秋の風。

僕には、娘がいる。
このブログにも何度か登場している28歳の台湾人で、日本の大学院を卒業して今年の春から日本の大手企業に就職したゲイの娘Ke。
Keは、笑うと目が無くなってしまうような顔で、この上なくやさしい性格。そのくせ自分の信念は曲げない強い精神力を持っている。
Keのお母さんは彼が若い時に病いでお亡くなりになり、お父さんは台湾ではなく海外に単身赴任、妹さんが一人台北に暮らしている。(僕が、Keを娘と呼んでいるのは、もしもの時の緊急連絡先になっているから)
僕は、Keと時々一緒にご飯を食べたり、映画を観たり、お酒を飲んだりしている。色々な話をして、一緒に台湾料理を食べに行ったり、火鍋を食べたり、台湾スイーツを食べに行って、美味しい!美味しい!と楽しい時間を過ごして来た。
数週間前に、僕が飲んでいる横に、偶然Keがやって来て、友達と一緒に座った。僕はそのKeの友達に、前にパーティーで会ったことがあった。色々話しているうちに、僕が酔っ払ってその友達に、「かわいいね!」と言った時にKeは、「もう!お母さん、やめて!」と言われた…。
その後、Keと食事をした時に、彼のことがなんとも気になると聞かされた。僕は、ただの友達だと思っていたので驚いたのだけど、その後ふたりは、めでたくつきあうことになったのだ。
それを聞いて、娘のめでたい旅立ちを喜ぶ半面、なんだか僕の心にせつない風が吹き抜けた。
「なんだ…Keはもう、俺のKeではなくなっちゃったんだ…」
(今思うと、随分うざい発言…)そんなことをKeとLINEでやりとりしているうちに、なんだかKeもせつなくなってしまったようで、僕も自分でも大人気ないないなあ…などと思いながら寂しさを抱えていた。そしてしばらく色々考えたのちに、LINEで返信した。
「恋人は、いつか別れることがあっても、親子はずっと、親子です。」
我ながら、よくある安いコピーのような気もするけど、自分の気持ちを言い得ているようで悦に入っていた…。
Keも、(きっと、しょうがないなあお母さん…なんて思いながら)、
「泣きそうになるよ。お母さん!」と返信が来た…。
せつない秋の風が吹いています…

叶わぬ恋。

「今までに、叶わぬ恋をしたことがありますか?」と聞かれたので、遠い昔の僕の「叶わぬ恋」のことを書こう。
美術大学に通う僕がはじめて人を好きになったのが、5歳年上のMさんだった。大阪出身で一重まぶた、色が白くて、鷲鼻のため鳥のような印象を受ける人。やさしくて、真面目で、控えめな性格を好きになった…。
僕はずっとずっとMさんとできる日を夢見ていたのだけど、その頃Mさんは年上の人とつきあっていた。その人との関係は既に長く続いていたようだ。
恋人がいる人とわかっていながら、自分の情熱を抑えることが出来ず、一緒に飲むこと、食事をすることを望んだ。
酔っ払った帰り道、僕の車で家まで送って帰ることがあった。はじめてMのマンションに上がった時に、胸が高鳴ったのを覚えている。
リビングでTシャツ姿の彼と別れ際に抱き合った時に、Mの汗の臭いを嗅ぎながら、この臭いが好きなんだ…と思ったのを覚えている。
時々ドライブをしながら色々な音楽を聴いた。ある日、羽田空港まで、Mの出張のために彼を送っていった時に、「今つきあっているやつと別れて、Tと一緒になろうと決めたよ」と言ったことがあった。
でも、それが現実になることはなかった。
Mとその人との関係はそのまま続いたし、僕は手に入らない恋愛に、行き場を失っていた。
結局、Mの大阪勤務ということと、僕の就職やなんやかやでMとは疎遠になってしまった。
今までの僕の人生を省みて、あの頃ほど、「手に入らないものが欲しい」と、誰かに恋い焦がれたことはない。
僕が就職してしばらくして別の人と長いつきあいを経験して、その後別れて、ある日地下鉄の乗り換えで歩いている時に、10年ぶりくらいに偶然Mに出会った。
その後、彼の出張ついでに一緒に飲むようになって、今では時々LINEでメールのやり取りをするような「友達」になってしまった。
人とつきあう難しさや、それこそエッチのことまで話すことが出来るような古くから知っているような「友達」になったのだ。
今になって思うと…「叶わぬ恋」は、その時はつらく苦しいけど、人生の醍醐味のようにも思える。
「恋に落ちる」と言うように、人が誰かに恋する時は、予期せず突然やって来る。まるで落とし穴に落ちるように…。そしてそれは、何者にも抗えない力だ。
僕に言えることがあるとすると、「叶わぬ恋」をしている人は、今のそのどうしようもない「叶わぬ恋」を、そのまま諦めることなく思いっきり生きて欲しいということくらいだ。
いつか、時間が経って来し方を振り返った時に、あの「叶わぬ恋」をしていた時は、自分にとってなんて輝いていた時だったのだろうと思える日が来るに違いない。
「叶わぬ恋」。ああ、なんと甘美な言葉だろうか…。

