SOCIALIZER

前回2/15にもここに書いたけど、数人のオーガナイザーが友人たちに声をかけて、原宿の見晴らしのよいバーに集うというパーティーの二回目が開かれた。
今回も、100人を超す人が集まり、友達の友達などと、話が繋がり、偶然集まった者同士の緊張感も、緩やかにほどけていった。
僕たちは、入場料を払い、思い思いの酒を飲み、気楽に語らい、特に出し物などのない穏やかな時間を共有しながら楽しむのだけど、入場料や食事、飲み物、特性カクテルなどのプラスになった収益は、すべてアフリカのLGBT団体を支援するために募金される。
本当に、驚くことなのだけれども、アフリカのウガンダなどでは今も、同性愛者は死刑になるという。こういった世界の現実を知ることはとても大切なことだと思う。知ることによって、少しでも、何かできることに繋げていけるかもしれないから。
昔は主に新宿2丁目で、ゲイだけで集まっていたことが多かったように思うけど、今は新宿2丁目だけでなく、ゲイだけの縛りではなく、様々なLGBTや、その周りの人たちがこうして集い、自由に話すようになって来たことを、改めていいなぁ…と思える、穏やかな夜だった。
次回は7月にあるようなので、行きたい人は、声をかけてくださいね。

宝もの。

会社で、すれ違いざまに、
入社2年目の女の子Aに呼び止められ話しかけられた。
「今週、朝からTさんが居なくて、すごく寂しかったです。
会社ががらんとしていました」
僕は、今週は撮影やクライアントへの立寄が続いて、
前半はあまり席にいなかったのだ。
いつもだと、だいたい8時半から9時には席にいるので、
うちの会社の始業時刻は9時半なので僕が周りでは一番乗り。
その後に新入社員が来る感じなのだ。
自然と、彼らと挨拶をするし、ランチに一緒に行ったり、
ネットやパソコンで分からないことを聞いたり、
最近の若者のことを聞いたり、コミュニケーションは沢山とれる。
中でも、2年目になったAは、子犬にように僕につきまとい、
映画を薦めると、すぐに迷わず観に行くし、
その感想もうれしそうに伝えてくれる。
朝、挨拶をするときも、何か話しかけても、
心から喜んでいるように、顔がきらきらと輝く。
それは、恋愛感情ではなくて、
一緒に仕事をしたり、たわいもない話をしたり、ランチに行ったり、
同じ時間を過ごすうちに、芽生えた家族的な絆のようなものだ。
僕が入社した時に、上司に言われた言葉がある。
「君は、僕たちの宝ものだから」
昔は、その言葉の意味が分からなかったけど、
会社で何年も生きているうちに、
そんな言葉をわざわざ言ってくれた上司のことを思い、
その有り難みをしみじみと感じるようになった。
忙しかったり、自分に余裕のない日でも、
彼女のまっすぐな微笑みを見ると、勇気がもらえる。
今度、一緒に飲んだ時に言ってみよう。
「Aは、僕の宝ものだよ」と。

自分と違うものを、受け入れること。

週末、九州で『トーチソングトリロジー』を、KとふたりでDVDで鑑賞した。
僕はこの映画を、10回以上観ているのだけど、
観るたびに、よく出来ていると台詞に感心するし、
何度観ても泣いてしまう場面がある。
マシュー・ブロデリックが演じるアランと主人公は、
養子をもらえることになり、NYで新居に引っ越しをして
幸福な暮らしをはじめることになるのだけど、
アランは、ゲイを憎む人たちのホモフォビア (Homophobiaとは、同性愛、または同性愛者に対する恐怖感・嫌悪感・拒絶・偏見、または宗教的教義などに基づいて否定的な価値観を持つこと)によって、殺されてしまう。
主人公が、お母さんと一緒にお父さんのお墓参りに行くのだけど、
そのお墓には、亡くなったアランも眠っている。
主人公がアランに対してお祈りを捧げている時に、
母親は、自分の35年間連れ添った夫の死と、
お前の同性愛の恋人の死を一緒にしないでくれと言ってけんかになる・・・
このくだりは、歴史に残ると言ってもいい、母親とゲイの息子との、
それぞれの尊厳をかけた台詞の応酬だ。
この映画を観て、泣かないゲイはいないのではないだろうか。
世界では、同性婚などの権利が拡大する一方で、痛ましい事件が起きている。
ロシアで、同性愛者だと告白した23歳の男性が、知人らに暴行され死亡した。
ロシア正教会のキリル総主教は、同性愛は薬物依存や売春などと同様、
ロシアにとって最大の脅威の1つだとコメントしている。
大統領は、ロシアでは同性愛者に対する差別はないとしながらも、
「同性婚で子どもが生まれないことには疑いの余地はない」と述べ、
同性愛が国の人口にもたらす影響について懸念を示した。
自分と違うものを、認めること、受け入れることは難しい。
世界に戦争が絶えないのも、自分と違うものを受け入れることができないからだ。
地球上から、このような事件が、一刻も早く無くなることを願っているし、
我々にももっと、できることがあるのではないかと考えている。
※[モスクワ 13日 ロイター] ロシア南部のボルゴグラードで9日、同性愛者だと告白した男性が知人らに暴行され死亡した。被害者となった23歳の男性は、同性愛者だと告白した直後に、複数の知人から暴行を受けた。肛門にビール瓶をねじ込まれ、服に火を放たれ、最後は石で頭を殴られて絶命した。http://news.livedoor.com/article/detail/7673996/

