マダム・フローレンス!夢見るふたり

第二次世界大戦中のニューヨークに、さまざまな音楽団体を支援し続けて来た大富豪の婦人がいた。
マダム・フローレンスは、その当時死に至る病であった梅毒に冒されているが、夫であるシンクレアの確かな愛によって支えられながら、世界の檜舞台のひとつでもあるカーネギーホールに立って、自ら歌うという信じられないような偉業を夢見る・・・。
この、大金持ちで憎めない天然のおばさんフローレンス役にメリル・ストリープ。そして彼女をどんな手、どんな力を使ってでも守り抜こうとする粋な男シンクレアにヒュー・グラント。
ふたりの愛を見ていると、なんだか『サンセット大通り』の二人を思い出すから不思議だ。
思いっきり大笑いできて、時々胸が痛んで、それでも、こんなおばさんと献身的なおじさんがニューヨークに実際にいたのかと、映画を観終わっても、お互いを思いやる彼らの温かい愛情がいつまでも胸の奥に残るような映画だった。
⭐️マダム・フローレンスhttp://gaga.ne.jp/florence/

ブルーに生まれついて

チェット・ベイカーの声をはじめて聴いた時、なんてせつないのだろうと思った。
★I’ve Never Been In Love Beforehttps://www.youtube.com/watch?v=lyVDPo3pMsc
その声は、まだチェット・ベイカーが若い頃の声で、怯えるようでいながらどこか中性的で透明感があり、何度も聴き入ってしまった。
50年代、60年代において、白人でありながらジャズに傾倒していった天才ミュージシャンの人生を、大好きなイーサン・ホークが演じきっている。
2度の離婚を経験しながら、それでも愛する女性を探し続け、音楽に取り憑かれた男チェット・ベイカーが、地べたを這いずり回りながら生きてゆく様は、観ていて胸が痛くなる。
今回、イーサン・ホークがアカデミー候補になるのではないかといわれている好演だけれども、作品としてもとてもよく描かれていると思う。
家に帰って、しばらくは孤独なチェット・ベイカーの声とトランペットを聴いていたくなる映画。
★ブルーに生まれついてhttp://borntobeblue.jp

松ぼっくりを探して。

我が家のクリスマスツリー

新宿御苑の最後の紅葉

木曜日は有給休暇を取って、Kとふたりで新宿御苑に出かけた。
途中、千駄ヶ谷の鳩森神社のそばのサブウェイでサンドイッチを買って。(サブウェイにはじめて入り、注文の仕方がわからず焦った)
新宿御苑の中は、平日だというのに人が結構来ていて、最後の紅葉を探しているようだった。
僕たちはサンドイッチを食べ終わると、辺りを見回して松ぼっくりを探しはじめた。
松の場所は新宿御苑マップには載っていないので、遠くから見て松らしき針葉樹があれば、そこへ寄って行って下に松ぼっくりが落ちていないかと目を凝らすのだ。
最初、何本も何本も松を見つけては、Kが一心不乱に松ぼっくりを探していたのだけど、一向にそれらしき実は落ちておらず、僕たちも半ば諦めモードに。
やがて30分もしただろうか、ちょっと休憩に立ち寄った売店の横に松を発見。僕が甘酒を飲んでいるとKは居ても立っても居られなくなってしまい、ひとりでさっさと松ぼっくり探しに松の木の下に行ってしまった。
しばらくして僕も松の木の下に行くと、Kがうれしそうに松ぼっくりを手にしていた。
僕も加わり、きれいで形の崩れていない松ぼっくりをいくつか見つけることが出来たのだった。
僕たちは、散々新宿御苑の中をさまよい、松ぼっくりを探し回った後に、のんびりと家に帰って来た。疲れていたけど、松ぼっくり探しは思いのほか楽しかったのだ。
★The Christmas Songhttps://m.youtube.com/watch?v=__kQ1PCP6B0&ebc=ANyPxKo5hq0RA_OFjUmmZInkWVb3pSW43p9K3lZ5w1aF-mGAVilCWicv3eV0b4-BRkTyAPDyHBxB