年の差カップル。

二丁目で飲んでいたら、隣りに年の差が離れたカップルが座った。
つきあい出して間も無く1年だというふたりは、仲睦まじく、しょっちゅう手を握り合っている。
年配の方はコムデギャルソンのハート型のイラストのTシャツを着ていて、54歳。下の子は韓国人で38歳。その差は僕とKとの差と同じく16歳だ。
二泊三日でずっと一緒に夏休みを過ごして、海に行ったり美術館に行ったり、手料理を食べたり、どんなに楽しかったかが自ずと伝わってくる。
そして、年配の人が言う。「この子、いつも別れる時、泣くんですよ。寂しいって言って…」若い子は、恥ずかしそうに言わないでくれと年配をたたく。
そんなおのろけを聞きながら、僕は笑ってばかりいた。ふたりは同じコムデギャルソンのTシャツも持っていて、若い子はお揃いは嫌がるけど、年配の方は一緒のものを着たいと言う。
年配「昔は私がヤキモチを妬いてばかりいたのに、今はこの子が私にヤキモチを妬くんですよ。携帯の中まで見せろと言うんですよ…」
年配「私が死んだら、私の遺産は全部この子に遺すつもりなんです…」
そんな話をするから、また若い子は年配をたたく。
このカップルだって、もしかしたら一年後、いや、三ヶ月後だってどうなっているのかはわからない。
僕たちは生きていて、毎日心も変わってゆくからだ。
それでも僕は、なんだかふたりを見ているだけで無性にうれしかった。
今、ふたりは愛し合っているというだけで、他には何も必要ないように思えたのだ。

レインボー祭り。

バインセオ

パクチーモヒート

レインボー祭りの終わる頃、友人に呼び出され二丁目に行った。新宿二丁目でレインボー祭りが行われるのは、15回目だそうだ。
昔はパレードと同じ日にレインボー祭りがおこなわれていたので、もっと大規模で、人も沢山集まったように思う。
昔は、二丁目しかゲイの集まる場所が無くて、夜の二丁目にあまり来たがらないゲイもいて、そんな、日頃の二丁目では見かけない人たちが気軽に来られるイベントだったように思う。
今、新宿二丁目は昔のように人は来なくなったと言われている。実際にあの街に30年くらい通っているけど、今は昔のような賑わいは感じられない。インターネットもあるから、ゲイの出会いには事欠かないからだろう。
来年以降、もっと人を集めてゆくには、もしかしたら根本的な大改革が必要なのかもしれない。
毎年恒例のエイサーや踊りなどもいいけど、もっと新しいことを盛り込んでいかないと、なかなか話題にはならないのではないだろうか。
15年も経って、LGBTの環境も少しずつ変わってきているということだろう。
散り散りになる人たちを見ながら、友人と仲通りにある『ベトナムちゃん』でご飯を食べたのだけど、この店はなぜか台北に遊びに来ているような、ガチムチで溢れかえっていた。

