子猫。

Kとふたり庭の掃除をしていたら、倉庫の奥で猫の鳴き声がした。

近寄って見ると茶色い猫が塀の上にしゃがんで鳴いていた。
僕は猫がこの庭に住み着くことが嫌だったので手振りで追い払ったのだけど、猫はお構いなしに塀の上に上がったまま動かない。

そのあと放って置いて庭で植物に水を上げていたら、今度は庭の木の茂みからその猫が顔を出した。

生後何ヶ月かはわからないけど、鳴き声はまだ子どものように聞こえる。
追い払っても追い払っても逃げずにいるので、諦めて放っておくことにした。

やがて夕方になりいなくなったかと思って窓から見ると、僕の目を見て鳴くのだ。

しょうがなく鰹節と煮干しを小さくして水に浸してあげてみるものの口をつけない。
今度はヨーグルトをあげてみるとものすごい勢いで食べ尽くした。

海がいる我が家でネコを飼うつもりはない。

さて、どうすべきだろうか…。

台風を乗り越えて。

宮古島で二度の大きな台風が終わり、ブーゲンビレアは葉っぱがなくなり丸裸になってしまったし、バナナの葉は風に煽られて千切れてしまった。

シークワーサーの実は飛ばされ、アラマンダの葉も風に飛ばされて見る影もなくなった。

台風の後にはKと一日がかりで庭の植物を沢山剪定した。

それから2週間くらい過ぎ、庭の植物はまた元気を取り戻しはじめている。

バナナには新しい葉がすくすく生えはじめ、樹々に新緑が戻ってきた。

もう一度夏が来たような賑やかな庭に戻りつつあることがうれしい。

チビ。

海を連れて散歩に行く公園の入り口にいつも野良犬がいるということをここにも書いた。

白と茶色の少し小さめな犬(チビ)は捨てられたのか野犬なのかはわからないけど、臆病で攻撃性は見られない。

散歩に行くたびにチビにエサをあげ続けてかれこれ10日くらい経っただろうか。

はじめは毎日あげに行っていたのだけど、僕たち以外にも宿泊施設に泊まっている建築作業員のおじさんがパンをあげている姿を見たので、この頃は無理せずに1日おきくらいに行ってエサをあげている。

このままでは保健所に捕まってしまうかもしれないからと動物愛護団体に連絡して保護をお願いしたのだけど、その団体も今は手一杯のようですぐに捕獲は出来ないとのこと。

実際にチビを僕たちの家で飼うことは出来ないし、僕たちのしていることはただの偽善でしかないのかもしれないとも思う。(たとえばチビを飼っても、次に見つけた野犬はどうするのか、その次の野犬はどうするのか?)

人間の都合で捨てられる犬や猫は後を絶たないし、この国でなくなることは残念ながらないのだと思う。

たとえそうだとしても、一頭でもかわいそうな境遇の犬や猫が救われてほしいと思うのだ。

こうもり。

夕方家のリビングから遠くの電線を見ていたら大きな鳥が止まっていた。

その鳥はやがてぐるんと真っ逆さまになって、そのうち2羽が電線に止まったまま逆さ吊りになっていた。

どうやらそれは鳥ではなくてコウモリだったみたい。体の大きさは鳩よりも2回りくらい大きく小さなカラスくらいあるように見える。

また別の日に海の散歩をしていたところ、近くの大きな木にコウモリがぶら下がって止まった。

コウモリは人を恐れることはなく、木に逆さ吊りのまま僕たちをじっと見つめていた。

宮古島ではコウモリさえも人のすぐ近くで暮らしているのだ。

ペンキ塗り。

毎日毎日Kとふたりでペンキを塗っている。

ペンキ塗りは単純にペンキを塗ればいいわけではなく、まずは高圧洗浄機で綺麗に洗い流し、乾いたら塗りたくない部分を養生テープやビニールで覆い尽くす。
その後シーラーを丁寧に塗りつける。
シーラーが乾いたらペンキを塗り、ローラーと刷毛で塗り潰す。
ペンキが乾いたら最後にもう一度ペンキを塗る。