The Christmas Song

クリスマスアルバムの中で、何が一番好きかと言われると、迷うけどこのアルバム『Café Apres-midi Christmas』を挙げる。
カフェ・アプレミディの橋本徹さんのセレクトのクリスマスアルバムなのだけど、最初から最後まで選曲が素晴らしく、何度聴いても飽きることがない。
どの曲も素晴らしいのだけど、今日はこのアルバムの中の最後を飾るLAURA NYROの曲を。(アルバムのバージョンとはちょっと違ってます)
MERRY CHRISTMAS!
★LAURA NYRO – LET IT BE ME/ The Christmas Song https://www.youtube.com/watch?v=FX3huIeQaSE

Kの東京での就職。

Kは僕と一緒に暮らすために、8年間働いた大分での病院の仕事を辞めて、3月末に東京に出て来た。
東京に出て来てからは、「こんなこと、人生にそうそうないから、しばらく働かなくていいよね?」などと言って、ジムや英会話学校に通っていたのだけど、僕も、「1年間くらいゆっくり休めばいいんじゃない?」などとのんきに構えていた。
それでも、8ヶ月が過ぎて、そろそろ働こうかなと思いはじめたのか、先週末に履歴書を書いて送ったようで、月曜日に先方の担当者から電話があった。
担当者「あのー、東京に出てこられたのはなんでですか?」
K「パートナーと一緒に暮らすためです」
担当者「うちは、すぐに辞められると困るので、最低でも3年間はつとめて欲しいと思っています。その彼女は、どんなお仕事をされているんでしょうか?転勤等はありませんか?」
K「あのー、彼女ではなくて、男性のパートナーなんです。サラリーマンですが、今の所転勤はないみたいです」
担当者「男性・・・。それでは、うちは外国人の患者さんがほとんどなので、英文の履歴書を作成して送ってください。面接は水曜日になります」
もはや、何も隠そうともしないKは、担当者にも自分のセクシュアリティをすぐに告げて、その日夜中までかかって英文の履歴書を書き上げたのだった。火曜日に僕がそれを会社のネイティブの同僚にチェックしてもらい、微修正をして、無事に送付することが出来た。
そして水曜日、午後に病院に面接に行ったKが、夕方帰って来るのを僕は早めに家に帰って待っていたのだった。
僕「おかえりー。面接どうだった?僕の仕事とか、何か聞かれたの?」
K「いや、聞かれなかった。向こうはお医者さん2人が外人で、英語の面接だった・・・」
僕「誰か通訳はいたんでしょ?」
K「僕が話した担当者が通訳をしてくれた・・・そのまま内定もらったよ」
僕「ほんと?やったー!よかったね!」
どうやら、その日のうちにその病院に無事に就職が決まったようだ。今回の病院は今までのところと違っていて、基本的に夜勤はなく、おまけに僕の仕事場にも近いので、願ってもみない好条件だった。
あまりなりふり構わず受けるということもなく、不思議なタイミングで就職先が決まったことに、僕自身も驚いてしまった。
Kが働きはじめたら、ふたりの生活もきっと慌ただしくなるに違いない。それでもまた少しずつ、ふたりで調整していけばいいだろう。

クリスマス・ソング。

大分から東京に出て来てしばらくしてから、Kは英会話学校に通いはじめた。
僕は、ネットで先生と1対1で会話出来るやつが安いしいいんじゃないかな?と言ったのだけど、Kは、このままだと東京にいてもどこにも外出することもないので、学校に行くことが気分転換になると思うと言って表参道の英会話学校に通い出したのだった。
その後、決して欠席をすることなく2ヶ月間通い続けて、僕もとても感心していたのだった。たとえば僕だったなら、最初の3回くらいで飽きてしまって行かなくなって、学費を丸まる無駄にするのが目に見えていたから。
先日、家で次々とクリスマスアルバムをかけながら僕が料理をしていて、DAVID FOSTERがプロデュースした93年のオムニバスアルバムをかけていた時のこと、3曲目くらいでふとKが不思議そうに言った。
K「ただしくん、この曲、なんて言ってるの?クリスマスアルバムだよねえ・・・」
僕「え?何?デビッド・フォスターのアルバム・・・CeCe Winansだったかな・・・」
K「だって・・・なんか変だよ・・・NO WAY NO WAY, NO WAY NO WAY って歌ってない?」
僕「え?え???笑」
僕「ノーエール ノーエールだよ。 フランス語のクリスマスのことノエルっていうの・・・」
K「だって、NO WAY って言ってない?」
今でもこの曲を聴くたびに、Kの真剣な表情を思い出して笑ってしまうのだ。
★BeBe&CeCe Winans-THE FIRST NOEL https://www.youtube.com/watch?v=dBQlanc6aug#t=33

