お義父さんの人生。

久しぶりに、銀座で母と親子水入らずでランチをした。母とふたりきりだったので、珍しくお義父さんの話になった。
父と母は、僕が小学校を出ると別居をし、高校を出ると離婚した。
母と僕はずっと一緒に暮らしていたので、僕が会社に入って何年かしてから一人暮らしをはじめると、とても寂しそうだった。
その後、数年はずっと一人でいたのだけど、しばらくして再婚した。
お義父さんは、母よりも4歳年上で、郵便局で働いていたそうだ。人生が博打のようだった父とはまるで正反対の、穏やかな人だった。
今の母は、お義父さんと結婚して、とても幸せそうに見える。
母「あの人ね、私と結婚して数年してから、こんなこと言ったのよ。
タロウさん(僕の兄)に何かあったら、私がタロウさんの子ども、3人ともすべて面倒見ますから。」
僕「へー、やさしいね。
お義父さん、子どもがいなかったから、孫が出来てうれしそうだったもんねー
兄貴に何かあったら、僕が子どもの面倒みるよ」
母「そんなこと、普通の人は簡単に言えないと思うの。やさしい人なのよ」
お義父さんはいつも穏やかで、怒ったところなど見たことないような人だ。とてもつましい人で、新しい洋服を買うこともないし、それでいて僕たちが遊びに行くと言うと、お寿司を取ったり、もてなそうとしてくれる。
僕はそんなお義父さんが、いったいどんな人生を送ってきたのだろうかと想像することがある。
前妻との間には、結局子どもには恵まれずに仲良く暮らしていたのだけど、50代になってから奥さんの脳腫瘍が見つかったそうだ。
脳腫瘍は、はじめのうち手術をすれば無くなったかのように見えけど、そのうちに取っても取っても次から次へと他のところに見つかり、最後にはもう、手術を諦めざるをえなくなったそうだ。
そして、お義父さんは意を決して会社を辞めて、奥さんを家に戻し、ほとんどつきっきりの介護をしたのだ。そして2年間の介護の後、奥さんは亡くなった。
お義父さんは、奥さんを亡くした後、静かに余生を送っていたのだけど、ある日、縁があったのか僕の母と出逢ったそうだ。
穏やかに、平々凡々と生きてきたように見えるお義父さんの人生にも、僕の知らない激動の時代があったのだった。
会社を辞めて、奥さんの介護に踏み切ったお義父さんを、とても強くやさしい人だと思う。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です