台湾プライド。

昨年の台湾プライド。

夏が終わり、そろそろ10月の最後の土曜日に行われる台湾ゲイプライドのことを考える時期だ。
このところ急激に台湾プライドの海外からの旅行者が増えているようで、飛行機もホテルも直前だととても混んでいて取りにくいのだ。
いつもはチャイナか全日空で飛行機を取り、メンバーでもあるRegentという老舗ホテルに泊まることにしていたのだけど、今度は新しく出来たオークラにしようかと思っている。
台湾のゲイパレード自体も大きくなって来ているので、ニューヨークなどのパレードを見たことがない人でも、台湾プライドを見たら何かしらの感動があるに違いない。
今年はKも、はじめて台湾に行くと、今からはりきっている。
K「台湾は、日本語通じるんですよね?」
僕「空港とホテルの一部しか日本語は通じないよ」
K「えっ?
空港まで、迎えに来てあげて!」
英語や海外というと、途端に臆病になるKも、今から現地で小籠包を食べるのを楽しみにしています。
友人が台湾プライドツアーを組んでいます。
★Out Asia Travel http://outasiatravel.com/taiwanparade/

娘とディナー。

イロドリのステーキ。美味しい!

九州縦断旅行と、今週のプレゼンが相次いだので、身体がヘトヘトに弱っていた。
娘のKe(ゲイの可愛がっている若者)が一緒にご飯を食べたいというので、『irodori』へ。
Keは、夏の間しばらく下田に仕事に行っていて、日に焼けていた。四月に日本の会社に入社したものの、5ヶ月経って、ほんの少し仕事にも倦怠感を感じているようだ。
Ke「お母さんは、苦手な人がいたら、どうしますか?」と質問が来た。
僕「ん〜…僕自身、苦手な人とかあまりいないから思いつかないけど、この人にも、お父さんとお母さんがいて、たいせつにこの人を育てたんだよなあと想像するよ」と答えた。
Ke「え?それから?」
僕「たいてい苦手な人や嫌いな人というのは、自分の中にある嫌な部分を、その人が見せてくれている場合が多いんだ。だから、その人がいることで、自分の内面がわかったということ」
Ke「へー、それでどうするんですか?」
僕「その人が、なんでそんな嫌な人になってしまったか想像するの…きっとその人なりに理由があってそうなっているんだよ」
「そうやってじっくりその人のことを見てみると、そんなに嫌いになったり、憎んだり、自分の感情を荒立てる必要はないことに気づくよ。きっと。」
「そのうちに、そんなに嫌な人ではないと思えてきて、それほど気にしなくなると思う」
娘は不思議そうな顔をして、僕の話を聞いていた。
嫌いな人がいることは、好きな人がいるくらいエネルギーを使うことだ。その人に対するネガティブな感情は、自分の中で存在を主張して日常生活にも支障をきたす。
嫌いというネガティブな気持ちを薄めて行って、小さくすることができれば、自分の中の意識も変わって来るものだ。
その後、ブリッジに流れて、久しぶりに混み混みの週末を楽しんだ。

