪。
昨日も今日も、質実剛健なダナーを身につけた。
横殴りの吹雪にも負けず、
足元をきっちりガードして、水分は靴下に一切染みて来ない。
クライアントへ向かう道のりも、坂道で足を取られそうになったけど、
ダナーががっちり守ってくれた。
学生の頃から履き続けている、頼りになる僕の守護神。
こういう人に、いつか、なりたい。

ハプニング

降り出していた雨が雪に変わり、あっと言う間に町中が真っ白になった。
遅い朝ごはんは、秋刀魚の一夜干し、豆腐、明太子、ちりめん山椒、納豆、小松菜のお浸し、大根の味噌汁、蕪と蟹の煮物、白米。
二人で過ごしていると、時々、思いがけない出来事が起こる。今回は、雪で飛行機が欠航になり、大分に新幹線で帰るために東京駅に向かった。
東京駅では、飛行機に乗れない人たちが殺到して、窓口も自販機も長蛇の列。Kも進まない列にイライラしだし、あっと言う間に席も埋まって行った。博多までの指定席もほとんど無くなりはじめた頃、ギリギリで最終が取れた。
出発まで時間があったので、お茶でもしようと地下に行ったけど、Kはまだ落ち着かないので、僕はトイレに立ち、そのついでに弁当を買って帰って来た。するとKは、「イライラしてしまってごめんなさい」と謝って来た。「でもTさん、なんで、いつもそんなにのんびりしてるんですか?僕がこんなに焦っているのに…」
二人で生きていると、違いを発見する機会が何度もやって来る。目の前で起こった出来事に対して、どう捉えるのかは、人によって違うからだ。
僕は、今回のようなハプニングは、なるようにしかならないと思っている。もし今日、飛行機が飛べなかったら、明日帰ればいいやと安易に考えてしまう。Kは、何があろうとも、絶対に今日中に家に帰らなければならないと考えるタイプ。もちろん、仕事の違いもあるのだけど…。
当然、Kから僕を見たら、「この人、なんでこんな一大事に、なんてのんびりしたこと言ってるんだろう?」と思うだろうし、僕からKを見たら、「なんでこんなに焦ってるんだろう…」と思ってしまう。
小さなハプニングがあって、二人で相違点を見つけて、それをなんとか乗り越えて、その度にほんの少し二人の絆が強くなるのかもしれない。
今は、昼間に二人で開けた、「ブルネロ・ディ・モンタルチーノ」を飲みながら、新幹線に乗って8時間くらいかけて夜中の1:30に大分に着くKが、今頃どの辺にいるのかな?とぼんやり考えている。

最強のふたり

水蛸やツブ貝

一月なので、お餅入りのお澄まし

鮑の磯焼き

今日は、Kも早く起きたので、伊勢丹の、「分けとく山http://s.tabelog.com/tokyo/A1304/A130401/13004310/」でランチ。大将の今村さんとは、このお店が開店してからのお付き合い。定番の、鮑の磯焼きに、始めて食べたKも大喜び。
その後、武蔵野館で、映画「最強のふたりhttp://www.gaga.co.jp/sp/cinemas/detail/saikyo-2」を鑑賞。東京国際映画祭でグランプリを取ったフランス映画で、未だにロングランが続いている。実は、僕がこの映画を観るのは二回目で、Kがどう思うのかな?と思ってこの映画に。不完全な二人が、寄り添うことによって、お互いの日々が鮮やかに色づき始めるという物語は、実話であるが故に、一層温かな気持ちになる。
映画を二人で観終わった後に、お互いにどんなふうに感じたか、そんなたわいもない話が出来ることって、それだけで幸せなことだと感じた…
夜は、家でしゃぶしゃぶを。牛肉のしゃぶしゃぶだったので、昆布出汁にお酒と塩を少し入れて、ポン酢と胡麻だれでいただいた。水菜と芹をたっぷりと。とにかく肉が好きなようで、びっくりするくらい食べてくれる。二人で軽く四人分食べたみたい…
その後、赤ワインを飲みながら、話をしているうちに、幸福な眠りに。

