TO RUSSIA, WITH LOVE

ショーン・ペンが演じた、ハーヴェイ・ミルクの映画『ミルク』をご覧になっただろうか?
ハーヴェイ・ミルクが、その生命を賭して成しえたことはいくつもあるけど、僕が心揺さぶられた出来事は、田舎町に住む車椅子のゲイの青年が、家族の理解も得られず、周りのホモフォビアに耐えることも出来なくなり自殺を考えていた時に、ハーヴェイに電話をして、ハーヴェイと話せたことによって彼の命が救われたことだ。世界には未だに、どれだけ多くの彼のようなLGBTの人々が存在しているのかと思い、涙がにじんだのを覚えている。
同性婚が世界で少しずつ認められて来たことはとても嬉しいことだけど、世界では未だにホモフォビアとの戦いが続いている。ロシアでは、『同性愛宣伝禁止法』が可決された。http://jp.wsj.com/article/SB10001424127887323451804578643111991560512.html
昨年の冬に、『プライド(The Pride)』という芝居が日本でも上演され、僕も観に行ったのだけど、その『プライド』の出演者が、ロンドンでのリバイバル公演のカーテンコールでプーチン政権に抗議したということを、友人のSNSのつぶやきで知ったhttp://goo.gl/J70Upi ウオッカを垂れ流す行為もニューヨークで激しく行われていたけど、憎しみに対して、愛で呼びかけている姿に強く心を動かされた。
また、『プライド』の作者 アレクシ・ケイ・キャンベル が、インディペンデント紙に寄稿したのが以下の長文です。
偏見と闘うゲイ・プライド
──いよいよ勝利へ
アレクシ・ケイ・キャンベル
──2013年8月7日付 The Independent 紙
先月、ジェイミー・ロイドから電話があり、彼が今シーズン、トラファルガー・スタジオで演出を手がける3本目の作品として、『プライド』の再演を決めたと知らされたとき、これ以上のよろこびはなかった。わたしたち二人がロイヤル・コート・シアターで初演に取り組んでから5年が経ち、その5年間、わたしは幸運なことに、この戯曲が世界を旅し、何度も生まれ変わる姿を見守ることができた──ニューヨークから東京へ、ストックホルムからシドニーへ。そしていま、作品が帰郷を果たそうとしている。おりしも同性婚容認への運動が大きな展開を見せたばかりであり、完璧なタイミングでの上演ではないだろうか。
数年前に誰が考えただろう?──まさか同性婚が可能になるとは。同性で愛し合う二人の人間が、法的にも社会的にも、ヘテロセクシュアルな結びつきと完全に平等な関係を認められるとは。そしてわたしは、たいへん意義ある闘いに勝利がもたらされたことを悟った──この勝利によって宣言されたのだ、同性カップルの関係は、ストレートの友人たちが享受する関係と同じく大切なもの、正当なもの、神聖不可侵なものである、と。これは大きな前進の瞬間であり、その意義をあなどることはできない。一種の革命であり、世界の他の地域が目指すべき方向を示したのだ。
けれども、かなしいかな、多くの国々はこのあとに続くことにそれほど熱心ではない。こちらの状況が前進しているのとは裏腹に、他の国々では暗黒の力がますます幅を利かせている──ロシアのウラジーミル・プーチン政権は最近、いわゆる伝統的なセックスを除く性的関係の「宣伝」を、違法とする法律を発効させた。言い換えれば、アートやメディアにおいて同性愛の関係をポジティブに描けば、法に反することになるのだ。
カメルーンでは、ゲイ人権活動家エリック・オヘナ・ランバンブが、自分の信念を貫き通したことから残忍な拷問を受け、殺害された。グルジアでは、首都トビリシで初めてのゲイ・パレードに参加しようとした勇敢な数名が、いきり立った何千人もの男たちに取り囲まれたため、現場から護送せざるをえないという事態があった。
また、世界のイスラム諸国でも、同性愛は道徳に反するものとされ、嫌悪され、おそろしい刑罰を加えられる。こうした現状から思い出されるのは、最近この国で起きた出来事が一つの戦闘での勝利を意味したとしても、ホモフォビアをめぐる戦争はまだまだ終わらない、ということだ。そんなことを考えながら思い出した──わたしはそもそも何に駆り立てられ、『プライド』という劇を書いたのか。
それはおよそこういうことだ。「お前のような人間はまちがっている、お前たちのように愛し合うことはまちがっている」──そうたびたび言い聞かされる世の中で、自分を信じることはあまりにも難しい。いま映像で、トビリシで猛り狂う群衆が護送車を取り囲む様子を見ながら、ホモフォビアのルーツとは何なのか、なぜここまで根深いものなのかを問い直してみる。きっと答えはたくさんある──あの男たちの多くは、心のなかに隠しもった同性愛的志向におびえているのかもしれない。自分たちが女々しいと見なす者たちのせいで集団が弱体化することをおそれているのかもしれない。理解の及ばないものを憎悪しているのかもしれない。あるいは、それらが組み合わさった結果なのかもしれない。
