違憲判決

今日は、「結婚の自由をすべての人へ」訴訟の判決が東京と札幌で出た。

東京地裁の第二次訴訟と札幌高等裁判所の控訴審。

残念ながら、東京地裁の判決は東京の一次訴訟の判決に似て納得のいくものではなかった。

裁判官が自分の保身を考えて勇気の持てなかったような生ぬるい判決。

判決文の所々で怒りが込み上げてきた。

しかしながら、札幌高裁の判決は胸がすっとするような素晴らしい判決だった。

憲法14条と憲法24条1項2項に違反するという明確な違憲判決。

同じ裁判を戦っているものとして涙が流れるような素晴らしい判決だった。

秋頃に予定されている東京の僕たちの高裁判決が今から楽しみになってきた。

Kが帰ってきた

1週間ぶりに大分からKが帰ってきた。

Kのいない我が家はとても寂しくて、海も空もいつもKのことを待っているのがわかった。

僕はKのいない間に色々なことを片付けようと思いながら、結局半分もできなかった。

1人で海と空の面倒を見ながら、太陽にごはんをあげたり日常生活を送ることは、それはそれでけっこうな労力を使うものだ。

朝晩の散歩を海と空を連れて行くのだけでも2時間くらい費やすから。

空港でKが出てきて近づいてきたのがわかると、海が悲鳴のような声をあげてKに走り寄っていった。

海と空は全身でKが帰ってきたことを喜んでいる。

こんな光景を見るたびに、僕たちはなんて幸福なのだろうと思うのだ。

3月14日のW判決に向けたメッセージ

3月14日は、「結婚の自由をすべての人に」訴訟の東京地裁二次訴訟の判決と、札幌高裁の判決が下される日。なんと偶然だろうがW判決なのだ。

社会の関心を集めたいのとこの日の傍聴席を盛り上げたいために、マリフォーが応援動画を公開し始めた。

僕とKと海と空もこの応援ビデオに出ているので、ぜひご覧になってください。https://www.instagram.com/reel/C3iOiNPvQ0N/?igsh=ZGFsdzNnN2xsemx1

3月14日、日本社会が動く判決が出ることを信じています。

提訴から5年経ちました。

「結婚の自由をすべての人に」訴訟の提訴から5年経ちました。

この裁判の原告になるにあたって、「裁判所に違憲であると迫る裁判だから、今まで数々憲法に関する裁判は行われているけどほとんど勝ち目のない裁判です」と言われていた。

それに、「5年以上もしかしたら最高裁判決が出るまで10年くらいかかるかもしれない」とも言われていた。

当時50歳になる頃の僕は、「60歳になったら人前に出られないんじゃないかな・・・」と思ったのを覚えている。

それでもこの裁判の原告になって良かったと思うのは、この5年で世の中が確実に大きく変わって来たと思えるから。

国は相変わらず酷い差別発言を繰り返しているけど、時代は確実に変わって来ている。

僕が生きているうちに結婚の平等が実現してほしいと思うけど、たとえそうでなく時間がかかったとしても、僕たちが立ち上がり声を上げたことは必ず次の世代につながっていくと信じている。

ハイブスカス6周年パーティー!

宮古島のゲイバー「ハイブスカス」が6周年を迎えるというので早い時間にKと顔を出してきた。

お店の中には常連の福岡のお客さんがいてワイワイと盛り上がる。

マスターは「6周年なんて信じられない・・・」という。

立ち上げる時は色々無事件があって、もうオープンできないんじゃないかっていう裏切りや嫌がらせにもあったとのこと。

それでも仲間たちに支えられてなんとかここまでやってこられたとしみじみと話していた。

マスターのあきらさんはとても気持ちのいい人で、あまり人の悪口を言うこともなく人の話をうんうんと聞いているタイプ。

そんなあきらさんだから、6年間もやってこられたんだろうな。

ハイブスカス、6周年おめでとうございます!