いつもふたりで。

LとJが、ようやく九州旅行を終えてシンガポールへの帰国の途についた。
結局、4泊5日ずーーーっと彼らとKと4人で朝も昼も夜もほとんど一緒にいたのだ。それなのに、本当に何一つ嫌な思いをすることはなかった。車の中でも、ずーっとみんなでゲラゲラ笑っていたのだ。
僕と彼らは、本当に珍しくいろいろな点で好きなことなどが似ているみたいだ。旅行で重要なことは、断然『食べること』。それと同じく『宿』も重要。
一緒に旅をしていて気づいたことは、彼らが常にお互いに気遣い合っていて、心から愛し合っていること。車の中でも、振り返ると後部座席で常に手を握り合っているし、食事中もお互いに美味しいかどうか、どう思うかを確かめ合いながら過ごしている様子を見ていると、お互いにもう、なくてはならない存在なのだろうと思える。
ふたりはインターネットの『fridae』で出会った。
シンガポールで暮らすLと、香港で暮らすJは、しばらく文通のやり取りだけだったのだけど、Lが香港に仕事に行った時に、香港のホテルで待ち合わせをして会うことに・・・。ふたりはホテルで見つめ合い、『運命の人』に出会ったとお互いに確信したそうだ。
その後ふたりはつきあうことになり、お互いがもっともっと一緒にいるために、Jが自分のキャリアをすべてあきらめて、シンガポールに住むLのもとへ渡ったそうだ。
その話しをする時に、ふたりは『sacrifice(犠牲)』と言う言葉を使った。Jは『sacrifice』になってくれたのだと・・・。
今、Lはアメリカ系企業の環太平洋の拠点があるシンガポール店で働いている。そしてJは、出張の時はふたりで一緒にどこにでも行くし、Lの日常の細かな実務的なことを秘書のようにこなしながら働いているようだ。シンガポールとペナンに家を持ち、大胆に休暇を取ることが出来て、早くもリタイアを考えているLはきっと、僕なんか想像できないくらいの給料をもらっているのがわかる。
ふたりは、英語の出来ないKに何度も話しかけていた。そして、Kがいない隙に僕に言った。
「Kはいい子だよ。本当にいい子だ」
彼らは、僕たちにももっと幸せになって欲しいようだ。離れて暮らす僕たちは、いつもふたりでべったり一緒にいても幸福そうな彼らに、すっかり魅せられていた。
どうやら、『愛』は、この地球にあるようです。

トラブル。

水曜日から日曜日まで、4泊5日で九州を縦断していたのだけど、心配していた台風の被害に遭うことはなく、天候に恵まれ続けた旅程だったのだけど、最後に僕たちとランチを食べて別れた後に、彼らにトラブルが起こった。
タクシーに彼らの荷物を乗せて別れたのだけど、彼らはそのまま残り2泊を過ごすべくレンタカーで阿蘇に向かった。僕は旅行が無事に終わった安堵感に包まれつつ、台風の影響で飛行機が乱れ、結局夜の11時に羽田空港に到着した。飛行機を降りてスマホを見ると、数件の電話とLINEが入っていた。
「Lの荷物の中のパソコンとiPadがない。きっと、ランチの時にレストランに荷物を預けたので、その時に何者かに盗まれたに違いない。レストランに電話して、盗難防止のカメラがあるか聞いてくれ。」とのこと。
JとLは僕に連絡がつかなかったため、日本人の友人のSに既に電話をしていて、Sからホテルとレストランに電話を入れてもらい、どちらにもそのような忘れ物は無いということまでわかっていた。僕は取り急ぎレストランに電話をして、くどいようだけど忘れ物がないか問い合わせたが、さすがにパソコンを誰かが盗んだとも言えず、電話を切った。
僕が、なくなったパソコンとiPadの行方について考えられることは、
1.彼らがパッキングする前にどこかに置き忘れた。
2.大きな荷物をホテルに残して来たので、その中に一緒に入れてしまった。
3.レストランで荷物の置き場が悪く、何者かによって盗まれた。
なのだけど、僕は、3のレストランはほぼ可能性がないと思った。高級レストランで預けた荷物が盗まれるなんてことは、今後の営業にも致命的になるからだ。それでもJとLは、レストランしか可能性がないと言い張っていて、盗難カメラを調べてくれと言っていた。僕はSと話して、ひとまず明日もう一度レストランとホテルに電話をかけてみると言って、家路についた。
出社をして、空いた時間にホテルに電話をかけてみた。グランドハイアットの電話に出た人は忘れ物係に繋ごうとたのだけど、僕は5階のクラブラウンジのコンシェルジェをお願いした。しばらくして僕たちの滞在を知っているコンシェルジェが出てことの次第を告げた。すると、チェックして折り返すと言い、しばらくして電話がかかって来た。
コンシェルジェ「LさまのラップトップとiPadは、私どもが12日のお帰りまでお預かりすると言うことになっておりますが・・・」
僕「え?ええ??えええ??? そ、そちらに彼らは預けて行ったのですか?そちらに本当にあるのですね?」
コンシェルジェ「はい。左様でございます」
急いで彼らに電話するも繋がらないので、LINEで事の次第を告げると、
「thank you!!!」 「almost didn’t sleep yesterday」
と返事が返って来た。(信じられない!!!!!)
その後、シンガポールの女王様はこうおっしゃいました。
「Super Queen, thanks so much!
Restores our faith that Japan’s honesty culture is not spoiled by foreign workers working here!」
そして、楽しそうに白ワインをホテルの庭で飲んでいる写真が送られてきた…。