とはいえ、ホモフォビアが世界に絶えず蔓延してきた理由が何であれ、冷静に考えてみるといい。そのことがゲイの人々に対し──彼らの自己意識に、彼らのアイデンティティと自信に対し──どんな影響を及ぼしたか。わたしがこの戯曲で掘り下げようと思ったのは、主にそういうことだ──人が成長し、自分を根源的に知ろうとするとき、どんなくびきを捨て去らなければならないのか、同性愛の女性・男性は何世代にも渡り、本当の意味で自分に対するプライドを手に入れるため、どれほどの苦しみを味わい、どんな闘いをくり広げてきたのか。
というのも、わたし自身、人生を振り返ってみると、もっとも記憶に残っているのは、自分が何者であるかを告げる声が聞こえてくる感覚なのだ。それはわたしのことなど何ひとつ知らない者たちの声だった。また、わたしは本当のアイデンティティを隠すことができるようになった。80年代のギリシャの学校で、わたしは即座に知ったのだ──ゲイであるとはすなわち、からかわれ、あざけられることだ、と。のちに、十代のわたしは映画に夢中になった。そこで次から次へと目にしたのは、ゲイのネガティブなステレオタイプ、つまり最後に命を落とすか、もしくは無惨な運命に追い込まれるような人物ばかりだった(この歴史については、1995年に発表されたドキュメンタリー映画『セルロイド・クローゼット』で見事につづられている)。やがて、恐怖に鼓動を高鳴らせながらも、わたしははじめて、ある小説のなかにゲイの性交渉の描写を見つけた──別荘に誰かが置き忘れた怪奇小説だった──二人の男が罪悪感と羞恥心のうちに愛し合い、やがてネズミに蝕まれる、というものだ。当時13歳、自分の気持ちとセクシュアリティを何とか受け入れようとしていた身にとって、この物語が示すところは明らかだった──「お前はろくでもない人間だ、お前は幸せや愛のない人生を送るしかないのだ。」
そういった文化的圧力と、ゲイ・アイデンティティが長年に渡ってこうむってきた影響について考え始めたそのとき、わたしはこの戯曲の形式と構造を思いついた──三人の人物が二つの異なる時代(1950年代と現代)に存在し、各時代で幅を利かせている社会の力が彼らのあり方に影響を及ぼしている。このメタファーを中心に据えることにより、ゲイであるとはどういうことか、”性の革命”と前後する二つの時代で比較、対照してみようと考えた。そして同時に、二つの時代につながりがあることをほのめかし、登場人物の一人のあり方が前の時代の自分から直接影響を受けていることを暗に描こうとした──つまり、現代における彼のふるまいが多くの場合、過去の自分が社会から受けた影響に対するリアクションとなっているのだ。この形式を戯曲に与えたおかげで、個人的事象と歴史的事象が、ゲイ・アイデンティティという文脈のなかで世代を超え、いかにつながっているか、その点を存分に掘り下げることができ、また、個々の人間は自分の生まれてきた社会とどうつながっているのか、その面を掘り起こすことができると思った。人は自分より前に生きた人々から何を受け継いでいるのか、ということだ。また、その探求を詩的で暗示的なもの、想像力に働きかけるものとすることができた。
そしていま、ジェイミー・ロイドが、今回の再演に出演する四人の並外れた俳優たち──ヘイリー・アトウェル、ハリー・ハッデン=ペイトン、マシュー・ホーン、アル・ウィーヴァー──と稽古に取り組むのを見守りながら、そもそもどういうわけでこの劇を書いたのか、わたしは原点に立ち戻ってみる。考えられるのはこれだけだ──わたしは英雄という柄ではないし、そうであったこともない。すこしは勇気の要ることもやってみた──20歳のとき、家族に対し、自分もそういう人間だとカミングアウトした──そして、自分は何者なのか、自分を突き動かすものは何なのか、日々理解を深めようとしてきた。けれどもわたしは、潮の流れに立ち向かい、憎悪に満ちた人々を相手に闘うことができるような、あの勇敢さをもった人間ではない──わたしはエリック・オヘナ・ランバンブではない。それでもたぶん、勇気が足りないと知っているからこそ、劇を書くことで、ランバンブほどではないにせよ、人々のために自分なりの貢献を果たそうという意欲をもち続けることができたのだ。それがどの国の人々であろうと、どの世代の人々であろうとだ。
この戯曲のなかで、登場人物の一人がゲイ・プライドについてこう語る。「教えてよ、あれってデモンストレーション、セレブレーション、それともファッション・ショー?」わたしはこう答えよう──いまでもデモンストレーションだ。そして、ゲイの人々はあらゆる面でストレートの人々と平等だと全世界が認めるまで、デモンストレーションであり続ける。それでもいまは、ほんの束の間だけれども、いまのところは「セレブレーション」としてもいいのだろう──少なくとも世界のこの場所、歴史のこの時点において、前へ進むための意義ある一歩を踏み出したのだから。突き詰めていえば、愛し合うための一歩だ。
(翻訳:広田敦郎)
原文 http://goo.gl/BzPCqf
カテゴリーLGBT

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です