ねずみを巡る戦い。その1

家のベランダに、どうやらネズミが来ていることは、ここに書いた。
ゴミの入った袋を開けようとした形跡と、大きな植木鉢に入って穴を掘っていることくらいしか被害はないのだけど、実際にネズミが夜に来ていることを考えるとなんだか気味が悪いではないか。
そこで、ネズミ除けのために何をしようかといろいろと調べた結果、嫌いな超音波を出すネズミ除けを買って試してみることにした。これは乾電池式なので、外にも置くことができる。
すると、これが効いているのかわからないが、その日からピタッとネズミが来なくなった。
ねずみはしばらくしたらこの超音波でさえも、慣れてしまうかもしれないけど、そうしたらまた次の策を練ることにしよう。

だれもが愛しいチャンピオン

実際に障がいを持つ600人の中からオーディションをして10人が選ばれて作られたという作品は、スペインの年間興行成績でトップを記録したそうだ。
プロバスケットコーチのマルコは、公私ともに生活がうまくいっておらず、上司と大喧嘩して解雇されてしまう。
破れっかぶれになってお酒を飲み飲酒運転をしたのがきっかけで、有罪になりそうになり、裁判所で社会奉仕活動を命じられる。それは、3ヶ月の間、知的障がい者の施設でバスケットボールのコーチをすることだった。
こういった映画は、「どうせ、お涙頂戴だろうな・・・」と思って、Kと見るかどうするか戸惑っていたのだけど、思い切って観に行ったら大笑いした映画。
日本で育った僕は、小学校の時にすでに知的障害を持つの子どもとは別に授業を受けていた。でもこれは、国際的に見るとかなり日本が特殊なんだそうだ。
そのせいか、実はあまり知的障害に関する知識もなく、本当のところ彼らがそばにいてもどうしていいのかさえわからない。
でも、こういった映画を見ると、今まで知らなかったことを知り、普段は考えなかったことを考える機会になる。障がいといっても皆いろいろと違っていて、それぞれその人の特徴なのだろうと思うのだ。
それに、そもそも普通の人なんてこの世にいないのだろう。
知らないうちに自分たちでこうでなければならないと、今までの日本の教育制度の上に出来上がっていた価値観が、この映画のクライマックスで見事にひっくり返される。
それはそれは爽快で、とても気持ちのいい裏切られ方だった。
⭐️だれもが愛しいチャンピオンhttp://synca.jp/champions/

ブレッドウイナー

アニメーションの、さらに大きな可能性を感じさせてくれる作品に出会った。
『ブレッドウイナー』は、アイルランドのアニメーション・スタジオ、カートゥーン・サルーン。設立メンバーのひとり、ノラ・トゥーミー初の単独監督作品だそうだ。
2001年のアメリカ同時多発テロ後のアフガニスタン。カブールの町で女性や女の子は一人では外出が許されなかった。11歳のパヴァーナは、地雷で脚を失ったお父さんとお母さんとお姉さんと小さな弟と暮らしているけれども、戦時下で教職も今は出来ず食糧も乏しい。ある日、お父さんが兵士に連行されて刑務所に入れられてしまい、家族は食べるものもなく途方に暮れる。
この作品に強く心引き付けられたのは、お話全体のストーリーとともに、パヴァーナの口から語られる物語が二重構成になっているから。ストーリーはアニメーションで、物語は切り絵のような不思議なディテールがあり、その掛け算によって作品全体が何倍にも膨らんで感じられる。
アイルランドのアニメーション、すごいなあ・・・。
今日本で流行しているアニメーションとは、作ろうとしている核の部分が全く違うように感じられた。
深く、強く心に残る作品。
<以下はホームページより抜粋>
原作は、カナダの作家で平和活動家のデボラ・エリスの「生きのびるために」(さ・え・ら書房刊)。17ヶ国語に翻訳され、ピーターパン賞をはじめ数々の文学賞を受賞したベストセラー児童文学だ。パキスタンの難民キャンプで、アフガニスタンの女性や少女に取材を重ね聞き取った話をもとに本原作を書き上げた。
⭐️ブレッドウイナーhttps://child-film.com/breadwinner/

