北側の庭から、日の当たる南側の庭に移植したシークワーサーが、沢山の実をつけはじめた。
4mくらいある大きな木なので、移植は難しいかもしれないと思いながらも思い切ったことをしたのだけど、その後シークワーサーは枯れることなく花が咲き、小さな実をつけはじめた。
ただ、今年は移植した疲れもあると思うので、実を間引いて木の力をつけてあげようと思っている。
家から見て右にはレモン、左にはシークワーサー。
どちらの木にも沢山の果実がなり、移住してきた僕たちを祝福してくれているように見える。


外苑前→熱海→宮古島 年の差ゲイカップルの宮古島生活。
北側の庭から、日の当たる南側の庭に移植したシークワーサーが、沢山の実をつけはじめた。
4mくらいある大きな木なので、移植は難しいかもしれないと思いながらも思い切ったことをしたのだけど、その後シークワーサーは枯れることなく花が咲き、小さな実をつけはじめた。
ただ、今年は移植した疲れもあると思うので、実を間引いて木の力をつけてあげようと思っている。
家から見て右にはレモン、左にはシークワーサー。
どちらの木にも沢山の果実がなり、移住してきた僕たちを祝福してくれているように見える。

昔、柴犬を飼っていたのだけど、その頃の僕は小学生で、犬の世話をするよりも友達と遊ぶ選択をしていた。
でも、柴犬のハチが随分前に亡くなって今になって思うことは、あの時ハチの散歩を毎日欠かさず行ってあげていたらよかったということだ。
犬には散歩しか楽しみがないのだから。
この時期の宮古島は天気が読めず、曇っているかと思ったら急に雨が降って来たりする。
天気予報がこれほど当てにならないと思ったのは宮古島に住み始めてからで、1時間ごとの天気でも全く当たらない。
大型犬には毎日の運動が必要で、朝晩欠かさず海を散歩に連れ出しているのだけど、梅雨時期の宮古島では2回散歩に行くことはかなり難しい。
朝起きた瞬間に天気予報を見て、8時から雨が降るとあれば急いで散歩に行く。
夕方も隙を見つけては、ドイツ村に連れて行ったり。
それでも、散歩に行って海がうれしそうに歩いている姿を見ると、面倒だけど散歩に来れてよかったと心から思えるのだ。
この家の周りにはブロック塀があって、家中を囲んであった。



