あなた、その川を渡らないで

映画は予告編のまんまだったけど、久しぶりに、涙がとめどなく頬をつたったドキュメンタリー映画だった。
韓国の美しい山間にある古びた平家に、おじいさんとおばあさんはふたりで住んでいる。
おじいさんは98歳、おばあさんは89歳。ふたりは、結婚して76年。昔からの韓国の美しい着物を着て暮らしている。
春は山で山菜を摘んで料理を作り、秋が深まると、落ち葉を集め、薪になりそうな枝を山に拾いに行き、家までしょって帰る。
6人の子どもを育てあげた後、今は二匹の犬と一緒に慎ましく暮らしている。
映画はふたりの暮らしをつぶさに見つめている。小さな白い犬が亡くなったり、おじいさんの身体が悪くなったり、子どもたちが訪ねて来たり、なんということのない老夫婦の日常生活だ。
それでもこの映画が胸を掴んで放さないのは、決して平坦ではなかったふたりの人生がそこにあり、何十年間も寄り添って生きてきたふたりの間に、ハッキリと目に見える愛があるからだろう。
子どものように無邪気で、不器用でまっすぐな愛は、老いたふたりの間に確かに存在しているのだ。
この映画を見ながら、泣かない人はいないだろう。
なぜならばそこには、僕やあなたの知っているふたりがいるからだ。
それは、あなたのお父さんとお母さんかもしれないし、おじいさんとおばあさんかもしれない。
映画を見ながら、このままいつまでもふたりの暮らしをずっと見ていたいと思った、温かく愛おしい作品。
★あなた、その川を渡らないでhttp://anata-river.com/

たいせつなもの。

今年の夏、海を眺めながら、改めて思ったのだ。
生きてゆくためにたいせつなものは、それほど多くはないのかもしれないと。
愛する家族がいて、衣服があって、食べるものがあって、住まいがあれば、それで十分なのではないだろうか。
本当は、多くの情報も僕には必要ないのかもしれないと。
それは、時代と逆行している考え方かもしれないけど、Kとふたり、のんびりと透き通った海を見ていたら、それで満ち足りた気持ちを感じることができた。
海から帰ってきたばかりなのに、また海が恋しくなっている。

もうひとつの名前。

戸籍の名前が変更になり、伊勢丹で新しい印鑑を作って、講座の名義を変更するために銀行に行った。(先月の給料が、会社に戸籍上の名前の変更届けを出したあとに、銀行の名義まで自動的に変更になったため、入金が出来ないという事態に陥ったのだ)
自分の番号をうっかり覚えていなて、受付窓口の方が僕のもうひとつの名前を呼んでいたのだけど気づかず、しばらくしてからハッと気がついた。
「あっ!僕の名前だ!」
それは、ちょっと新鮮な驚きだった。
何十年も使ってきた名前は、自分と離れることなくいつも一体であったのに、今となっては、全く違う名前を自分の名前だと認識しなければならないのだ。
帰り道にひとりで歩きながら、新しい名前で自分の名前を呼んでみた。
それはなんだか、別の人のようであり、なんだか真面目そうで男らしい名前のような気がした。
姓名判断などがあるように、名前が変わったら、人生も変わるのだろうか?
今まで生きてきた人生は、僕としては十分幸福だったけど、これから自分の人生がどんな風に動いていくのだろうかと、少し俯瞰に眺めはじめている。