我愛台湾。

『TOKYO RAINBOW WEEK』が、来週末に行われる台北LGBTパレードにフロート参加することになり、その打ち合わせを兼ねてメンバーで集まった。
僕は、この団体の正式なメンバーではないのだけど、妹的存在のGに言われてロゴを作ったり、弟的存在のFもいるので、足をちょっとだけ突っ込んでいる感じ。
当日は、メンバー30人くらいがこのTシャツを着て、フロートにバナーを貼り、レインボーの風船をみんなで飾り、プラカードを掲げて台北パレードを歩くことになっている。
打ち合わせはまるで、文化祭の準備をしているような雰囲気の中、僕たちの一番の関心事は、やっぱり自分たちが着るものだったり、演出のことだった。頭にレインボーのアフロヘアをかぶろうとか、レインボーのケツ割れを履こうとか、足にふさふさのレインボーのサポーターのようなものを履こうとか・・・。
今回のTシャツのデザインに込めた僕の思いは、台北(台湾)に対する感謝の気持ちだ。
東日本大震災の時に、台湾からの義援金は200億円を越えて、世界の中でも圧倒的な金額だった。
そしてなによりも驚いたことは、その翌年に台湾人に『昨年で一番うれしかったことはなんですか?』と問いかけた大々的なアンケートの結果が、『東日本大震災への台湾からの義援金が、世界で一番大きかったこと』という結果だったこと。
台湾を訪れると、物価の違いに驚かされるし、収入の額だって日本とは違うことがわかる。そして九州より小さな国土は人口もそれほど多くは無いのだ。そうであるにも関わらず、これだけの義援金を集めて、日本に寄付してくれたという事実を知ると泣きたくなる。
来週末の台北LGBTパレードに向けて、僕の心は一年ぶりの台湾ということもあり、ワクワクしている。
台北の素晴らしいパレードを応援することによって、また、彼らが東京にもどんどん来てくれるような繋がりになることを願いながら。

