Kとふたり、病院へ。その2

朝ごはんを食べてからKを仕事に送り出し、洗濯を終えて病院へ行き、Kの午後の診察の受付を済ませた。
午前中の仕事を終えたKが2時前に病院に到着して、待合室で二人でカツサンドを食べながら待っていると、すぐにKの名前が呼ばれた。
ドアを開けて、Kに続いて僕も一緒に診察室に入ろうとすると、お医者さんと看護師さんが焦ったように、「あれ?どちらが患者さん?」と、間違いがあったかのように聞いてくるので、僕が、「家族なんです」と答えた。
お医者さんは、「それじゃあ、お父さんですか?」と切り出し、僕の顔を見ながらなんだかちょっと年齢的に無理があるなぁ…と思って苦笑いをすると、すかさずKが言ったのだ。
K「パートナーなんです」
先生「パ…パートナー…⁈パートナーね…」
僕「そうなんです。パートナーなんです」
それから先生は何ごともなかったかのように診断結果を説明してくれた。
先生「甲状腺にある塊は、腺腫で良性のものと思ってほぼ間違いありません。様子を見て大きくなってきたら注射で取って詳しく検査した方がいいけど、大丈夫だと思いますよ」
そんなやりとりを聞きながら、僕はここ2週間の不安がすっきりと晴れていく気持ちでいた。
きちんとした診察結果が出るまでは、もしものことも視野に入れながら、ネットで様々な記事を調べていたのだった。
帰り道ふたりは、ほとんど手をつなぐように雨の中を帰った。
途中、パン屋さんで「おいしそうだねー」などと話しながら、焼きたてのパンの香りを吸い込んだ。
生きていると、突然目の前に真っ黒な壁が立ちはだかることがある。今回、はじめてふたりの前に現れたかのように思えた壁は、結果的にはイリュージョンだった。
今はふたりが健康であることに心から感謝をして、こうしてまた、ささやかな日常をたいせつに生きていこうと思ったのだった。

セドリック・カサノヴァ。

オレガノとケーパー

246と並行して通っている表参道から、ワタリウムへ抜ける道は、昔から散歩をよくする道なのだけど、最近はどんどん飲食店やら美容院が増えて来ている。
そんな中で、久しぶりに面白そうなお店『セドリック・カサノヴァ』を見つけた。
お店の前の壁には、男の人が緑色のいくつもの玉に頭を突っ込んで逆さまになっている絵が描いてあり、今までこの店に気がつかなかったのが不思議なくらい強烈なのだ。
お店は、パリ10区で多くのシェフ、グルメたちに支持されているシチリア産オリーブオイルとシチリア食材の専門店 「ラ・テット・ダン・レゾリーヴ」(La Tête Dans Les Olives)の東京店なのだそうだ。
中に入ると、様々なオリーブオイルをはじめ、ドライトマトやオレガノ、不揃いなケーパー、マグロの生ハムなどちょっと変わったシチリアらしい食材があちこちにある。
オリーブオイルやワインのテイスティングも出来るようで、前もって予約をしておけば、3000円でシチリア食材を用いたコース料理を食べることも出来るのだとか。
オレガノは、ドライフラワーのようにブーケ状になっているのだけど、そのままだと香りがほとんどしなくて、中を開けてひとつかみ取り、手で揉んで開いてあげると、なんとも言えないオレガノの香りが辺り一面に広がるのだ。
おいしそうなケーパーとオレガノを買って、お店の人とおしゃべりしたのだけど、シチリア食材に対する愛情に溢れていてそれがとても居心地が良かった。
⭐︎セドリック・カサノヴァhttp://cedriccasanova.jp/