家族を想うとき

敬愛する83歳のケン・ローチ監督が、2016年でカンヌ国際映画祭のパルムドールをとった『わたしは、ダニエル・ブレイク』で引退を表明していたのだが、その時の作品のリサーチの時に出会った人々に触発されて、作った作品。
父親のリッキーは、肉体労働をして来たけれどもなかなか定職が続かず転々と職を変えて来た。ふたりの子どもたちも大きくなりはじめ、一念発起してフランチャイズの運送業に転職をする。
母親のアビーは、パートタイムの介護福祉士として朝の7時半から夜の9時過ぎまで老人や障害者の家を周りながら働いている。
ふたりはなんとか家族のためにと一生懸命働いているのだけど、彼らの置かれている労働環境はあまりにも厳しく、一番大切な家族関係にさえも影響を及ぼしてゆく。
ケン・ローチ監督の作品は近年、格差社会をテーマにした作品や、労働者や社会の底辺で暮らす人々を描いた作品が続いている。
それは紛れもなく、現代の分断された社会に対する率直な提言に他ならない。
この映画を見て、泣かない人がいるだろうか?僕は、心のずっと奥の方から涙が流れた。
映画に描かれていたのは、紛れもなく僕の父や母の姿を思い起こさせたからだ。
一生忘れられない素晴らしい作品。
⭐️家族を想うときhttps://longride.jp/kazoku/

家で過ごす正月。

真ん中は、おかゆ。

正月料理の準備とその疲れとお酒の飲み過ぎで、正月二日目は一日中家でゆっくりと過ごしていた。
ベッドで目を覚ますと、横にKがいてスマホで何か映像を見ている。
その姿を見ながら、「ああ、隣にKがいて幸せだなぁ…」と思いながらまた眠りにつく。
途中起き出して昼ご飯、そして夜ご飯を食べて、昨日のお皿やグラスを片付けた。
夜になってふとKがベランダを走るネズミを発見した。
とても小さなネズミだったけど、どうやらベランダを荒らしていたのは、ハクビシンやカラスではなく、ネズミの仕業だったようだ。荒らすと言っても、穴を掘るか、ゴミ袋に穴を開ける程度。
子年にネズミがベランダにやってくるなんて、縁起が良さそう…などと思いながらも、なんだか気味が悪いのでネズミ駆除の装置を探して買い求めた。

あけまして ありがとう ございます 

午後3時ごろ、Kが家に帰ってきて、大急ぎで掃除をはじめた。
昨夜、友人たちが急に我が家に押しかけてくるという話になり、「おせち料理足りるかな…」と慌てた僕は、朝から鴨を解凍して鴨ロースを作ったりしていた。
1歳児を含む6人が我が家を訪れ、夜中までお酒を飲みながら楽しい一日になった。
おせち料理の準備や片付けを考えると、毎年本当に面倒だと思うけど、こうして人が我が家に集まり楽しんでくれてあるのを見ると、やっぱりよかったなぁと思うのだった。
あけまして ありがとう ございます
みなさまにとって、ワクワクすることが沢山起こる、楽しい一年になりますように。
今年もどうぞ、よろしくお願いいたします。

感動的な大晦日。

出汁巻

いくらとウニの炊き込みご飯

大晦日は、久しぶりに妹のようなGと一緒に和食をいただいた。今年一年、本当に色々なことがあって、ひとつひとつ振り返りながらまさに忘年会になった。
歌舞伎町のゴールデン街近くの緑道沿いにある『茶茶花』は、京料理の一軒家。
昔の蔵と古い家を改築したような作りも面白く、店内は暗めでとてもムーディーな感じ。日本家屋で京料理を出すことからか、外国人のお客さんにも人気のようだ。
お料理もどれも美味しく、東京でこんな京料理が味わえるなんて感動した。
その後、『紅白歌合戦』を見るために新宿二丁目の『Bridge』へ。
MISIAのトリでは、たなびくレインボーフラッグにウルっときてしまった。
おじいちゃんおばあちゃん、おじさんおばさんは、レインボーフラッグを見ても、「虹の旗だねえ…」と思うくらいかもしれないけど、ネットを見る若者には、レインボーフラッグの意味するものをどこかで目にするに違いない。
日本も、確実に少しずつ変わってきていると思える、感動的な紅白だった。
⭐️茶茶花
050-5868-5413
東京都新宿区歌舞伎町1-1-1
https://tabelog.com/tokyo/A1304/A130401/13004164/