TO RUSSIA, WITH LOVE

ショーン・ペンが演じた、ハーヴェイ・ミルクの映画『ミルク』をご覧になっただろうか?
ハーヴェイ・ミルクが、その生命を賭して成しえたことはいくつもあるけど、僕が心揺さぶられた出来事は、田舎町に住む車椅子のゲイの青年が、家族の理解も得られず、周りのホモフォビアに耐えることも出来なくなり自殺を考えていた時に、ハーヴェイに電話をして、ハーヴェイと話せたことによって彼の命が救われたことだ。世界には未だに、どれだけ多くの彼のようなLGBTの人々が存在しているのかと思い、涙がにじんだのを覚えている。
同性婚が世界で少しずつ認められて来たことはとても嬉しいことだけど、世界では未だにホモフォビアとの戦いが続いている。ロシアでは、『同性愛宣伝禁止法』が可決された。http://jp.wsj.com/article/SB10001424127887323451804578643111991560512.html
昨年の冬に、『プライド(The Pride)』という芝居が日本でも上演され、僕も観に行ったのだけど、その『プライド』の出演者が、ロンドンでのリバイバル公演のカーテンコールでプーチン政権に抗議したということを、友人のSNSのつぶやきで知ったhttp://goo.gl/J70Upi ウオッカを垂れ流す行為もニューヨークで激しく行われていたけど、憎しみに対して、愛で呼びかけている姿に強く心を動かされた。
また、『プライド』の作者 アレクシ・ケイ・キャンベル が、インディペンデント紙に寄稿したのが以下の長文です。
偏見と闘うゲイ・プライド
──いよいよ勝利へ
アレクシ・ケイ・キャンベル
──2013年8月7日付 The Independent 紙
先月、ジェイミー・ロイドから電話があり、彼が今シーズン、トラファルガー・スタジオで演出を手がける3本目の作品として、『プライド』の再演を決めたと知らされたとき、これ以上のよろこびはなかった。わたしたち二人がロイヤル・コート・シアターで初演に取り組んでから5年が経ち、その5年間、わたしは幸運なことに、この戯曲が世界を旅し、何度も生まれ変わる姿を見守ることができた──ニューヨークから東京へ、ストックホルムからシドニーへ。そしていま、作品が帰郷を果たそうとしている。おりしも同性婚容認への運動が大きな展開を見せたばかりであり、完璧なタイミングでの上演ではないだろうか。
数年前に誰が考えただろう?──まさか同性婚が可能になるとは。同性で愛し合う二人の人間が、法的にも社会的にも、ヘテロセクシュアルな結びつきと完全に平等な関係を認められるとは。そしてわたしは、たいへん意義ある闘いに勝利がもたらされたことを悟った──この勝利によって宣言されたのだ、同性カップルの関係は、ストレートの友人たちが享受する関係と同じく大切なもの、正当なもの、神聖不可侵なものである、と。これは大きな前進の瞬間であり、その意義をあなどることはできない。一種の革命であり、世界の他の地域が目指すべき方向を示したのだ。
けれども、かなしいかな、多くの国々はこのあとに続くことにそれほど熱心ではない。こちらの状況が前進しているのとは裏腹に、他の国々では暗黒の力がますます幅を利かせている──ロシアのウラジーミル・プーチン政権は最近、いわゆる伝統的なセックスを除く性的関係の「宣伝」を、違法とする法律を発効させた。言い換えれば、アートやメディアにおいて同性愛の関係をポジティブに描けば、法に反することになるのだ。
カメルーンでは、ゲイ人権活動家エリック・オヘナ・ランバンブが、自分の信念を貫き通したことから残忍な拷問を受け、殺害された。グルジアでは、首都トビリシで初めてのゲイ・パレードに参加しようとした勇敢な数名が、いきり立った何千人もの男たちに取り囲まれたため、現場から護送せざるをえないという事態があった。
また、世界のイスラム諸国でも、同性愛は道徳に反するものとされ、嫌悪され、おそろしい刑罰を加えられる。こうした現状から思い出されるのは、最近この国で起きた出来事が一つの戦闘での勝利を意味したとしても、ホモフォビアをめぐる戦争はまだまだ終わらない、ということだ。そんなことを考えながら思い出した──わたしはそもそも何に駆り立てられ、『プライド』という劇を書いたのか。
それはおよそこういうことだ。「お前のような人間はまちがっている、お前たちのように愛し合うことはまちがっている」──そうたびたび言い聞かされる世の中で、自分を信じることはあまりにも難しい。いま映像で、トビリシで猛り狂う群衆が護送車を取り囲む様子を見ながら、ホモフォビアのルーツとは何なのか、なぜここまで根深いものなのかを問い直してみる。きっと答えはたくさんある──あの男たちの多くは、心のなかに隠しもった同性愛的志向におびえているのかもしれない。自分たちが女々しいと見なす者たちのせいで集団が弱体化することをおそれているのかもしれない。理解の及ばないものを憎悪しているのかもしれない。あるいは、それらが組み合わさった結果なのかもしれない。
