経年愛化。

長く人とつきあっていくと、自分も年をとるし、相手も年をとっていく。
僕が29歳でつきあい出した人は、僕の6歳年上で当時35歳。
その後10年間つきあったので僕が39歳で彼が45歳の時までつきあったことになる。今、僕は、別れた頃の彼の年45歳になっている。
日々ともに生きているとなかなか気がつかないことだけど、ふとした時に、相手が年をとったことを感じる瞬間が何度もあった。
年齢はハッキリと身体や機能に表れる。肌や、髪の毛や、筋肉や、シミや、視力や、食べる量や、睡眠や、精力…それこそ何もかも。
年をとるのはお互い様だけど、もしかしたら年下が年上に対して感じることの方が多いかもしれない…。
若くて美しい顔や筋肉質な身体は、僕にとってもいつまでも欲望の対象だし、この憧れは自分が80歳になっても変わることは無いと思う。
でも実は、つきあってきたからこそのギフトというか宝物のようなものがある。
相手が年をとっていくことと、一緒につきあってきた山あり谷ありの歳月は重なり、『月日の経ったことを感じる身体的な部分を見ても、それを愛おしく感じることが出来る』ことだ。
昔、僕がつきあった人のことを考えていたら、愛おしさまでもそっくり思い出してしまった。
一緒に生きて、月日を重ねてゆくことって、いいものですね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です