東京地裁2時訴訟の応援動画

僕たちが控訴人になっている「結婚の自由をすべての人に」訴訟の、東京地裁二次訴訟と札幌高裁の判決が3月14日に言い渡される。

東京の二次訴訟とは、日本全国5都市で提訴された裁判から1年以上遅れて東京で再び立ち上がった裁判。原告の中にはトランス男性も含まれている。

5都市の訴訟の地裁判決は出揃ったなどと書かれていることも多いのだけど、実際にはこの東京二時訴訟が最後になる。

今の社会状況を見ていると必ず違憲判決が出ると思っているのだけど、この期待される判決日に向けた応援メッセージをKと2人で撮影をした。

もうすぐ判決かと思うとどきどきするけど、素晴らしい判決に期待したい。

Kの39歳の誕生日。

時々スーパーでKと一緒に買い物をすると、鶏むね肉が何枚か入ったパックをカゴに入れられる。

鶏むね肉は家に帰った後、Kがすべて細かく切って茹でてからオーブンで焼きあげる。

オーブンでからりと焼きあげた鶏むね肉ができる頃、部屋中に漂う鶏肉の香りを待ちきれず、海や空や太陽がキッチンに集まって来てまだかまだかと待っている。

Kはそんな彼らに作ったばかりのおやつを一つ一つ手渡しで食べさせてあげる。

お肉を使った料理をする時に、僕は何も考えずにすべて調理をしてしまう。

でも時々Kがやってきて調理をする前の何も味付けのしていない肉を取り分けることがある。

ふたりで晩ごはんを食べる頃、Kはキッチンに立って取り分けたお肉を別の鍋で茹でて細かく切る。

僕たちが晩ごはんを食べている時に、Kはそのお肉をうれしそうに海や空に一つ一つ手渡しで食べさせてあげる。

Kのやさしさは毎日のそこかしこに溢れている。

僕はそんなKを見ながら、なんて僕は幸せなのだろうと思う。

僕の恋人になってくれて本当にありがとう。

そして、39歳の誕生日おめでとう。

新しい年も、Kをもっともっと幸せにできますように。

さようなら。神社。

うちには小さな神棚があって、伊勢神宮や地元の神社のお札を飾って置いてあった。

でも、今年になってふと気づくと神棚がなくなっていた。

「Kちゃん、神棚どうしたの?」

「ああ、もうお札やお守りにお金払うのバカらしいからやめた」

「確かに、僕たちのことを認めてくれないのなら、こっちから願い下げだよね…」

僕は神社が好きで、旅行の時には近くの神社でお詣りすることを楽しみにしていたし、時々行く伊勢神宮では厳かな空気を心地よいと感じていた。

でも、神道政治連盟による文書が発覚してからはもう神社に興味がなくなってしまった。

もちろん、神道や神社に関わる人全てが神道政治連盟と同じ考えではないと思うのだけど、この団体と神社は密接に関わりがあるようなので、もう神社への愛情は醒めてしまった。

神道政治連盟埼玉県本部によって、2022年4月に県内各支部に送られた「埼玉県 性の多様性に係る理解増進に関する条例(仮称)の骨子案 問題点・疑問点(事務局作成)」との文書によると、

同性愛や両性愛について「生まれつき同性愛・両性愛である人はいなく、環境要因に基づくことが明らかになっている」と記載。

LGBTQについては「幼少期での虐待、性的虐待、家庭内暴力、両親の不仲、親の薬物依存、アルコール依存、思春期での同性愛行為など環境要因による精神疾患(統合失調症や双極性障害等)であることが明らかになりつつある」「行動療法や宗教などで『治癒』する」などと書かれており、科学的に全く誤ったことが書かれている。

なぜ世界で明らかにされてきた科学的な根拠を蔑ろにして全く間違った知識を信者に伝え続けているのだろうか?

高校も神道の学校だったし、一神教ではない神道を好ましく思って生きてきたのだけど、もう僕たちはそんな神社に別れを告げる時が来たことを知ったのだった。

きのう何食べた?season2

ゲイのテレビドラマ「きのう何食べた?season2」を、週に一度晩ごはんの後にKと一緒に見るのをとても楽しみにしている。

今日はとても残念なことに最終回を見たのだけど、胸の奥が痛くなってまたしても泣いてしまった。

このドラマを見ながら泣いてしまったことは何度かあって、僕たちゲイカップルの日常がとてもうまく表現されていると感心させられる。

史朗さんのお母さんが恋人の賢ニを正月に招いた後に、疲れるからもう会いたくないと言い出した時。

史朗さんの昔の恋人が史朗さんに酷い扱いをしていた時。

そして今回、史朗さんが遺産を賢ニに遺したいと言い出して、「賢ニがいつか誰か他の人を好きになったとしてもちゃんと遺産が賢ニに遺るように…」と心の中でつぶやいた時。

自分たちの日常と鮮やかに被り、胸が痛くなった。

西嶋さんの演技が素晴らしいので毎回泣かされるのもあるのだと思う。

いつかまたseason3が始まる日を今から心待ちにしている。

ピンクドット沖縄2023

朝一のJTAで僕たちは那覇に向かった。

今日は「ピンクドット沖縄」の日で13時からゲストスピーカーとして登壇することになっていた。

「ピンクドット」というイベントは、シンガポールで2009年から公にLGBTの権利や差別解消に向けた法制化を訴えていくために発足した。シンガポールは、LGBTに対して保守的と言われているが、この運動で若者がLGBTに対して寛容になりつつあるとのこと。

登壇では司会のブルボンヌと裁判に関する話をしてとても楽しい時間だった。寺原弁護士の解説もわかりやすくはじめて裁判のことを知った人でも理解できたと思う。

久しぶりに会う東京の友人たちにも会えて楽しい時間だった。

今回は日帰りだったので、海や空や太陽のために昼間に一度ペットシッターの方に家に来ていただいたのだ。

夕方5時半に家に着くと、海や空や太陽が大喜びで雄叫びを上げながら待っていた。