グァバの木

ゴミを出す時にふと気づいたのだけど、家の倉庫の横にある名も知らぬ木に実がなっていた。

アプリで写真を撮り調べてみると「グァバ」の実だとわかった。

倉庫の脇であまり日も当たらず、西日だけ当たるような環境なのによくも実をつけたものだ。

かなり大きくて移植出来るかわからないけど、実が落ちた後に移植してあげよう。

もっともっと陽のあたる場所を探して、枝を思いっきり伸ばさせてあげよう。

パンク

海をドッグランに連れて来て、買い物をして帰ろうと思って走り出してしばらくすると、車の下で変な音が鳴っていた。

K「あれ?パンクしたかも…」

助手席にいた僕が降りて行きタイヤを確認すると、右前輪のタイヤが潰れていた。

急なアクシデントにどうしようか…と思いながら、近くのガソリンスタンドを探すことにした。

Kが少し不安そうにどうしたものかと焦っているのがわかる。

僕はマップでいくつかのサービスステーションを探して一番近い1.8キロくらい先までノロノロ運転で行こうと提案する。

K「パンクの時はタイヤが傷むから走らない方がいいと思う…ここでスペアのタイヤに交換しよう」

僕「この車でタイヤ交換したことないし、SSまだ行こうよ」

そこで僕がノロノロ運転しながらSSに着いた。Kは炎天下の中海を連れ出して近くの日陰を散歩してくれている。

SS「これは、結構大きな穴が奥側に空いてるみたいですね…それに外車だから、このタイヤ道具がないと外せませんね…」

僕「え?じゃあどこに行けばいいですかね?」

SS「近くにタイヤ屋さんがあるから、電話してから行ってみたらどうですか?」

僕がタイヤ屋さんに電話して、彼らも動かなかったのでまたノロノロ運転で持って行くと、車に積んであった器具を駆使しながらやっとのことでタイヤを取り外すことが出来た。

ワーゲンは盗難防止のためなのか、タイヤを外すのにかなり時間がかかるように細工されているようなのだ。

あのまま炎天下の中、海を待たせて僕たちだけでタイヤ交換をしようとしても出来なかったと思った。

そうかといって、JAFを読んだら、きっと莫大なお金を請求されるに違いない。それに宮古島にJAFなんかないかもしれない。

Kは几帳面で真面目な性格なので、アカシデントがあると焦りと緊張でピリピリしてしまう。

僕は、「どうしようか…どうにかなるんじゃないかな…何か手を探さなきゃ…」と、頼りないながらもあまり焦るタイプではないようだ。

2人で暮らしていると、色々な違いに気付かされ、またそんな違いをお互いが補い合いながらなんとか毎日うまくやっているということに気づく。

タイヤを交換してもらって無事に家に着くと、Kは安心したのか顔が大きく緩んだ。

その顔を見て、僕もよかったと心底思ったのだった。

家の周りの風景。

海を散歩しながら毎日眺める風景は、空が大きい。

宮古島は珊瑚礁が隆起して出来上がった島で、山もなく高い建物もないため、空を遮るものが少ない。

サトウキビ畑は2月頃に刈り取られたはずなのに、その後のサトウキビがすくすく育ち、背丈も僕よりも大きくなってきている。

カボチャの収穫も随分前に終わり、葉タバコは収穫が終わったのか刈り取られ、ビニールハウスの中は今ではマンゴーが最盛期を迎えている。

ゴルフ場の芝生のように綺麗な草地があると、除草剤も撒かれていないのかと思い海を連れて中に入ることがあるけど、そんな草地もある日いきなり刈り取られていて、写真のように現代美術の展示のようになっていた。

変わらないようでいて、季節の中で変わっていく風景を、海と一緒に毎日眺めている。

今年の初泳ぎ。

梅雨明けから気づいたら一週間たったので、海に泳ぎに行くことにした。

宮古島に引っ越してきてから、家からは遠くに海が見えるし、散歩でも海を見ていたからか、特に海に遊びに行くという感覚がなくなってしまった。

海はいつもすぐそばにあるし、いつでも思い立った時に行けるのだ。

うちの海は泳ぎがあまり好きではないらしく、小さな頃から何度か海やプールに連れて来ているのだけど、楽しそうに泳ぐというよりも、僕たちに助けを求めて犬かきをしている感じだ。

その一生懸命な姿を見ていると、たまらなくかわいい。

今年もまたこうしてKと海と3人で過ごす夏がはじまった。

オスロのゲイバー 銃撃事件。

ノルウェーの首都オスロの広場にある最大のゲイバーが何者かによって銃撃され、2人死亡14人が病院に運ばれた。

犯人はイラン系ノルウェー人ということだけど、LGBTQ+に対するヘイトクライムなのかは不明。

6月25日はオスロでパレードが予定されていたようだけど中止になったとニュースで知った。

そんな事件があったにも関わらず沢山の人々が広場に押しかけ、手には虹色の旗がはためいている。

ニューヨークでは1969年6月28日に、警察官による抑圧と暴力に対して反旗を翻した「ストーンウォール事件」があり、その翌年6月にゲイ解放を訴えるプライドパレードが起こったのだった。