FAELLA

FAELLA(ファエッラ)のパスタをご存知だろうか?
白い紙袋に赤と青の線が入ったパッケージは、どこかで見かけたこともあるかもしれない。『パスタ発祥の地』と伝えられるナポリの近郊グラニャーノにあり、今もなお伝統的な製法によってパスタを作り出している。
このパスタ、ロングパスタもショートパスタも、1キロ2000円以上するほど高いのだけど、天然水とデュアルセモリナ粉だけで練り上げた生地は、驚くほどモチモチとしていて一口食べたら今まで食べていたパスタはなんだったのかと思うほどなのだ。
普通にスパゲッティも美味しいけど、今回はリガトーニを購入。
リガトーニなどのショートパスタは、イタリアでも北の地方の方がよく食べるイメージ。しっかりとした厚めの生地と、中の空洞にソースがたっぷりと絡まるので、ヘビーなソースが合うと思う。
ファエッラのパスタを茹でる時に注意しなければならないのは、書いてある表示時間よりも少し長めに茹でること。スパゲッティのようなロングパスタもそうだけど、このリガトーニなんかは6分どころか15分くらい茹でてちょうどいい感じなのだ。
今日は、冷凍してあったボロネーゼと、豚肉の赤ワイン煮をソースにして赤ワインと食べることに。
もちもちしたパスタは、まるでリストランテで出された一品のように、Kも喜んで食べてくれた。

うどん丸香

久しぶりに神保町に行く用事があり、用事の前にKと待ち合わせて『丸香』に向かった。
『丸香』は、僕が食べた中で、東京で一番美味しいうどん屋さん。お昼時には長蛇の列が出来るのだけど、うどんなので回転も早く少し待っていたら順番が回って来るし、夜ならば比較的簡単に入ることが出来る。
うどん自体はきちんとコシのある讃岐うどん。しっかりと長さがあるので、うどんを勢いよくすするのが好きな人はそれを思いっきり楽しめるに違いない。
僕はこの店ではいつもかけうどんを頼み、野菜の天ぷらと海老の天ぷらをいただく。お出汁はいりこが入っているのか、鰹出汁とは違った美味しさで、適度に甘みを感じる温かい出汁がなんとも美味しいのだ。
讃岐うどん好きであれば、釜あげうどんとか釜玉うどんとかがいいかもしれない。(いつも思うけど、釜あげとか釜玉とか言うと、他人とは思えない親密さを感じてしまう)
野菜の天ぷらと海老の天ぷらを見てKが驚いた。ここはどれも量がきちんと多く、天ぷらもカリッと揚がっていて美味しいのだ。これはきっと、神保町という町が学生街だからなのだろう。
美味しいうどんをいただきながら、神保町に来たら、やっぱりまた必ずここに来たいと思ったのだった。
⭐️うどん 丸香
東京都千代田区神田小川町3-16-1 ニュー駿河台ビル 1F
https://tabelog.com/tokyo/A1310/A131003/13000629/

Kのご両親がやってくる。

晩ごはんを作っていたら、Kが突然言い出した。
K「ただしくん、11月の2周目、お父さんとお母さんが東京に来るって」
僕「え?お父さんとお母さん?何かあったの?」
Kが東京に移住してから、Kのご両親が東京にやって来るのはこれで2回目。昨年もKが心配なのか東京に遊びに来て、Kがご両親を連れて日光などに連れて行っていた。
Kは3人兄弟の末っ子で可愛がられて育ったこともあり、ご両親とはとても仲がよく、大分で暮らしている時もよく3人で北海道や長崎など、国内の旅行に行っていた。
Kが東京に来てしまってからは、いつのまにか今度はご両親が年に1回くらいのペースで東京に出て来て、一緒に家族旅行に行くようになったようだ。
K「ただしくん、ホテルどこがいいかな?」
僕「神宮球場のそばに、青年館が新しく出来たから、そこにしたら?」
K「じゃあ、そうするね。家にも近いから便利だよね」
僕「たぶん、今回はお父さんとお母さんに会わなければならないだろうね。なんだか緊張するけど・・・年上過ぎて驚くんじゃない?」
K「お母さんに年を聞かれて、48歳って言ったらすごい驚いてたよ」
僕「え?言ったの?そうだよね・・・48歳って、相当おじさんだよね・・・それにしても、いつかKのお兄さんやお姉さんに会う時、彼らをお兄さんとかお姉さんって呼ぶのはいいんだけど、40歳くらいで僕より全然年下なんだよね・・・なんか変だね」
Kは楽しそうに「はとバスツアー」のページを見ながらご両親をどこに連れて行こうかと今からワクワクしている。
K「月曜日に帰るんだけど、ふたりには空港までの帰り方が難しいんだよね・・・東京の電車乗って、モノレールに乗り換えたりするのが無理みたい・・・」
僕「そしたら、僕がお父さんとお母さんを送って行くよ。Kがいなくて3人になったら、なんかちょっと緊張するね・・・」
今から僕は、ご両親に会う日のことを考えて、「ああ、ついにその日がきたのだ・・・」と、ぷるぷる震える思いがするのだ。

