生活保護受給者やホームレス。

僕がまだ10代や20代で、ニューヨークにもしょっちゅう旅行をしていた頃、街にはたくさんのホームレスが溢れかえっていた。

地下鉄に乗っていると紙コップを持って小銭をもらえないかと言って来たり、街中でもホームレスがいたるところにいて座り込んでいたり、メッセージの書かれたボードを持っていたりした。

東京の街中にもホームレスはいて、渋谷の宮下公園や代々木公園なんかにはたくさん暮らしていたし、隅田川沿いにもブルーのビニールシートでできたテントが並んでいるのが当たり前の光景だった。

僕はその頃、「なんで働かないんだろう?」と思っていた。

でも今考えるとその頃の僕は、人々の表層的な部分しか見えていなかったのだ。

今、年を重ねて思うことは、人生には突然予期せぬ荒波が押し寄せたり、結婚生活が破綻したり、大切な家族をある日失ったり、突然仕事を解雇されたり、女手一つで子どもを育てなければならなくなったり、人にはそれぞれ様々な出来事や事情があるということ。

どんな状況にいる人でも、それぞれの人生がある中で生きているということ。

自分の物差しだけで決めつけることではなく、自分とは違う人たちのそれぞれの人生を想像し、敬うことがとても大切なのだと思う。

生活保護受給者も、ホームレスも、皆我々と等しく尊い生命である。生活保護を受ける権利があるし、ホームレスも守られる権利がある。

お金があろうがあるまいが、税金をいくら納めていようがいまいが、そんなものは関係なく皆等しく大切な生命なのだ。

イヴォンヌの逝去。

友人からのメールで、Iが亡くなったことを知った。

Iとは、新宿2丁目のぺんぺん草で、土曜日に会うことが多かった。

IはUという年下の恋人がいて、いつも一緒にこのぺんぺん草に30年以上飲みに来ていたようだ。

Iは今年の春に一度入院したのちに退院していたようだが、今週初めに吐血をして、そのまま病院に運ばれて帰らぬ人となった。

Iはフランス好きでフランスかぶれなところがあり、自分で自分のことをイヴォンヌと呼んでいた。

このブログにも何度か書き込みをしてくれていて、あの天然で情熱的なIと話すことももうないのかと思うととても淋しい。

Iはいつも僕に色々絡んできたのだけど、それもこれも沢山の愛情だったのだと思う。

僕が昔10年間付き合っていたMが亡くなったことがわかった時は、意気消沈する僕をやさしく慰めてくれたこともある。

あの大きな笑い声と、フランスかぶれのオネエ言葉を、もう二度と聞くことは出来なくなってしまったなんて、あまりにも淋しすぎる。

恋人のUにすぐにメールしたけど、今は時間が必要のようだけど、しばらくしたらまたぺんぺん草で会えそうな返信が来た。

人は亡くなるとどこにいくのだろう?

時々それは、その人が眠りに落ちてしまったようにも思える。

Iのやさしくて大きな笑い声を、僕はいつまでも忘れることはないだろう。

本人尋問。

「結婚の自由をすべての人へ」東京訴訟の次回の裁判期日は10月11日月曜日になっている。

この日に予定されているのは本人尋問で、僕やKなど原告7人と原告の家族1名が法廷で質問に答える尋問が行われる。

尋問とは、弁護士や裁判官の質問に正直に答えるもので、ドラマや映画で見たことがあるようなシーンだ。

その本人尋問に向けて、今は弁護士と原告の間で打ち合わせをしながら、当日の質問内容やそれに対する答えを考えているところで、今日もその打ち合わせを仕事の終わった後で行った。

僕たち原告は、裁判に証拠として陳述書というものを出している。この陳述書自体は非公開になっていることが多いのだけど、その中には物心ついた時からの苦悩や、学校や社会で味わってきたいじめや差別などが赤裸々に書かれている。

この陳述書を書き出すことも、我々原告にとってはとても辛い作業だったのだけど、今回の本人尋問に備えて、過去のことを正直にお話しすることも、あまり気持ちのいいものではなく、人によってはとても辛い過去を思い出すようなことになると思われる。

僕も、幼い頃に感じた痛みや悲しみを思い出し、打ち合わせをしながら胸が痛くなったのだ。

僕たちは、本来ならば感じなくてもいいような罪悪感を感じ続けながら生きていることを、今更ながら思い出した打ち合わせだった。

カッペリーニではなく、カペリーニ。

カペリーニというパスタをご存知だろうか?