今回僕たちは家を宿にするべく改装をしていて、北側の壁を取り壊して駐車場にすることにした。
でも、その駐車場と県道の間には縁石と大木と電柱と電柱の支柱があって、それらがある限り車を止めるのがとても厄介な状態。
これらをなんとか取り除かないかと、電柱と支柱は沖縄電力に、縁石と大木は宮古島の土木課にそれぞれ相談を持ちかけた。
県道にある縁石や大木・電線は、よほどの理由がない限り除去したり移動するのが難しいようで、何度か電話でやりとりをしつつ、現地確認にも来てもらった。
電柱の支柱は動かせそうだけど、縁石除去と大木は土木課が渋っている。
「このままでは車が止められないので、将来に差し支えるんです…」
最後は泣き落とし作戦に出たのだけど、いったいどうなることやら…
朝になって寝ぼけている海が、やっと目を覚まして起きてきて僕たちのところにすり寄って来る時に、本当にかわいいと思う。
それはまるで、まだ自分を子どものように思っているようで、お母さんに甘えているみたいなのだ。
素直で、全身で僕たちへの愛情を表している。
昨日いたずらをして僕たちに怒られたことも、何もかもすべて忘れていて、今日という日がどんなに幸せなのかを僕たちに教えてくれている。
家のキッチンからは、奥の家の農家の納屋が見える。
農家の毎日は朝早く、夕方僕たちがご飯を食べる時にもまだ家に帰ることはない。
大雨の日には別の作業をしているのか来るかとはないけど、収穫に合わせて生活しているからか土日もあまり関係がないように見える。
この景色を見ながら毎日料理をしていて、ここはどこかアメリカの田舎町のような気になることがある。
キッチンから見える景色は、日によってあらわ変える空と、遠くに木が見えるくらいでほとんど遠くまで畑しかない。
そんな何にもない景色は、毎日見ていても見飽きることがない。
沖縄の歌で僕の一番好きな歌は、「てぃんさぐぬ花」だ。
これは、親の教えの大切さを歌詞に込めた曲なのだけど、独特の琉球音階と沖縄の言葉が奇跡のように美しい曲。
今日沖縄は、本土復帰50年を迎え、天皇皇后両陛下も東京から中継で式典に参加されていた。
那覇高校の合唱部がこの「てぃんさぐぬ花」を歌い、改めて美しい曲だと思ったのだ。
沖縄戦では県民の4人に1人が戦争で亡くなった。そして今でも日本の国土の0.6%しかない沖縄に、およそ7割の米軍基地が存在している。
我々は、沖縄の大きな犠牲を心に刻み続ける必要があると思うのだ。
⭐️てぃんさぐぬ花https://youtu.be/hQbi7SewXOQ
宮古島では残念ながら、年間150頭くらいの野犬が保護されている。
これが多いのか少ないのかわからないけど、しばらく前まではこの倍の300頭くらいの野犬が保護されていたようだから随分少なくなったのだろう。
これも「save the animals」などのボランティアのみなさんのおかげに違いない。
海と散歩をしていると、一度少し遠くに放し飼いなのかフリーにされている犬が茂みの中で遊んでいるのを見かけた。
僕は、海に飛びかかってくることを恐れて引き返し、別の道を通って家に帰ってきたことがあった。
犬は縄張り意識が強いため、他の犬を見ると戦闘モードに入ることが多い。
海のように去勢をしていないと、確実に敵と見なして襲いかかってくることが多いのだ。
海は喧嘩などしたこともなく、ドッグランでも噛みつかれて鳴き声を上げることしか出来ない犬だ。
そんな海にトラウマになるような経験はさせたくないと思っていて、野犬や放し飼いの犬を極力避けるようにしている。
今日、Kと2人海を散歩していたところ、いつも繋がれている大きな白い犬が、今日はなぜかフリーになっていて海を目がけて突進してきた。
僕は犬の前に立ちはだかり大声をあげて犬の侵入を制した。
Kは海を抱いてその場を離れて、何度か突進してきた犬に向かって、僕が何度も身振り手振りで大声をあげて制止した。
犬は僕を恐れてそのうちに引き返したのだけど、ヒヤッとする出来事だった。
宮古島のような田舎町では、犬を外で飼っているか、放し飼いをしているケースが多いのだけど、避妊も去勢もしていないため子どもが増えて問題になるケースが後を絶たない。
それに、こんな風に襲いかかってくることもあるから本当にタチが悪いし気をつけなくてはならないのだ。
これからは警棒でも買って持ち歩いた方がいいかもしれないと話しているところ。
梅雨前線の影響か、このところ毎夜沢山の雨が降っている。
昨夜は大きな雷が鳴り響き、いつ終わるのかと思うほど放電現象が続いていた。
僕たち人間は雷のことを知っているけど、海は雷の音がとても怖いようで、毎回酷く怯えて可哀想なくらい震えている。
こんな時、なるべく不安を取り除いてあげたいと思うのだけど、犬の不安は本能的なものなので、おやつをあげようがおもちゃで気を紛らわせようとしようが無駄で、ひたすら怯えていてかわいそうになる。
僕たちに出来ることは、海をしっかりと抱きしめて、「大丈夫、すぐに終わるからね」と落ち着いた声で海に語りかけ続けることだけだ。
海の散歩をしていると、ところどころで様々な植物を見かける。
芭蕉やバナナはよく植わっているし、よく歩く藪の中にパパイヤが植っていることもある。
このパパイヤ、知らないうちに花が咲いて、少しするとあっという間に実が大きくなっていることがある。
藪の中に発見したパパイヤのみ実を、今はいついただこうかと時々チェックしているところ。
宿のリフォームはゆっくりと進んでいるのだけど、やっと半分くらい形になってきた感じだろうか。
奥の部屋は大体出来てきていて、残るは浴室周りのタイルやシャワーをつけることと、手前の部屋の内装やキッチンになる。
奥の部屋は、壁を木の板と白い壁紙にして明るい感じに仕上がったのだけど、手前の部屋は青い壁紙の部屋にするつもりで壁紙を選び、貼ってもらったのだけどなんだか思っていたのと印象が違うように感じられた。
曇りの日、晴れた日と、条件を変えながら何度も部屋を見渡すものの、どうしても本能的に好きになれなかったので、せっかく貼ってもらったのに申し訳ないけど、もう一度新しく壁紙を貼り直してもらうことにした。
壁紙は小さな2センチくらいの色見本で選んだのだけど、やはり大きな壁一面になると印象がずいぶん違っていて、実際に貼ってみないとわからないものだと思う。
今度は失敗のないように、慎重にあらわ選び直してお願いした。
楽しみだな。新しい壁紙。