兄の涙。

朝ごはんを作っている時に、母から電話が入った。
母「Y(兄の3番目の男の子)に、脳腫瘍が見つかったみたいなの・・・」
僕「えええ?!
Yってまだ小学6年生でしょう???」
脳腫瘍どころか、血のつながった家族に癌を患った人がいなかった僕は、癌に関する知識もまったく持っていなかったので、会社に行って仕事の合間に小児脳腫瘍のことを調べはじめた。
子どもの脳腫瘍と大人の脳腫瘍は違っていて、小児脳腫瘍はたくさんのタイプに分類されており、また治療も多岐に渡っていた。そして時間を見つけて兄に電話をすると、兄の声は震えていた。
兄「頭骸骨の下にあるみたいなんだよ・・・月曜日に詳しい検査するのだけど、○○(奥さん)は一日中泣いていたし、俺も・・・あんなに小さいのに・・・なんでって・・・」
3人いる男の子の末っ子Yは、学校でもやんちゃで、トイレで大便をする友だちを上から覗いたり、水泳の着替えの時間に友だちのパンツを下ろしたり、校長先生から何度も呼び出しがかかっていたそうだ。(やんちゃだった兄に似ているので僕は驚かない)
それにしても、あまりにも落ち着きがないので、Yの知能に問題があるのではないかと先生が言い出し、知能テストを受けさせたのだった。ところが、知能テストは驚くほどの値を示し、ひとつの数値に至っては天才的だったそうだ。(そもそも兄がずば抜けて高かったので予想のできたことなのだけど)
それでも学校側は何かこの子はどこかがおかしいと言って引かず、ついに頭の中を検査する羽目に。そこで偶然に腫瘍が発見されたと言うことだった。
兄「実は俺も、少し前に食道に変なものが見つかって、再検査をするように言われたんだ。その時は今までこんなことなかったから、もう今度こそダメだって思ったよ。その時に、家族やあとのことはお前に全部任せようって思っていたんだ・・・」
兄は電話の向こうで泣いていた。結局検査では兄には何も悪いものは見つからず、今まで通りの生活を続けられるとわかったようだった。
兄は、弟である僕の声を聞いた時に、自分の家族には見せられなかったであろう自分が背負っていたつらさや痛み、悲しみを、僕になら出してもかまわないと思ったのだろう。
兄の声を聞きながら、僕の目にも涙が溢れた。
僕「今は、きちんとお医者さんを選んで、状況を把握することがたいせつだよ。状況がわかれば、これからどうしたらいいか対策を考えられるから。色々調べて送るからね」
兄の目の前に立ちはだかった黒い影を、なんとかして追い払い、漠然とした不安ではなく、少しでも状況がよくなるために何をしたらいいのか、弟の僕にできることを考えた。

