さようなら、思い出のアルバム。

僕には、ずっと長い間、開けることが出来ずにいた思い出のアルバムがある。
それは、僕が29歳から39歳までの10年間をつきあったNとの思い出のアルバム。世界各国、日本のいたるところに旅行をしたので、大きな段ボール一箱分に写真が詰まっていた。(その頃は、スマホの時代ではなかったので、デジカメで撮った写真を引き延ばして、大切にアルバムにしまっていたのだ)
Nとは、沢山話し合った後に、別れることになり、その後、Nとは敢えて会わないようになり数年が過ぎた後に、Nは一昨年、帰らぬ人となったのだった。
Nとの10年間は、沢山ケンカもしたし、散々泣かされたこともあったのだけど、僕の人生の中で、間違いなく一番幸福な10年間だったのだと思う。
今回この家に引っ越しする時に、このアルバム一箱をいったいどうしたものかと、整理整頓の本を書いている友人に相談したのだった。
すると、「彼との一番思い出深い写真を一枚か数枚残して、あとはすべて捨ててしまうように」というアドバイスをもらった。
それでも、いざ段ボールを見ると、Nとはもはや会うことが出来なくなってしまった上に、僕たちの幸福だった10年間が何もかもなくなってしまうような気がして、どうしても捨てることが出来ずに玄関に置いたままになっていたのだった。
この家に引っ越して半年が過ぎるというのに、一向に玄関の大きな段ボールだけが手つかずのまま、Kは僕の心を察してか、その段ボールには触れずにいた。
そして先日、久しぶりに和歌山に行き、Nのお墓参りを済ませ、僕もようやく決心がついたのだった。
「Nとの思い出のアルバムを、手放そう」
僕が段ボールを開けて、アルバムを開くと、きっと泣き出してしまいそうだったので、Kに頼んで、アルバムを1つ1つ外して、捨ててもらうようにお願いした。
Kは、僕のいない時を見計らって、1つ1つのアルバムを分けて、気づいたら僕の目に触れぬように、処分する袋に入って玄関の外に置いてあった。
そうやって、そのアルバムを、ようやく僕は手放すことが出来たのだ。
僕とNとの幸福だった日々を、誰かに証明するものは、もうなくなってしまったのだけれども、世界中の様々な町で体験した思い出は、いつまでも僕の中にある。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です