アメリカにおける同性婚。

アメリカの同性婚までの歴史を調べていたところ・・・
1952年、 アメリカ精神医学会は、ホモセクシュアリティーを精神障害と認定。1953年、アイゼンハワー大統領は、セキュリティー・リスクを理由に連邦政府施設でのゲイ雇用を禁止。
これって、そんなに前のことではない気がする・・・この時代のアメリカに僕が生まれていたら、酷い生活を強いられていたことだろう。
1969年6月28日のストーンウォールの反乱から、AIDSなどさまざまな時代があって・・・
2016年6月26日にアメリカで同性婚が認められるまでには、47年くらいかかっていることになる。
2016年6月の裁判では、アメリカの連邦最高裁判所の9人の判事のうち、5人が認め、4人が反対だった。これにより全米で同性婚が合法化したのだけど、この比率を見る限り、かなり危なかったのだと思う。
以下は、Anthony Kennedy判事による一文。これを読んで、僕は胸が熱くなった。
人と人のさまざまな結びつきの中で、結婚以上に深い結びつきがあろうか。なぜなら結婚とは、最も崇高な愛、忠誠、献身、自分を犠牲にしてでも守りたい気持ちを含んでおり、家族を抱くことだ。婚姻関係を結ぶことで、二人の個人は、いままでの自分をはるかに超えて深みのある人間になる。


今回の訴訟の申立人たちは、たとえ死が二人を分かつとしても、なお途切れない愛情が、結婚にはあると証明している。ゆえに、申立人たちが結婚という営みを軽視しているとするのは、大きな誤解である。彼らの申し立ては、結婚という営みの意味を尊重しているがためであり、だからこそ、自らもそれを成し得んとしているのである。


申立人たちが望むのは、非難され、孤独のうちに生涯を終えることのないこと。また、古い体制や思想のために社会から排除されることなく、生を全うできることである。法の下に、平等なる尊厳を求めているのである。憲法は、彼らにもその権利を付与している。よって当法廷は、第六巡回区控訴裁の判断を破棄する。


上記のとおり命令する。

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