ドリーム

アカデミー作品賞、脚色賞、助演女優賞にノミネートされた『ドリーム』は、胸が熱くなる素晴らしい映画だった。
1961年、ヴァージニア州のNASAのラングレー研究所において実際にあった出来事を元に作られたこの映画は、「今からたった56年前に、アメリカでこんなことが実際にあったのか???」と思わせるような驚きに満ちていた。
今までに、黒人差別を扱った映画は数多くあったのだけど、この映画は、黒人の差別に加えて女性差別というダブル差別をテーマにしながら、『人権』と『平等』とは何かいうことを、観た人がしっかりと心に刻み付けることができるように演出された作品だ。
実際には、観ているうちに何度も涙が出そうになった。その当時の黒人の人たちは、まるで動物のように白人とは違うところに区別されていたのだ。こんなに酷いことができるなんて、今の時代の僕たちにはとても信じられない。
久しぶりに観たケビン・コスナーは、「ああ、もうおじいちゃんになっていたんだ・・・」と思わせるものの、なかなかの好演だし、『ムーンライト』にも出て助演男優賞を獲得したマハーシャラ・アリをはじめ、3人の黒人の女優たちが燦然と輝いている。
友人と観るにもいいし、恋人と観るにもいい、観た後の爽快感と感動は今年観た作品の中でもずば抜けている。
⭐️ドリームhttp://www.foxmovies-jp.com/dreammovie/

Kとふたり、病院へ。その1

Kが勤める病院のエコー検査で、Kにちょっと気になるものが見つかったのは、先日ここにも書いた。
小雨が降り肌寒い中訪れた病院には、病院の中も外も多勢の人でごった返していた。受付を済ませて、どれぐらい待つのかわからなかったのだけど、この病院にはスマホで自分の待ち時間がわかるシステムがあり、まだまだ時間がかかりそうだったので昼食を食べた後一旦家に帰った。
それから2時間くらい経つと、前に待っている人の人数が9人と出て、やがてその数が減り始めた。僕たちは慌ててタクシーを飛ばしてまた病院に戻り、その頃にはちょうどKの番号が呼ばれるくらいだった。
初診なので、最初に先生に問診が行われ、続いて検査になると思った僕は、Kの名前が呼ばれると一緒に、Kについて診察室に入って行った。診察室に入る時にKが心配して、「家族も一緒にいいですか?」と看護師さんに尋ねると、看護師さんはすぐに「ええ。もちろんです」と答えた
10年くらい前にみつかったこと。その後も変化を見てきたがあまり変わっていなかったこと。最近自分のクリニックで検査技師に見てもらったら、専門医の診察を勧められたこと。Kは丁寧に説明した。
先生は、話を聞きながら、Kが持ってきたエコーの写真を見ていた。
先生「それじゃあ、このあと検査をしていきますね。何か聞いておきたいことはありますか?」
僕「あのお・・・先生、これご覧になって、どうですか?」
先生「ん・・・見た感じ、問題なさそうですけど、きちんと検査してみましょうね」
僕「はい。ありがというございます。よろしくお願いいたします。」
その後、エコー検査には120人の人が前に並んでいた。その人の多さに圧倒されながら、とりあえず外でお茶でも飲もうか?と、近くのカフェでお茶を飲み、病院が閉まりそうな時間に僕たちは戻ってきた。トータルで6時間かかって検査が終わると、Kも疲れてしまったようで、僕たちはそのまま歩いて家路に向かった。
ここのところずっとKは心細い思いをしていたに違いない。いくら検査技師とはいえ、自分の身体に不安な要素が現れたのだ。そしてそれは、心配するだろうからとご両親にも話していなかったくらいなのだ。
もし先生に僕たちがどんな関係か?と聞かれたとしたら、「パートナーです」と、きちんと答えようと思っている。
僕たちは、パートナーであり、たいせつな家族なのだから。