ホモフォビアやトランスフォビアは未だに世界中あちこちに蔓延り、ヘイトクライムは今も繰り返されている。

それでもまた虹色の旗を持ち立ち上がる人々。
僕はそんな彼らの仲間でありたい。

マリフォー国会メーター

大切な参議院選挙の時期になった。

はじめて沖縄で迎える選挙にあたり、候補者の討論会などを探して見てみる。

でも、一番気になることは、その人が「同性婚」に対してどのような姿勢を表しているかということ。

「同性婚」に反対であれば、どんなにいいことを言っていても、候補にはならない。

反対であれば、その反対の理由を聞かせて欲しいものだ。

それはもしかしたら、なんとなく気持ち悪いとか、自分の周りにいないからとか、結婚は男女のものだからとか、様々な理由なのかもしれない。

でも、恐らくその多くが、きちんとした知識がないからだと思う。

「同性婚」が人権問題であることを理解出来れば、反対などという意見にはならないと思うのだ。

僕たちが原告として闘っている「結婚の自由をすべての人に」訴訟は、Marriage for All Japan(マリフォー)という団体が支えている。

そのマリフォーから、「マリフォー国会メーター」が今日立ち上がった。

これを見たら、候補者の「同性婚」に対する姿勢がわかる。

◯マリフォー国会メーターhttps://meter.marriageforall.jp/

大嶽城址公園

家のそばに自衛隊の宿舎があって、その先に航空自衛隊の基地がある。

その辺りは小高い丘になっていて、大嶽城址公園という公園があって、昔はお城になっていたようだ。

昼間は32℃くらいに上がりあまりにも暑いので、海の散歩には夕方まで待つことになる。

今日はその大嶽城址公園まではじめて出かけてみた。

大嶽城址公園には人が誰もいなくて、遠くの海が見渡せた。

芝生の手入れは行き届いていて、海を散歩するにはもってこい。

誰もいないのをいいことに、海を解放して、ひとしきり走り回らせた。

宮古島にはこんな風に、観光とは全く関係ない大きな緑地の公園が所どころにあって、子どもを連れた家族連れにとってはとてもありがたいと思う。

僕たちも海も、この公園をすっかり気に入ってしまった。

裸バスケ。

Kと一緒に海を連れていつもの平良にあるドッグランに行った。

ランには他の犬はいなかったので走り回る海を眺めていたのだ。

すると、隣りのバスケットコートに大学生くらいの男の子が一人でシュートをしているのが見えた。

朝とはいえ外気はぐんぐん上がり続け、30度近くになっていただろうか。

ふとバスケットコートを見ると、男の子はTシャツを脱ぎ始めた。

首が抜けずにいる身体は日に焼けていて、無駄な贅肉がなく腹筋がきれいに割れている。

僕は男の子から目が離せなくなり、シュートの練習をする姿を悪いとは思いながらもチラチラ見ていた。

胸もしっかりあって、顔は宮古島の人ではなく移住者のように見えた。

日差しが容赦なく照り付けて、日に焼けた筋肉を太陽が照らしていた。

性的指向というのは、変えることなんか出来ないのだ。

今はもう53歳になるのに、物心ついた時から僕は何も変わっていない。

そして、そんな生命の内側からくる本能的な欲望を、とてもうれしく感じられた。

枝の伐採と雑草取り。

庭がある程度広いので、放っておくとあっという間に雑草や木々の枝が茂りすぎてしまう。

Kは庭のこうした乱れが我慢できないようで、このところ毎日雑草取りに精を出している。

先日Kが一生懸命やっている雑草取りを僕が全然手伝わないので、Kが怒ったのだった。

「なんで一緒にやってくれないの?!」

怒られた僕は平謝りで、その翌日から庭の計画表を作り、朝から2人で庭の清掃をすることにした。

Kは雑草取りで僕は樹木の枝の伐採。

僕が雑草取りをやろうと言ったのだけど、僕の大雑把な性格を知っているKはそうさせてくれなかった。

雑草取りは地道な作業で、草の根元からきちんと引き抜かなければすぐに雑草は生えてきてしまう。

僕は飽きっぽいから、抜けない草があるとすぐに諦めて切ってしまうから、Kはそんな一部始終を見ていて許せないのだと思う。

汗だくになりながら茂ったツツジを剪定して、裏の藪椿を切り、犬槇の枝をノコギリで切り落とした。

風が通るようになった庭を見ながら、心地いい達成感を味わったのだった。

大阪訴訟の判決。

僕たちが原告として国と争っている裁判「結婚の自由をすべての人に」訴訟の大阪地裁による判決が今日の14時に言い渡された。

僕もKも今か今かとヤキモキしながらツイッターなどの情報を探し続けたのだけど、請求が棄却された後、全て合憲との判断が下り打ちのめされた。

「同性カップルと異性カップルの享受し得る利益の差異は相当程度解消ないし緩和されつつあることをも踏まえると、現状の差異が憲法14 条1項の許容する立法裁量の範囲を超えたものであるとは直ちには認められない。仮にその差異の程度が小さくないとしても、その差異は、既に述べたように、本件諸規定の下においても、婚姻類似の制度やその他の個別的な立法上の手当てをすることによって更に緩和することも可能であることからすると、国 会に与えられた裁量権に照らし、そのような区別に直ちに合理的な根拠が認められないことにはならない。」

「同性カップルと異性カップルの享受し得る利益の差異は相当程度解消ないし緩和されつつあることをも踏まえると・・・」

え???何?
一体どこで、いつ、何が解消されたの???

この文章を読むと、3年4ヶ月かけて裁判所で原告が証言してきたことを、裁判官は何も聞いていなかったのか、あるいは未だに性的少数者の置かれている状況に関して全く無知なのかと思い愕然とした。

「国民的な議論が尽くされていない」

については、裁判官が司法の責任を取らず言い逃れをしているようにしか思えない。自分たちの役目である司法の判断をせずに、国に丸投げしたということだ。一体なんのための裁判所なのだろうか?

裁判所には、これは一刻を争う「人権問題」であることを認識して欲しい。

僕たちは、打ちのめされても叩きのめされても何度でも立ち上がる。
勝つまで、とことん闘い続ける。
絶対に絶対に絶対に、負けない。