報復。

僕は小さな頃、空手を習わされていた。
父は柔道3段、空手2段、剣道初段、合気道初段だった。文武両道という言葉を小さな頃から僕たちに唱え、いくら自分が正しくても、自分を守る力がなければ生きてゆくことは難しいと教えていた。
兄は空手で2段まで取ったのだけど、僕は空手をこっそりとさぼってばかりいた。
僕が、武道も格闘技も好きになれなかったのは、(僕が1000%ゲイであるから…というわけではなく)今思うと、人と人がぶつかり合う音が好きになれなかったからだと思う。
中学校からは父と母は別居していて僕は母と暮らしていたのだけど、時々父は、僕の空手道場に車で迎えに来ることがあった。
車の中で父と過ごす時間は、思春期で離れかけた僕の心をなんとか父が取り戻そうとするかのように感じられることもあった。
いつか父が迎えに来た帰り道に、僕は父に聞いたことがある。
「お父さん、僕がもし、誘拐されたらどうする?」
「お前が世界のどこにいても、必ず助けに行くよ」
「じゃあ、お父さん、僕がもし、誰かに殺されたらどうするの?」すると、父は答えた。
「どんなことがあってもその人を見つけ出して、お父さんはその人を殺すと思う…」
そんな父の言葉を聞いて、僕は震えるほど恐かったのを憶えている。
家族を守り、まわりの人にやさしくあるためには、強さが必要だと父に教えられたはずなのに、僕自身はどうやら弱い人間のまま大人になってしまった。
それでもいま願うことは、世界で起きている憎しみによる報復の連鎖が、一日も早くなくなりますようにということだ。

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