これが、宮古島の炎天下でやると本当にキツくて、朝8時半くらいにはじめて、10時頃にはヘトヘトになる。そこで水を飲んだり休憩をしてからだいたい12時頃までに出来るところまでペンキ塗りをするのだ。

午前中汗だくになった僕たちはシャワーを浴びてランチを作って食べて、その後いつも決まって昼寝をする。

思った以上にペンキ塗りは身体にこたえる作業なのだ。

消防署へ。

旅館業の認可を取るためには消防署にも許可を取る必要があって、消防署にも行ってきた。

消火器だけ用意しておけば良いかと楽に考えていたところ、各部屋に報知器(煙探知機や熱探知機)をつけなければならず、それらを全てどこで異常が起こってもわかるように連動してさせなければならないということがわかった。

おまけに煙探知機や熱探知機を買おうとしたら半導体が不足しているとかで年末まで入荷しないとのこと…

えええええ?!

なんとか早めに入荷出来る報知器を探し出して買えたものの、消防署には早めに行っておけばよかったと後悔したのだった。

宮古島でバラを。

熱海から引っ越す時に、家で育てていたバラを全部持って来た。バラ以外にも月桂樹やもみの木さえも持って来た。

もみの木は残念ながら暑さに耐えられず枯れてしまったのだけど、それ以外のバラや月桂樹は今も元気に育っている。

バラは不思議なことに春にはあまり咲かずに、なぜか枝だけが繁り続けている。

その後、東京や熱海ではほとんど咲かなかったバラが夏の間も咲き続けたり宮古島の気候にバラもどうしていいのか考えあぐねているのかもしれない。

来年の春、いったいうちのバラは咲いてくれるのか今からとても楽しみにしている。

エイ

いつも海の散歩に行くドイツ村で橋の下を覗いていたら「エイ」がいた。

エイは浅瀬に紛れ込んでしまったのか、小さな獲物を狙っているのか、砂地に姿を沈めながら時々泳いでいる。

身近にエイが見られるなんて不思議な気がするが、宮古島に来てから野生動物との出会いに驚かされてばかりいる。

仕事から離れた毎日。

昨年の12月に退職してから、早くも9ヶ月が過ぎようとしている。

宮古島に移住してから半年くらいで次の仕事を始めるつもりが、工事やリフォームのさまざまな遅れがあり未だに出来ていない。
社会に出てからこれほど長く無職でいることははじめてなので、不安に感じることもあるが、今は焦らずにしっかりと準備をすることが賢明だと思っている。
宮古島でのんびりと暮らしていると、東京で広告の仕事をし続けている間は気づかなかったことに気づかされる。

あんなにがむしゃらに残業して働いていたのはなんのためだったのか?
マグロのように働き続けなければ生きていられないように感じていたけど、実はそうではなかったこと。
それから、人は思いのままにどこへでも移住することが出来るということ。きっと海外に移住することだってそんなに難しくはないのだと今は思うことができる。

一度きりの人生、自分の思うままに生きたらいい。

Nの誕生日

9月21日は僕の母の誕生日であり、僕が20代の終わりから10年間付き合ったNの誕生日でもある。

そのせいか一度も2人の誕生日を忘れたことはなくて、母には毎年贈り物と電話をして、Nのことを思い出すのだ。

Nは僕と別れた後、しばらくしてから病気で亡くなってしまった。

今となってはもう二度と会うことはできないかつての恋人を、折に触れて僕は思い出している。

沢山一緒に旅行をしたこと。美味しいものを一緒に食べたこと。僕がかわいそうだと泣いていたやさしい瞳。

僕たちは世間に認められた夫夫にはなれなかったけど、ふたりで過ごした幸せな日々は、いつまで経っても色褪せずに時々僕を勇気づけてくれる。

N、お誕生日おめでとう。
そして、ありがとう。