劇団ぺんぺん第29回公演『WHOSE PARTY?』

肌寒くなって来ると、『劇団ぺんぺん』の公演が近づいて来たということ。
毎年12月に行われる劇団ぺんぺんの芝居を、10代の終わりから毎年楽しみにしていたのだけど、この劇団ぺんぺんの芝居が観れるのも、今年と来年の2回限りとなってしまった。
劇団ぺんぺんとは、新宿2丁目の新千鳥街にある場末のゲイバー『ぺんぺん草』がちょうど10周年の時に、その場にいたお客さんたちでノリで立ち上げた劇団。それ以来毎年年末に続いている公演も今年で29回目となり、来年の30回目で劇団ぺんぺんは、解散するというのだ。
今年の演目は、『WHOSE PARTY?(真夜中のパーティ)』。1968年にオフブロードウェイではじまった舞台は、50年近く経った今でも決して色褪せない魅力がある。
この舞台を、劇団ぺんぺんは一番はじめの旗揚げにやり、その後も自分たちのアイデンティティであるかのように再演を重ねて来た。そして来年で終わる劇団ぺんぺんのトリを飾るかのように、久しぶりに濃密なゲイ物語である『WHOSE PARTY?』を再演する。
⭐️劇団ぺんぺん第29回公演 『WHOSE PARTY?』
日時:12月8日(金)夜・9日(土)10日(日)の昼夜で全5回。
場所:Theater BRATS(新宿御苑前)
(チケットをご希望の方は、ぺんぺん草に直接電話して、ご希望の回のチケットが余っているか確認してから、直接お店に取りに行ってください。ぺんぺん草03-3354-6039)
お見逃しなく!!!

5周年、ありがとう。

家に帰って来て、Kが帰ってくるからと急いで晩ごはんを作っていた。
味噌汁の出汁を取って、ワカメを戻し、肉どうふの準備をする頃、Kが帰ってきた。
K「ただいまー!
ただしくん? ただしくん?」
僕「おかえりなさい。
今、準備してるから待ってね」
K「ただしくん?
何か忘れてない?」
僕「え?何かあった?」
K「10月12日の今日で、Kちゃんとただしくんは5周年です!」
僕「あ!そうだ!iPhoneのカレンダーには書いておいたのに、お店も予約をしようと思ってたのに、すっかり忘れてたー」
本当はふたりで何か美味しいものを食べようと思っていたのに、札幌に行ったり仕事でバタバタしていてすっかり忘れてしまっていたのだった。
5年前の夏頃に、僕とKはJack’dというアプリで出会い、東京と大分という距離もあったためすぐに会うこともせずに文通のようにやり取りをしていた。
この年にJack’dで出会った人は100人を越えていた僕は、このまま何人もの人に毎日のように会い続けても、自分が望むパートナーになりそうな人には出会えないのではないかという思いを持ちはじめていた頃だった。
大分と東京では、つきあうという関係なんて絶対にないと思いながらも、ふと、大分に住むKに会いに行こうと思いたち、すぐにチケットを取り金曜日の夕方には大分に降り立っていた。
はじめて会ったKは緊張していて、はじめは僕のことはタイプではないと言っていたのだけど、一緒にいるうちにふたりとも楽しい時間を過ごすことが出来た。
金曜日から日曜日まで、Kは家に帰らず大分を案内してくれて、日曜日の夜に僕を空港まで送ってくれた。
その翌週に、今度はKが東京に遊びに来て、その翌週は僕が台北にパレードに行ってしまい、その次の週に僕はまた大分に飛んだのだった。
それから僕たちは、月に一度か二度のペースで九州や東京、京都で会い、知らないうちにつきあっていたのだった。
あれから5年も経ったのかと思うと、今でもなんだか実感がわかないのだけど、あの時に思い切って大分に飛んでよかったと思っている。
今では毎日、朝目覚めてから夜眠りにつくまで、僕には自分の生命のようにたいせつな人ができたのだ。
5周年、ありがとう。
僕たちを支えてくれている周りの友人たちにも、心から感謝している。