K がやって来た。

ラルドで覆った椎茸のトルティーノ

牡蠣と白菜のフェデリーニ

大分から、Kがやってきた。
K曰く、僕たちはどうやら10月からつきあいだしたみたい・・・。
九時に羽田に到着して、外苑前で会ったのは10時半頃。
寝ぼけた顔をしているのは、
朝まで新年会で飲んでいて一睡もしていないから。
そのままベッドに直行して、1時に叩き起こして(笑)、
「RISTORANTE HONDAhttp://ristorantehonda.jp」に。
このお店、出来た時は何度か通っていたのだけど、
ミシュランの一つ星を取ったら、予約が全く出来なくなってしまった。
今日は運良く当日でキャンセルが出たらしい。
料理はフレンチテイストが入っている、日本人的なイタリアン。
グラスワインも、美味しいものがそろっていて、
こじんまりとした席数でちょっと奥まった場所にあるのでデートにおすすめ。
僕たちは住んでいる所が東京と大分という距離があって、
なかなか頻繁に会うことも出来ないので、
会った時くらいデートらしいことでも…と予約をしたんだけど、
Kは、僕の顔をぼんやり眺めながら大きなあくびをして、
「食べながら寝ちゃったら、ごめんなさい」と言って笑った。
今、僕は家で、米をといだり、一通り夕食の準備をすませたところ。
Kはずっとソファで寝ている。
起きたら、当たり前のように「ご飯!」と言って、
食べた後はきっと、「飲みに行きたい!」と言うだろうな…。
なんか、大型犬みたい…

I’m not old I’m experienced

アンチエイジングの仕事がやって来た……でも、なんで俺に??!(笑)
30代後半の頃は、睡眠時間が無かろうが、若い人なんかには負けないぞ!と思っていたけど、今はもう、すっかり居直っている…
生きていれば、傷もつくし、シワも出来る。少しずつ、昔とは変わってくるさまざまな身体機能の反応に、おっ…こう来たか!と、ひとまず受け入れて、様子を見たりする余裕もある。
そして何よりも、苦労をして自分が手に入れて所有しているものよりも、色々と身体で経験してきたことの方が、カタチは無いのかもしれないけれど、確かなもののように感じられるから不思議だ。
「I’m not old I’m experienced」
ノートの表紙のタイトルを見た時に、笑って即買いしてしまった。イメージとしては、年老いたゲイが、キラキラしている若造に向かってピシャリ!と答えている感じですかね…おおこわ。

氏神様

家のそばの熊野神社には、元旦から何度かお参りをしましたが、ふと思いついて、会社の周りの神社を調べたら、小さな神社を見つけたのでお参りに行きました。
震災以後、なかなか日本の経済が良くならないせいか、仕事も伸び悩んでいて、新しい仕事を獲得するための挑戦が続いています。
人間の身体のサイクルもそうですが、仕事の流れにも、自分の人生の波のようなものが、僕たちには調整出来ないところであるような気がしていて、何か自分よりも大きなものに、手を合わせて祈るということは、人間が昔からやって来たことなのかもしれません。
そのお参りのお陰か、バタバタと新しい仕事が入って来て、ちょっと昨年の静けさとは違った年の初めになりました。
ありがとうございますという日頃の感謝と、今年は仕事で、社会、そして世界に、もっと貢献していけますようにという願いを…

Giglioで新年ランチ

前菜の盛り合わせ

ミラノ風カツレツ

新橋界隈で、一番好きなイタリアンを挙げると、迷わず「Giglio http://giglio-giglio.jimdo.com/」と答える。giglioは、イタリア語で百合。ランチに行くことが多いのだけど、地下に続く階段を降りながら、現実から少しずつ離れて行って、重いドアを開けるとそこは、一気にトスカーナの田舎のレストランになる。ランチでも手を抜かないし、ピチなど、トスカーナ特有のホームメイドパスタが食べられる珍しい店。
今日のランチは、18年間くらい一緒に仕事をしている僕の一つ下の男の後輩Iと二人。Iの今年の正月は、久しぶりに幸せな正月だったとのこと。一昨年は、Iのお父様が入退院を繰り返し、昨年はお父様が亡くなった後で、家族中が喪失感から抜け出せなかったらしい。30代の後半から40歳を過ぎる辺りから、家族の様々な問題が降りかかり、苦しい日々だったけど、今年は平和に正月を迎えることができて嬉しいと言っていた。
若い頃は、自分のことだけ考えていれば良くて、実際自分のことだけで精一杯なのだけれども、年を重ねるごとに、家族の老いや病気、喪失など、様々な問題が起こってくる。そしてそれとともに、自分自身の身体も少しずつ前とは違ってくるから不思議だ。神様は、なんて巧妙に僕たちの人生を設計されたのだろう。
家族が健康で、平凡な毎日をおくれるというだけで、それがどれほど幸せなことなのか。お父様を亡くした時の話を聞きながら、僕も苦しかった昔を思い出し、今のささやかな暮らしを幸福に思ったのでした。