大きくなってわかること。

毎朝会社に向かう駅までの道は、自分の母校の前を通っている。僕は実は、自分が卒業した高校のそばに住んでいる。
東京で一番好きな町である外苑前は、僕の人生でも一番波乱に満ち、楽しかった時代を過ごした町でもある。
学校の前を通ると、27年前と同じように、あの頃いた先生が立っていたりする。
彼ら自身のありようは、びっくりするほど昔と変わっていないので僕には分かる。僕はゲイであることも自覚していて二丁目で遊んでいたし、停学にもなった有名生徒だったのだけど、月日が経っているので彼らは決して僕に気づくことはない。そんな時、ちょっと映画の中に入ってしまったような不思議な気持ちになる。
今思うと、先生たちを勝手に大人の代表と見たてて、大人のズルさを見つけて逆らっていたのだけど、その頃の先生たちだってきっと、20代終わりか30代だっただろう。先生たちもきっと、毎日生きてゆくことで精一杯だったに違いない。世間知らずの中途半端な年頃の子どもたちに逆らわれて、さぞ鬱陶しかったに違いない。
時々、自分の担任だった先生が遠くに見えることがある。その時は急に、声をかけたい衝動に駆られる。
あの頃、沢山心配してくれたお礼と、なんとか身体だけは大きくなったけど、いつまで経っても大人になりきれないということを、正直に話したいと思う。
そんな時が、いつか来たらいいな。

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