桜の木の下のふき。

赤坂の駅を出て、行きつけの美容院に向かって歩きながら、ふと向かいの土手の大きな桜が目に入った。その桜の下には、ふきのとうが出て、やがてふきが生い茂る。
16年間ずっと僕の髪を切ってくれていた美容師さんは、毎年その桜の下にふきを摘みに行っては、きゃらぶきを作って僕におすそ分けをしてくれた。(そのきゃらぶきはとても味が濃くて、しょっぱかったのだけど…)
美容院に入ると、今は僕の髪を切ってくれる若い女の子が言った。
「T先生が亡くなられて、ちょうど一年経ちましたね…」
「それにしても、T先生、いったい何歳だったんでしょうね…?私たちには本当の年を教えてくれなかったから…」
僕たちよりも昔のゲイは、源氏名を使う人も多く、身元を明かさずに生きて来た人たちが多かったのだ。
ゲイの友人と知り合い仲良くなって、ふと暫く会わなくなって、会いたいと思っても、誰もその人の本名も住所もわからない…といったことはよくあることだった。
Tさんは亡くなった後、お兄さんや甥っ子さんが遺体を引き取りに来られて、ひっそりと葬儀も済ませられた。
一緒に暮らしていた若い恋人は、葬儀にも出られず、家を追われ、まるで存在しないかのように扱われた。
亡くなったことを聞いた僕たちは、お墓を聞いて、せめて御線香をあげに行きたいと思って親族に問い合わせたのだけど、どうか、そっとしておいてくださいという返事が返って来た。
Tさんのようなゲイは、この国でもたくさんいるのではないかと思う。親族には理解されないため、ゲイの友人などもまるでいなかったように扱われてしまう…。
友人たちが葬儀に来ることもなく、ひっそりと埋葬されたTさんのことを思いながら、桜の下のふきのとうに向かって、そっと手を合わせた。
「僕たち、みんな同じなのにな…」と。
★僕の美容師さんhttp://jingumae.petit.cc/banana/2169693
★もしもの時にhttp://jingumae.petit.cc/banana/2174483
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