シンガポールの友人カップル。

ピューターのコップをいただいた。

LとJは、シンガポール人のおしどり夫夫。今年、Lは1年間休暇を取って、世界中を旅行している。1年間ですよ!1年間!!!
先週は北海道に行っていて、火曜日に東京に入るはずのふたりが、予定を変更して一日早く東京にやって来た。水曜日からLJカップルとともに、僕とKも夏休みを取り、九州を縦断することになっている。
このところ九州は連続して台風に見舞われていて、僕たちの旅程に合わせるかのように、台風がやってくるようで心配ではあるものの、一緒にご飯をたべようということでS太郎を呼び出して4人で表参道の『鳥政』へ。
彼らふたりを見ていると、本当に仲睦まじくて、「こんな風に愛し合っているカップルってうらやましいなあ・・・」と思わざるをえない。ホテルではじめて出会ったふたりは、お互いに「運命の人だ!」と思ったそうだ・・・。
旅行に行く時はいつも、最小限の鞄にふたりで洋服を入れて、とっかえひっかえで同じ服を着るそうだ。20歳近く年の離れたふたりは、自然と役回りも決まっていて、ほとんど喧嘩など無縁のようだ。
おしどり夫夫との九州旅行、僕とKもいろいろと学ぶことが沢山ありそうです・・・。
★鳥政http://tabelog.com/tokyo/A1306/A130602/13001258/
表参道にある老舗。感動するほど感じの良い名物女将さんが着物で接客してくれる。

SAY YES

2丁目の僕のホームバー『Bridge』の隣のビルの2階に、韓国人のオーナーGさんがやっているお店『SAY YES』がある。そのGさんがお客さんを引き連れて、『irodori』にご飯を食べに来てくださった。
特に僕からお願いしたわけではないのだけど、前からそのレストランに行ってみたい・・・と何度も僕に言っていたのだけど、実際に来てみて、その後営業があるのにお酒まで飲んで、楽しい楽しいと言ってはしゃいでいた。(普段はお店がある日は、Gさんは絶対にお酒は飲まない)
この『SAY YES』今となっては、なんだか口に出すのが恥ずかしいような名前だけれども、特に『韓国バー』というわけではなくて、お客さんもほとんどが日本人で、たまに観光客とか、日本に住んでいる韓国人の人がいるくらい。客層もまちまちで、別に『韓流スター』がいるわけではなく、どちらかというと30代40代が多い感じだろうか。
そんな、さして取り上げる魅力のないような店に、なぜ時々僕が行きたくなるのか・・・と考えたところ、やっぱりGさんの魅力なのだろうと思った。
Gさんは特にかっこいい部類ではなく、いたって普通の僕と同じ年のおじさんだ。そして、日本語を話す限り、決して韓国人とはわからないのではないかと思う。それは、日本語がうまいというわけではなくて、日本語が、なんだか北関東のような東北なまりに聞こえるからだ。
そしてなによりも、Gさんはやさしい。人間に対する慈愛に満ちていると言ったらいいのだろうか。
たとえとても疲れているときでも、Gさんだったら顔を見に行きたいと思えるあたたかさがある。
お店は、内装や雰囲気もたいせつだけど、結局そこで働く『人』なのだと、改めて感じさせてくれる店だ。