とはいえ、ホモフォビアが世界に絶えず蔓延してきた理由が何であれ、冷静に考えてみるといい。そのことがゲイの人々に対し──彼らの自己意識に、彼らのアイデンティティと自信に対し──どんな影響を及ぼしたか。わたしがこの戯曲で掘り下げようと思ったのは、主にそういうことだ──人が成長し、自分を根源的に知ろうとするとき、どんなくびきを捨て去らなければならないのか、同性愛の女性・男性は何世代にも渡り、本当の意味で自分に対するプライドを手に入れるため、どれほどの苦しみを味わい、どんな闘いをくり広げてきたのか。
というのも、わたし自身、人生を振り返ってみると、もっとも記憶に残っているのは、自分が何者であるかを告げる声が聞こえてくる感覚なのだ。それはわたしのことなど何ひとつ知らない者たちの声だった。また、わたしは本当のアイデンティティを隠すことができるようになった。80年代のギリシャの学校で、わたしは即座に知ったのだ──ゲイであるとはすなわち、からかわれ、あざけられることだ、と。のちに、十代のわたしは映画に夢中になった。そこで次から次へと目にしたのは、ゲイのネガティブなステレオタイプ、つまり最後に命を落とすか、もしくは無惨な運命に追い込まれるような人物ばかりだった(この歴史については、1995年に発表されたドキュメンタリー映画『セルロイド・クローゼット』で見事につづられている)。やがて、恐怖に鼓動を高鳴らせながらも、わたしははじめて、ある小説のなかにゲイの性交渉の描写を見つけた──別荘に誰かが置き忘れた怪奇小説だった──二人の男が罪悪感と羞恥心のうちに愛し合い、やがてネズミに蝕まれる、というものだ。当時13歳、自分の気持ちとセクシュアリティを何とか受け入れようとしていた身にとって、この物語が示すところは明らかだった──「お前はろくでもない人間だ、お前は幸せや愛のない人生を送るしかないのだ。」
そういった文化的圧力と、ゲイ・アイデンティティが長年に渡ってこうむってきた影響について考え始めたそのとき、わたしはこの戯曲の形式と構造を思いついた──三人の人物が二つの異なる時代(1950年代と現代)に存在し、各時代で幅を利かせている社会の力が彼らのあり方に影響を及ぼしている。このメタファーを中心に据えることにより、ゲイであるとはどういうことか、”性の革命”と前後する二つの時代で比較、対照してみようと考えた。そして同時に、二つの時代につながりがあることをほのめかし、登場人物の一人のあり方が前の時代の自分から直接影響を受けていることを暗に描こうとした──つまり、現代における彼のふるまいが多くの場合、過去の自分が社会から受けた影響に対するリアクションとなっているのだ。この形式を戯曲に与えたおかげで、個人的事象と歴史的事象が、ゲイ・アイデンティティという文脈のなかで世代を超え、いかにつながっているか、その点を存分に掘り下げることができ、また、個々の人間は自分の生まれてきた社会とどうつながっているのか、その面を掘り起こすことができると思った。人は自分より前に生きた人々から何を受け継いでいるのか、ということだ。また、その探求を詩的で暗示的なもの、想像力に働きかけるものとすることができた。
そしていま、ジェイミー・ロイドが、今回の再演に出演する四人の並外れた俳優たち──ヘイリー・アトウェル、ハリー・ハッデン=ペイトン、マシュー・ホーン、アル・ウィーヴァー──と稽古に取り組むのを見守りながら、そもそもどういうわけでこの劇を書いたのか、わたしは原点に立ち戻ってみる。考えられるのはこれだけだ──わたしは英雄という柄ではないし、そうであったこともない。すこしは勇気の要ることもやってみた──20歳のとき、家族に対し、自分もそういう人間だとカミングアウトした──そして、自分は何者なのか、自分を突き動かすものは何なのか、日々理解を深めようとしてきた。けれどもわたしは、潮の流れに立ち向かい、憎悪に満ちた人々を相手に闘うことができるような、あの勇敢さをもった人間ではない──わたしはエリック・オヘナ・ランバンブではない。それでもたぶん、勇気が足りないと知っているからこそ、劇を書くことで、ランバンブほどではないにせよ、人々のために自分なりの貢献を果たそうという意欲をもち続けることができたのだ。それがどの国の人々であろうと、どの世代の人々であろうとだ。
この戯曲のなかで、登場人物の一人がゲイ・プライドについてこう語る。「教えてよ、あれってデモンストレーション、セレブレーション、それともファッション・ショー?」わたしはこう答えよう──いまでもデモンストレーションだ。そして、ゲイの人々はあらゆる面でストレートの人々と平等だと全世界が認めるまで、デモンストレーションであり続ける。それでもいまは、ほんの束の間だけれども、いまのところは「セレブレーション」としてもいいのだろう──少なくとも世界のこの場所、歴史のこの時点において、前へ進むための意義ある一歩を踏み出したのだから。突き詰めていえば、愛し合うための一歩だ。
(翻訳:広田敦郎)
原文 http://goo.gl/BzPCqf