マリーゴールド。

シルバー・カーディナルという珍しいヨーロッパのカエデを買ったら、
配送されて来た段ボールの中に、マリーゴールドが一つ、
光輝くように添えられていた。
黄色とオレンジの間の色は、なぜか今、僕が一番好きな色だ。
金額にすると、大したことではないのだろうけど、
こういう心遣いは、時にとてもやさしく感じられる。
箱から出した、小さなマリーゴールドは、
陽だまりのように温かい。

100センチのベッド。

ふたりで旅行をして、ホテルで寝る時はいつも、Kが隣りにピッタリとくっついてくる。
ツインの部屋に泊まった時にも、片方のベッドは使わずに、一つのベッドでふたりで眠る。
Kの家に泊まりに行くと、壁に横付けされたKのシングルベッドに、ふたりで眠ることになる。ベッドの幅は、およそ100センチ。
僕がベッドから落ちてはいけないと言って、僕を壁側に押しやり、Kは早々に眠ってしまう。
寝つきの悪い僕は、100センチのベッドでふたりでピッタリと横にひっつきながら、「どんな状態でも、人間は眠ることが出来るのだ…」ということを証明しようと心に決める。
途中、何度かトイレに立つ時は、Kの上を跨いで立つ。
朝方、目覚ましで驚いて目を覚ますKは、僕がトイレに立ったことなど、全く気づいていない…。
そんなKの、単純なところが、僕は好きだ。
(また、おのろけになってしまった…笑)

さよならを言う時はいつも。

Kとつきあい出して7カ月が経ったけど、未だに慣れないのは、別れる時かもしれない。
九州に住んでいるKとは、なかなか思うように会うことが出来ないから、会えた時はとてもうれしい。そしてその分、別れる時は、とてもせつなくなる。
日曜の夜に別れると、あまりにもせつなくてやりきれないので、最近は、月曜の朝一番で、寝ぼけ眼のKに別れを告げて、どさくさに紛れて帰るようにしている。
ところが今日は、Kもしっかりと起きてしまって、空港行きのバス停まで送ってくれた。
バスが出る時に見送られると、泣いてしまいそうだったから、バスに乗り込みながらKを帰らせて、出発する時に目で探したけど、Kの姿はどこにも見えなかった。
後で聞いたら、止まっているバスの影から僕を乗せたバスが行くのを、じっと見ていたらしい…(巨人の星みたい…)
でも、考えてみたら、僕たちのような遠距離恋愛だけでなく、世界中の恋人たちは、会って、別れて、を繰り返しているのだ。これに耐えられないのならば、一緒に暮らすしか道はない…
そんなことを考えながら、また次に会える日のことをメールでやり取りしながら帰って来た。
朝日がきれいで、ちょっと味方をしてくれているようだった。
★everytime we say goodbye http://www.youtube.com/watch?v=-bnKJjewcII

思いのままに。

「花公園」のポピー

長湯温泉「御前湯」露天風呂から

朝から、阿蘇のそば、大分県久住の山の上にある『花公園』へ。広大な敷地に、今の時期は、チューリップが終わり、ネモフィラ、金魚草、ポピーなど、まるで映画のセットのような花畑が一面に広がっている。
家族連れや犬を連れた人たちが、お弁当を持って楽しそうにしている光景は、まるで天国に来てしまったかのような幸福感に満ちている。
のんびりとご飯を食べた後、長湯温泉へ。ここは、山間にある炭酸で有名な鄙びた温泉。川沿いにある老舗の『御前湯』に行き、ゆっくりと温泉に浸かる。
大分から、熊本にかけては、山々が連なり、川が流れ、小さな村が点在している。美しい日本の風景を見ていると、「ここで、のんびりと暮らしたら、いったいどんな毎日なんだろう…?」と想像したくなる。
家を買って、畑で野菜を作って、魚を食べながら暮らす…そんなことを夢に描きながらKに、「俺、この辺で暮らそうかな…何もかも捨てて…」と呟いてみる。
Kは、「Tさんは、東京以外では、絶対に暮らせませんよ」と即答した。僕も、「そうだろうか?」と改めて考えてみる。
映画館が無いと、退屈で窒息死してしまうだろうか…?
イタリアの食材が買えるスーパーが傍に無いと、生きてゆけないだろうか…?
今までは、会社で働くことが中心の生活を続けてきたけれども、40歳を過ぎて僕は、仕事にも、東京にも、拘りがどんどん無くなってきている気がする。
仕事は一通りやったと思うし、東京は大好きだけれども、年をとったらどこか別の場所に住んでも構わないと思っている。
家を買っていないけど、その代わりに旅人のように、その気になれば、いつでも何処へでも行けるという自由を手に入れている。
自分の思いのままに、本当はいつでもどこででも生きることが出来るのだ…という気持ちは、心を軽くさせてくれる。
博多に住むのはどうだろうか…?今は想像してみるだけでワクワクしてくるから不思議だ。