お正月の準備。

新宿高島屋の行列。

今年は28日まで働いたから、お正月の準備は29日からの3日間、しかも、Kがいないから何もかも全てひとりでやらなくてはならない。
幸いざっくりと掃除はしていってくれたので、今日は、正月飾りを買って、お花を買って、おせちの材料の買い出しへ。
日本の正月にかける情熱は尋常ではなくて、デパ地下は買い出しに来た人々によって殺気立っていて、自分の欲しいお肉やお魚目指して、人を手でかき分けていく人すらいる。
忙しかった今年は簡素化したいと思いながらも、結局15品は作るのでだいたい一日5品のペースで、最後の三日間は買い出しとおせち料理作りに忙殺される。
毎年面倒に思いながらも、おせち料理を作っているのは、毎年新しい発見があるから。
おせち料理作りには、和食の全てが詰まっていると言われるだけあって、下ごしらえから火の入れ方まで、回を重ねるごとに掴めるコツがあるようだ。
僕がとりわけ苦手なのは、数の子の薄皮を取る作業。指の腹で優しく数の子を壊さないように薄皮を剥ぐのだけど、これも、キッチンペーパーで片側に寄せて、表裏をやってから細い方から剥いていくとむきやすいことに気づいた。
里芋を剥くのも苦手な作業。手がチクチクするし、あのヌメヌメも苦手。これは洗ってから一度乾燥させてから皮を剥くとあまりチクチクしないようだ。
生きた車海老を熱いお出汁の中にトングで浸す時も、あまりいい気がしないものだ。なるべく早く死んでくれるように上下を返す。
ドアの両側に松を二本飾って、玄関には水仙をいけた。今年のお花は台風の影響で南天があまり良くなく、結局千両にした。
大分から帰ってくるKとまた新しいお正月を迎えるために、ひとつひとつ丁寧におせち料理を作っている。

占い師のおねえちゃん。

商売繁盛している友人のお店に、よくあたる占い師が来るというので、見てもらいに行った。
事前に、僕の生年月日と戸籍上の名前と今現在使っている名前を送っておいた。(数年前に、再婚した母の戸籍に養子として入ったので、名前が2つある)
お店に入ると、その占い師『おねえちゃん』が立っていた。
おねえちゃん「今日はこれから女優さんが来るのよね?女優さんでしょ?その人」
僕「こんにちは。あのー、ある意味女優ですが…」
お店の友人が隣で爆笑している。
「そうそう。この人、女優。ほんとに女優だから」
おねえちゃん「え?女優さんが来ると出てたの…私、セージを炊いて、水晶玉の上に手を置いてら、女優さんだってはっきりとわかって…」
僕「女優です」
おねえちゃんは、1時間くらいかけて様々な話をしながら、「大丈夫。1月からずっと良くなるから。問題ないわ。それどころか、これから3年後が楽しみよ」と言った。
おねえちゃんはとぼけているように見えて、年末に入ってきた僕の大きなプロジェクトのこと、過去の問題など、いくつかをぴったりと言い当てていた。
おねえちゃんは、名前と生年月日とタロットで占いをするようだけど、僕の名前も生年月日も全部聞いた上で、『女優』だとわかったそうだ。なんでだろ?
そして驚いたことに…
おねえちゃん「わたし、昨日ここにピンクのマニキュアで来てたでしょ?でも、女優さんが赤だってわかって、マニキュアも赤にして、カバンも赤にして来たの」
僕が驚いたのは、僕が真っ赤なパンツを履いて、首元のマフラーも真っ赤だったから。
おねえちゃんは、1時間くらい色々なことをアドバイスしてくれて、またいつでも気軽に声かけてねと言ってくれた。
世界には、不思議な人がいるものだ。

お掃除のおばさん。

仕事納めの前日の26日に、クライアントから呼び出された。
当初、新しいプロジェクトを僕に任せたいというお話だったのだけれど、コピーライターと行ってみると、『オリエンテーション』だった。
ということは、年始に仕事が始まった週末には、なんらかの企画を持って行かねばならないということ。これって、年末年始の宿題を渡されたようなものなのだ。
しょうがないなあと思いながらも28日の土曜日に会社に行った。
150名近くいる僕の部署の人は誰一人いなくて、ちょこんと席に座って企画を考えはじめる。すると、トイレ掃除をしていた60歳くらいの掃除のおばさんが出てきた。
僕は、こんな日にまでお仕事をされていたおばさんに挨拶をしようと思い、近くに行って話しかけた。
「こんな日もお仕事だったんですね。おつかれさまです!」
おばさんは僕がいるのに驚いたようで、「今日もお仕事なんですか?大変ですねえ・・・」と言って僕を労い、それから少し立ち話をしたらおばさんは言った。
「良いお年をお迎えください」
「良いお年をお迎えください」
おばさんが少しうれしそうだったのは、普段、うちの会社で掃除をしていても、誰もおばさんと話をする人なんかいないからかもしれない。
僕はおじさんでもおばさんでも会うと「おつかれさまです」と挨拶をするのだけど、うちの会社ではおばさんと話している人をあまり見かけたことはない。
僕はおばさんを見ながら、母のことを思い出していた。
そして、掃除をしているおじさんと話す時は、どうしてだか父のことを思い出すのだった。