『伝説のディヴァイン』東京国際レズビアン&ゲイ映画祭5

結局、今回の映画祭では、8本の映画を観た。今までの映画祭と比べて今年はクオリティが高く、面白い作品が多かったのではないかと思っている。
『伝説のディヴァイン』は、『ピンクフラミンゴ』で有名な、クィアのディヴァインのドキュメンタリー。
ボルティモアで育った、甘いものが大好きで、女の子のような肥満児が、様々な人との出会いの中で、ドラァグクイーンとして名を馳せてゆく話。
ドキュメンタリー作品として、とても良く出来ていた。ディヴァインは、女装になりたかったわけではなく、あくまでも、みんなから注目されたり、尊敬されるようなセレブリティになりたかったようだ。
有名になるためには、犬のウンコを食べることも厭わない姿は、本当に凄いと思う…笑。
お母さんが、彼のことを受け入れることが出来ずに、一度は彼を遠ざけるのだけど、ディヴァインとなった後、和解して、赦し合うところは、とてもよかったと思う。
ドラァグクイーンが、まだ、『怖いけど綺麗。面白くてお洒落』などというスタイルが多かった時代に、『肥満で、気持ち悪いメイクで、辛辣な言葉を吐く稀有な存在』であったディヴァインは、相当時代の先を行っていたのかもしれない。

東京国際レズビアン&ゲイ映画祭2

アウト・イン・ザ・ダーク

ママったらアルゼンチン

★『アウト・イン・ザ・ダーク』
Facebookで、海外の友人達からも勧められていた映画で、今回の映画祭の中でも楽しみにしていた作品。
テルアビブに住む、弁護士のユダヤ人のロイと、パレスチナに住むイスラム系学生の二メルの、せつない恋の物語。
ふたりの恋愛は、ロイの家族にも歓迎されないし、イスラム系の二メルの家族にとっては、ゲイであることは、人間として決して許されない行為だ。
なぜ、ゲイであるというだけで、家族に謝らなければならないのか?
自分のセクシャリティーを、家族や周りに認められず、ひた隠しにしながら生きている世界中のゲイのことを思って、胸が痛くなった。
ふたりの行先は、どんどん扉が閉ざされる。夢も、家族も、国も、すべてを失った時に、彼らに残るものがある。
これほど素晴らしい作品を、映画祭で観ることが出来るとは思っていなかった。
民族の違い。貧富の違い。宗教の違い。そこに、ゲイであるという大きなテーマが重なる脚本が見事だ。演出も、役者の演技も素晴らしい。
映画を見終わった後に、いつまでも心に残る秀作。
★『ママったらアルゼンチン』
レズビアンのカミングアウトをテーマにした今回の映画祭のクロージング作品。
普段、レズビアンものは、ほとんど観ないのだけど、この映画は、本当に観てよかった。
お母さん役の女性が、とにかく素晴らしい。全編を通じて笑いが止まらなくて、所々でほろっとさせられる。
世の中の、普遍的な母親がここにある。見終わった後に、温かい気持ちになる佳作。

SOCIALIZER

前回2/15にもここに書いたけど、数人のオーガナイザーが友人たちに声をかけて、原宿の見晴らしのよいバーに集うというパーティーの二回目が開かれた。
今回も、100人を超す人が集まり、友達の友達などと、話が繋がり、偶然集まった者同士の緊張感も、緩やかにほどけていった。
僕たちは、入場料を払い、思い思いの酒を飲み、気楽に語らい、特に出し物などのない穏やかな時間を共有しながら楽しむのだけど、入場料や食事、飲み物、特性カクテルなどのプラスになった収益は、すべてアフリカのLGBT団体を支援するために募金される。
本当に、驚くことなのだけれども、アフリカのウガンダなどでは今も、同性愛者は死刑になるという。こういった世界の現実を知ることはとても大切なことだと思う。知ることによって、少しでも、何かできることに繋げていけるかもしれないから。
昔は主に新宿2丁目で、ゲイだけで集まっていたことが多かったように思うけど、今は新宿2丁目だけでなく、ゲイだけの縛りではなく、様々なLGBTや、その周りの人たちがこうして集い、自由に話すようになって来たことを、改めていいなぁ…と思える、穏やかな夜だった。
次回は7月にあるようなので、行きたい人は、声をかけてくださいね。

