家の外の音。

毎朝、7時過ぎになると、隣の家からピアノを弾く音が聞こえてくる。
僕の家は、毎朝、雨が降っていてもすべての窓を全開にしているので、外の音が聞こえて来るのだ。
それは、ピアノを習いはじめたばかりのような、たどたどしい音で、うまいとか下手とかいうレベルまで行っていないぎこちない音。隣で暮らす小さな女の子が弾いているのだと思うのだけど、もしかしたら、練習をはじめたばかりのお母さんかもしれない。
毎朝、そのぎこちないピアノの音が聞こえてくると、僕とKは、「あっ、ピアノがはじまった」と言って、僕は朝ご飯を用意しながら、Kは洗濯物を干しながら、なんとはなしに聞いている。
そんなたどたどしいピアノを聴きながら、僕たちは朝ご飯を食べる。
「ちょっとずつ上達してるのかな?」
「うん・・・あんまり変わってないみたいだけど、練習がんばってるね」
またしばらくすると、カンカン、カンカン・・・という音が、下の道から聞こえてくる。
家の前の道を、杖を道に当てながら歩いてくるスーツ姿の男性。年齢は30代前半くらいだろうか、目が不自由なようで、杖をつきながら、道を確かめるように歩いている。
この男性は、夜に帰る時も、同じ道を逆側から通るので、同じ音がすると、
「あのお兄さん、今から帰るんだね・・・」
「いつも、ほとんど同じ時間だね・・・」
などと言って、ベランダに出てお兄さんがちゃんと歩いて行けるだろうかと僕とKは確認する。
そんなたどたどしいピアノの音や、目の不自由なお兄さんが通る音は、決して嫌な音なんかではなく、僕たちふたりの毎日の暮らしの中の音なのだ。

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