城下かれい。

右から時計周りに、城下かれい、関アジ、サザエ

城下かれいの唐揚げ

黒アワビ

大分に来た。
空港から宇佐神宮へ。宇佐神宮は、1400年前に出来た古い神宮。車から降りると、辺り一面になんとも言えないいい香りが満ちているのがわかる。これは、伊勢神宮なども同じなのだけど、不思議な空気感だ。
夜は、地元の魚を扱う『魚勝』へ。今日の目玉は、城下かれい。
別府湾の日出城下の海岸近くで獲れるカレイを、城下かれいという。この付近では海中から清水が湧き出て、海水と真水が混じり合うため、海水性・淡水性のプランクトンが豊富だ。
子どもを生むために、春からここへ集まってくる城下かれいは、泥臭さが全くなく、淡白な中に、しっかりとした旨味があるため、昔から高級魚として将軍に贈られていたという。
刺身にも、全く臭みがなく、唐揚げは、繊細でほのかに甘みを感じる。骨の唐揚げさえ、べたつかず軽くサクッと食べられる。
関アジは、筋肉質なため、他で食べるアジとは別の魚に思えるし、サザエはコリコリとして肝も美味しく、黒アワビも柔らかく味がしっかりしみていた。このお店、星がつくようなお店ではないけど、大将がしっかりと目を光らせて、仕入れをして、納得のいく料理を作っている。
Kとつきあい出して、これで6回くらい来ている大分。まだまだ魅力は尽きないようです。

多肉植物。

すべて違う個性の多肉植物たち。

今日咲いたオールドローズ『マダム・アルディ』蕾の萼の先まで美しく、気品に溢れる香り。

北欧のARABIA社のプランターセットが、ちょうど空いたので、小さな多肉植物を、5個買って来た。(多肉植物用の培養土が無いのでまだ植えてはいない)
サボテンやリュウゼツランなどの多肉植物には、感情があるということが、嘘発見器や数々の実験で証明されている。
食虫植物がいることや、自分に危害を加える動物などから身を守り、進化を遂げて来たことを考えると、植物にも感情があることは当たり前のような気もする。
さて、多肉植物に限らず、植物を育てる上で一番難しいことは、実は、水やりだ。植物は、その種類により、それぞれ水の必要な量と頻度が違うのだ。園芸王国のイギリスでは、『水やり3年』などとも言われている。
たとえば、多肉植物は、夏と冬は水を月に一回くらい。春と秋はもっと水を欲しがる。というように、季節によっても違うのだ。
植物を枯らす一番の原因は、水のあげすぎか、あげなすぎか、またはその両方。
人間が日々の生活の中で、いつも変わらずに植物のことを、きちんとケアしてあげるということがいかに難しいことかと思う。
そしてこれは、植物だけに限らず、人とのつきあいにおいても、いつも変わらずに相手のことを思いやることが出来なければ、二人の関係性を続けてゆくことは難しい。
植物を育てていると、『過ぎたるは猶及ばざるが如し』という言葉が、つくづく奥の深い言葉だと、改めて思い知る。

じゃこご飯。

赤いのは、小さな海老

今日は、無性にじゃこが食べたくなり(そんな日ってありませんか?)、じゃこご飯を炊いて食べた。
僕の家には、炊飯器が無い。理由は、炊飯器のデザインが苦手だから。そして、ご飯は炊きたてが一番美味しいと思うから。(食べきれないご飯は、熱が取れたら、小分けにしてラップに包んでジップロックに入れて冷凍)
土鍋番長としては、ご飯は昔から土鍋で炊いている。早く出来るし、何よりも美味しいと思うから。炊き込みご飯も、とても美味しく出来上がる。
★じゃこご飯
1.米2号をといで、浸水15分、ザルにあげて15分。
2.土鍋に水400mlとお米を入れて、蓋をして(土鍋の穴が大きい場合は、穴に箸を突っ込んでおく)、強火にかける。
3.沸騰して来たら、蓋をとって下から一混ぜしてじゃこ1号(お米の1/2くらい)を乗せる。蓋をして弱火で、9分(3号なら10分、2号なら9分、1号や1号半なら、8分くらいが目安だけど、土鍋の材質や厚さによる)
4.火を消して、そのまま10分くらい蒸らし、蓋を取り、底からさっくり混ぜ合わせてお椀に盛る。後半は、かつおぶしをかけて、醤油をちょっと垂らしても美味しい。