カラフル ラン 東京

TOKYO RAINBOW WEEKの、『カラフル ラン東京』というイベントがあり、原宿界隈を為末 大さんと一緒に走った。
30人以上の参加者がいて、それぞれカラフルな格好で走ったのだけど、パレードのように、ハッキリとした主張を掲げることはないので、なんだろう?あの集団…と思われていたかもしれない。
それでも、レインボーカラーで楽しんで走るというイベントは、何だか新鮮に思えた。
パレードならば、警察や国や都が、相当うるさいのだけど、町を走るという行為は、誰に文句を言われることもなく自由だから。
為末さんは、やはりとても素敵な人だった。この会の趣旨に賛同し、参加してくれたようだ。
僕の、レインボー教団の教祖様のような写真が後輩たちによってFacebookでアップされているようだけど、後輩たちは会社の人とも沢山繋がっているらしいから、緩やかなアウティングになっているか、「あの人、ちょっと気狂いみたいな洋服の趣味なのね…」と思われているかだろう。
このイベントは、次回、『カラフル ラン小淵沢http://www.goodagingyells.net/event/run-kobuchizawa.html』ということで、6月8日に、小淵沢で10キロのコースを走るようだ。

LGBTA学生シンポジウム。

今の、LGBTの学生は、いったいどんな人たちなんだろう?という、単純な好奇心から、学生のシンポジウムに参加してみた。
僕が学生の頃も、いくつか団体があったけど、どちらかというと、セクシャリティでまとまるのが基本だった。今の学生は、ゲイだけでとか、ビアンだけでといった形に拘らず、様々なセクシャリティの人たちが参加出来るイベントも多いみたいだ。
33歳と35歳のアメリカ大使館に務める二人のアメリカ人ゲイカップルは、ワシントンDCとカンザスでは、同性婚に対する法律が違うので、今は結婚という選択を敢えてしていないと言っていた。
レズビアンのカップルで二人の子どもを育てている人の話も、まるで映画の『キッズ・オールライト』のようで面白かった。
でも、一番印象に残ったのは、17歳のFTMの子。トランスジェンダーであり、発達障害だという。学ランで来ていたのだけど、彼は、リストカットをしたこともあったようだ。
今回のTOKYO RAINBOW WEEKの主宰者でもあるFTMのFが出ているテレビを観て、様々なイベントに参加するようになり、どんどん変わってきている。
このイベントには、ストレートの人も、アセクショナル(無性愛者)の人も参加した。
アセクショナルの人は、今まで自分の中で抱えてた問題も、ゲイや、ビアンの友人のカミングアウトによって自分のセクシャリティの話をしてもいいかもしれないと思う機会があるという。
今回のTOKYO RAINBOW WEEKでは、セクシャルマイノリティの様々なイベントが、この時期に集まり、ネットでは体験出来ない、リアルに見たり聞いたり会ったりすることで、様々な場所で色々な花を咲かせているみたいだ。
※写真は、僕が作ったステッカー。それぞれ違う色でも、ギュッとみんなが繋がっている。

F T M? M T F?

人生で初めて、レズビアンバーに行った。
正確に言うと、ビアンがやっているミックスバーかもしれない。
妹的存在のG(また!)が行く用事があり、
それについて行っただけなのだけど、
お客さんの多様性に驚かされた。
F T M のゲイ(female to maleのゲイ)と、
M T F のレズビアン(male to femaleのレズビアン)
という人に初めて会って話した。
性と一言で言っても、実は多様であることをご存知だろうか?
1.カラダ(生物学的性)
2.ココロ(自分が認識する性)
3.好き(好きになる性)
これらのかけ算だから12通りのセクシャリティがある。(それに加えて、アセクシャルという性を認識しない無性愛者という人もいる)
ビアンだと思って話していた彼女は、
トランスセクシャルに近くて、
自分の胸に小さい時から違和感を感じていると言う。
手術をすることを何度も考えたけど、
天秤にかけると手術をして胸を無くすことよりも、
このままの身体で生きることを選ぶと話していた。
自分と違うセクシャリティを想像することはなかなか難しいけど、
実際に会って話してみたら、似ている所や違う所も含めて、
とても興味深い夜だった。