フェデリーニよりも細くそうめんのようなパスタで、日本では冷製パスタなどで知られている。(ちなみに、冷製パスタというのは日本発祥でイタリアに逆輸入された食べ方)

このパスタ、なぜか「カッペリーニ」と「田舎っぺ」のように言われることが多いのだけど、これ実は「カペリーニ。もしくはカペッリー二」なのだ。

「Capelli」(カペッリ)というのが髪の毛の意味で、髪の毛のように細いパスタという語源から来ているとのこと。「Capellini」ならばカッペリーニではないですよね?エンジェルヘアと呼ばれるのもここからですね。

僕自身、夏場にそうめんを食べるように、時々このカペリーニが食べたくなるのは、その細い喉越しが美味しく感じられるからだろう。暑い時期にはお湯を沸かす以外には火を使わないのも嬉しいところ。

<ツナとプチトマトのカペリーニ 1人分>

ツナ缶80gくらい適当に。なくても良い
プチトマト6個から8個(2つか4つに切っておく)
にんにく半欠け(すりおろすかみじん切り)
ブラックオリーブ4つくらい(半分に切る)
ケーパー小さじ1
青唐辛子1/2(細かく刻む)好みで
バジル数枚(後から載せる)
レモン1/8絞る
オリーブオイル大さじ1と仕上げに大さじ1
塩3つまみ
胡椒たっぷり

1.レモンとバジル以外をボウルに入れてオリーブオイルを加えて混ぜておく。

2.カペリーニを表示時間よりも1分多めに茹でてザルのあげて氷水で締める。
3.カペリーニをボウルに少しずつ入れながら混ぜて、オリーブオイル大さじ1を加えながら全体を和える。(いっぺんに入れると麺だけくっついてしまう)
4.うず高く盛り付けて、バジルを載せ、レモン汁を絞る。

タコス。

タコスが好きなのだけど、熱海ではなかなか食べられないと思い、店で食べられないのならば作ればいいかと、トルティーヤを買ってきてタコスを作ってみた。

タコスはネットで調べてもなかなか本格的な美味しそうなレシピは載っておらず、ある程度独断で作ってみることに。

<トルティーヤ>
10枚くらいを金網やフライパンで温める。

<タコスの材料>
牛ひき肉300g(牛豚でも豚肉でも良いと思う)
にんにく1カケ
パプリカパウダー・クミンパウダー・エルブドプロヴァンス各小さじ1
レッドチリ小さじ1/2
塩小さじ1/2
胡椒適量

<タコスの作り方>
1.熱したフライパンに大さじ1のオリーブオイルを入れ、にんにくを弱火で炒め香りを出し、そこにひき肉を入れて炒める。
2.ひき肉に火が通ったら、すべての香辛料を入れて混ぜ合わせ香りを引き出し、塩胡椒を振って完成。(ここでめちゃくちゃいい匂いで食欲をそそること間違いなし)

<ワカモレの材料>
アボカド2個
玉ねぎ1/6
プチトマト3個
にんにく1かけ
パクチー3本くらい
塩少し
ライム半分

<ワカモレの作り方>
1.プチトマトは4分割くらいにしてボウルに入れる。
2.玉ねぎはみじん切りにして水につけてから絞り、ボウルに入れる。
3.にんにくはおろすかみじん切りにしてボウルに入れる。
4.アボカドを割って中身をボウルに出し、ライムを絞る(色止めのため)
5.アボカドをマッシャーやフォークなどでさっくりと潰す。ペーストのようにしないこと(あまり潰しすぎないように)
6.塩を振り入れたら全体を混ぜる。最後にパクチーをふんわりと混ぜて完成。

<ピコデガヨの材料>
プチトマト12個
玉ねぎ1/4
パクチー5本くらい
ライム半分
塩小さじ1/4
胡椒

<ピコデガヨの作り方>
1.玉ねぎはみじん切りにして水に晒して絞りボウルに入れる。
2.プチトマトを4分割くらいに切りボウルに入れる。
3.ライムを絞り、塩胡椒をして混ぜ合わせ、最後にパクチーも入れてさっくりと混ぜて完成。

トルティーヤを温めてお皿に載せる。タコスの材料をそれぞれを器に盛り、トルティーヤで包んで食べる。

トルティーヤにひき肉を載せて、ピコデガヨを載せる。または、ワカモレも載せてトルティーヤで食べやすく包んで頬張る。めちゃくちゃ美味しいのでぜひ!

