押入れの奥のダンボール箱。

寝室の押入れの奥には、大きなダンボール箱がそっと眠っている。
中には、僕が10年間つきあった前の恋人Nとの旅行や、ふたりで過ごした日々の膨大な写真のアルバムが詰まっている。
何度も行ったふたりの愛するイタリア各地の写真、スペインのお城を泊り歩いた写真、パリやニューヨークにも何度も行ったっけ。パリやバルセロナやフィレンツェで迎えた年明け、京都の割烹の写真、福岡の寿司屋さん、能登半島のドライブ…
7年前にNと別れてから、僕は何度もこのアルバムを処分しようか迷いながら、結局は押入れの奥にそっとしまったまま、中を覗き込むことはなかった。
昔よくNは、「俺が死ぬ時は、このアルバムを一緒に棺桶の中に入れてくれ。俺はそれで十分幸福だから…」と何度も僕に言っていた。
Nには奥さんがいて、Nはそれでも僕の家にほとんど寝泊まりしながら、僕に惨めな思いをさせないように、精一杯努力をし続けてくれていた。
N「お前にだけは、日陰者のような思いをさせたくないから。お前は、俺と結婚したんだから。この先も、ずっとずっと一緒だから…」
僕の母が入院した時は、手作りのお弁当を持って来てくれた。
風邪をひいて高熱で僕が会社を休むと、自分の仕事なんかほっぽらかして車で僕を迎えに来て、自分のかかりつけのお医者さんに連れて行ってくれた…。
太陽のようなあの笑顔を、もう二度と見れなくなる日がこんなに早く来るなんて、思っても見なかった。
やさしい顔に触れることも出来ず、大きな身体にハグしてもらうことも、もう叶わなくなってしまった。
僕の人生の中で、あんなに誰かに愛されて、あんなに完全にひとりの人を愛していた10年間はなかった。そしてそれは、Nも同じ気持ちでいてくれたと思う。
あまりにも勝手な言い方だけど、Nが目を閉じる時に、僕と過ごした幸福な時間を、どうか一瞬でも思い出していてくれていたらと願う。
ありがとう。N
またね。
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