TOKYO RAINBOW WEEK 2013

オランダ大使公邸

大使

over the rainbow

TOKYO RAINBOW WEEKhttp://www.tokyorainbowweek.jpが始まった。
今回、このロゴ、ポスター、チラシ、Tシャツなどをデザインさせてもらった。
TOKYO RAINBOW WEEKは、今年から始めて企画されたのだけど、
スポンサーや協力を様々な団体から得て、朝日新聞や東京新聞に取り上げられていた。
初日は、ここに何度も出て来ている、僕の妹的存在のGが主催する、
good aging yellshttp://www.goodagingyells.netというNPOの、
3周年パーティーがオランダ大使公邸であったので、参加した。
チューリップは散りかけていたけど、様々な花が咲き乱れ、
ゴールデンウイーク特有のさわやかな好天にも恵まれ、
200人以上の人が集まり、思い思いの話をしていた。
意外と、知らない人から様々に声をかけられた。
ネットで見て申し込んだ男性や、2丁目など行ったことのないビアンの子、
普段なかなか出会わないような人に会えて、有意義な時間を過ごせた。
オランダ大使館は、アメリカの次に、日本に大使館を構えた由緒ある建築物で、
庭の大きな樹木に囲まれ、とても気持ちのいい館だった。
大使の話も素晴らしかった、オランダでは、同性婚が認められて、
すでに12年も経つとのこと。今の若い子どもなどでは、
同性婚が認められなかった時代があるなんて本当???
という世代が出て来ているという。
ボリスさんhttps://readyfor.jp/projects/LGBT_Borisという人の話も興味深い。
彼は、LGBTの人権のために、世界中を飛び回って活動をしている。
世界には未だ、同性愛者が死刑になってしまう国が存在しているのだ。
good aging yellsの活動に、懐疑的な人たちが存在することも知っているけど、
どんな形であれ、LGBTなどのセクシャルマイノリティーの存在に、
社会の関心が向かう機会が増えることは、とてもいいことだと僕は思っている。
これからも、妹たちの活動を、微力であるけれども僕なりに、
陰ながら応援させてもらえたらと思っている。
本当に素晴らしいパーティーだった。
ありがとう!
★カラフル ラン東京http://www.tokyorainbowweek.jp/51-event/
5月1日19:30から、原宿、表参道エリアを、為末大さんと一緒に走るイベントがある。
まだ参加受付しているみたいですよー。

TOKYO RAINBOW WEEK 2013

冬のような嵐の中、町の花水木の花が少しずつ大きくなり、ベランダのバラの蕾も、しっかりとその姿を現しはじめた。
先日、会社の僕の席のそばで、このブログにも何度も出て来ている僕の妹的存在Gと、打ち合わせしていた時に、「K(僕の恋人)が、この週末に東京に来るよ!」と告げると、
「僕もTさんの彼氏に会いたいです!」
と大声で叫んだので、血の気が引いた。
二人して、ヤバイ!と思って周りを見回したけど、あまり人がいなかったので、よかった〜と胸を撫で下ろして、席に戻ったらみんな女の子たちが普通に席に座っていた(女の子だから、座高が低くて見えなかったみたい…涙)
そのGをはじめ、様々な人たちによって企画されたTOKYO RAINBOW WEEK 2013は、ゴールデンウイークの期間に、セクシャルマイノリティーに関する様々なイベントや企画が東京で集まり、今年はじめて開催される。
気軽に参加出来る楽しそうなものから、じっくり話を聞くようなものまで、様々なイベントや企画があるので、ぜひホームページを覗いてみてください。
★TOKYO RAINBOW WEEK 2013 http://www.tokyorainbowweek.jp/
僕は今回、このロゴやポスター、ポストカードなどのデザインを手伝わさせていただいた。