オリンピック

僕は、東京オリンピックが行われて、アスリートにとってはとても良かったと思っている。

病院で勤めているKは、病床が逼迫していることをいつも気にしていて、オリンピックの開催も最後まで懐疑的だった。

オリンピックの開会式と閉会式を見て感じたことは、演出家による企画など全く必要なかったのではないかと言うこと。今回のオリンピック自体が非常事態下でやったのだから、凝った演出や企画など何も必要ないと思ったのだ。

聖火台に火が灯ることと、世界各国のアスリートたちが手を振りながら入場してくるだけで胸に迫るものがあったと思うし、戦いを終えたアスリートたちがリラックスして歩いているだけで、その勇姿を褒め称えたいと思えた。

逆に言うと、他のすべての演出はアスリートの前では霞んで見えたのだ。

アスリートたちの戦いを見ているだけで、演劇や音楽会に行っているような感動と興奮を味わうことができた。それもそのはず、人類は何千年もの間、劇場を作っては、人間同士の戦いを観戦してきたのだから。

Delfino

連休だったので伊豆高原の先の城ヶ崎海岸に行って泊まろうかと迷っていたのだけど、結局ホテルもいっぱいだったので諦めて、日帰りで行くことにした。

城ヶ崎海岸にある「Delfino」はワンちゃんOKのレストラン。「delfino」はイタリア語でイルカの意味。

伊豆高原は別荘が多いせいか、犬連れ可能なレストランやホテルがかなり充実している。

お料理自体は特筆すべきものはないのだけど、海と一緒にランチをとることができるだけでとても幸せだった。

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倒木。

僕の家の左隣は空き地で、大きな樹木が山のままの状態で残っている。

大木が何本もあって、椎木やどんぐりの木、コナラなどうちの庭と同じような樹木がそびえ立っっている。

先日雨が大量に降っている時に大きな雷が鳴ったような音がしたのでびっくりして外を見てみると、隣の空き地の大木の上の幹と枝が折れて、道路に崩れ落ちたようだった。


折れた幹の下半分はなんとか崩れずに他の木に寄りかかっているのだけど、よく見ると我が家から伸びている電線にもたれかかっているようだった。

この木の重さがこのままかかっていたら、いつかはこの電線も切れてしまうかもしれない。

「隣の空き地の茂みに入り込み、大木を斬り倒そうか?」と言う僕に、「茂みは背の高さ以上あるから蛇とかいるかもしれないし危険だよ。それに万が一間違って電線が切れちゃったらこの辺一帯停電になっちゃったりするかもしれないから危ないよ」とKが言う。

迷った挙句、不動産屋さんに相談したところ、電力会社に相談しましょうということになった。

山で暮らすことは、こんなトラブルもあるのだなあと、東京での暮らしとの違いを感じている。

つくつくぼうし。

毎日毎日蟬がよく鳴いている。

蟬は、朝早く鳴き始めるけど雨が降ると鳴かずに、少しでも止みそうになるとまた鳴き始める。

この頃は、蟬が道端で最後の命を振り絞り鳴きながら飛んでは落ちてくるのを見かけることもある。

散歩中にその蝉の声に海がびっくりして蝉に近づく。

ひぐらしで始まった蝉の声も、今は油蟬の中につくつくぼうしの声が聞こえ始めた。

ゆっくりと盛夏が過ぎてゆく。

デイサービス。

毎朝海の散歩をしていると、上の桜並木を歩いている時にデイサービスの車を何台も見かける。

熱海の周りには養護施設がとても多いのは、温暖な気候や美しい景色もさることながら、熱海市自体が日本の少し先をいったモデルと言われるように高齢者が多いことも関係しているのだろう。

僕はほぼ毎朝決まった時間に散歩に出るので、決まった時間に止まっているデイサービスの車に遭遇する。介護士さん(ヘルパーさん)は海と僕に挨拶をしてくれ、やがて白髪のおじいさんがおばあさんと一緒に玄関までやってくる。

そこでヘルパーさんがおばあさんの手を取りながら一段一段階段を下り、ゆっくりと助手席におばあさんを乗せる。おばあさんは85歳くらいだろうか?認知症を患っているのかほとんど表情はなく、しゃべることもない。

おじいさんも同じくらいだろうか?うちの父や母の世代に見えるけど、おじいさんはしっかりとしていて僕ともよく挨拶を交わすしおばあさんに話しかけながら笑っている姿を目にすることもある。

おじいさんとおばあさんの家はとてもモダンで、海を見渡せる高台に建っている。きっと朝と夕方は、おじいさんとおばあさんは二人でのんびりと美しい海を見ながら過ごしているのだと思う。

デイサービスのような仕事が普及して来ていてとてもありがたいと思う。おじいさん一人ではおばあさんを一日中面倒を見ることは、もはや不可能だろうから。

僕たちの暮らしの中に、こうしたデイサービスの風景があることは、かわいそうなことや悲しいことではなく、もはや当たり前の日常のシーンになって来たのだ。

若い頃は自分が年を取るなんてあまり実感がわかないものだったけど、誰でも同じように年をとる。

人生の最も後半に差し掛かった時に、貧富の差など関係なく、毎日を家族とともに穏やかに暮らしていけるように支え合える社会になることがとても大切だと思う。