wreath

今年も家の玄関に、小さなリースを飾った。
前は毎年、千駄ヶ谷小学校前の花屋さん『ル・ミルフォイユ』で買っていたのだけど、それよりも少し小型なものを園芸ネットで手に入れた。
これでリースも飾り、クリスマスツリーが来て、ツリーの植え替えも済んだので、後はクリスマスツリーの最後の飾り付けをするつもり。
僕が、「新宿御苑に松ぼっくりが落ちてるかもしれないから、拾いに行こうか?」
と言ったのをKが覚えていて、僕が早めに家に帰って来た日は、
「これから新宿御苑に松ぼっくり拾いに行く?」と聞いてくるのだけど、その顔を見るたびに、まるで子どものようだと笑ってしまう。

劇団ぺんぺん第28回公演 TAKE FIVE 千秋楽

劇団ぺんぺんの芝居を、僕は第2回目から観ている。ところどころ海外に行っていたりで観ていない回もあるのだけど、毎年、千秋楽の芝居を観るのを楽しみにしてきた。
それは、もちろん芝居自体の楽しみもあるのだけど、もう一つは、30年くらい通っている『ぺんぺん草』の昔からの常連のお客さんに会えるからだ。
『ぺんぺん草』には、僕が浪人のころから通いはじめていたので、当時僕が一番年下で、若いくせに口ごたえする生意気な子ということで『生意気ひろし』というあだ名で呼ばれていた。
30年のゲイバー人生の中には色々な出来事があって、一緒にイタリア旅行した友人もいるし、ニューヨークに行った友人もいる、誰と誰がくっついただの別れただの、あのカップルはつきあいはじめて30年経っただの、病気で亡くなった人もいれば、自殺をした友人もいて、その人なりに色々な人生の変遷があるものだ。
1年ぶりの劇団ぺんぺんの芝居は、同窓会のように感慨深いものがあって、パーキンソン病の友人が思いのほか症状が進んでいたことに驚きを隠せなかったり、何十年もこの千秋楽の時にだけしか会わないカップルがいたり、毎年九州からこの芝居を観るためだけに東京に来る人に会えたりしたのだった。
そんな姿を見ながら、若い頃には思いもつかなかったことなのだけど、時間だけはみんなに等しく与えられていること。いつまでも若い人なんて誰一人いなくて、みなそれぞれに自分の人生を歩いいるのだと改めて思い知らされる。
1年に一度の同窓会。また来年もみんなに会えるのを楽しみにしている。

劇団ぺんぺん第28回公演 TAKE FIVE

ぺんぺん草のひろしさんが70歳になったということもあり、27年間もずっと楽しみに観て来た劇団ぺんぺんのお芝居も、いよいよ残すところあと3年だけということになってしまった。
僕たち常連にとってみれば、1年に一度の楽しみでもあったわけで、毎年千秋楽の講演のみ観に行っていた僕は、今回土曜日の夜の講演にも行くことにした。
映画も芝居もそうなのだけど、人間が一度に観て体験出来ることには限りがあって、2回同じ演目を観ると、また違って見える面白さもあるものだろう。
今回の『TAKE FIVE』とう演目は、およそ20年以上前にすでにやっている芝居。その脚本を若干現代版にアレンジしたりしながら今回の再演となった。
話の内容は、『TAKE FIVE』という2丁目のゲイバーで起こる一部始終なのだけど、それをカウンターの内側から客観的に観ている僕たちは、2丁目のゲイバーとは、こんなにも意地悪く、虚栄で、いやらしく、面白く、ばかばかしいものなのかと思い知らせてくれる。
『新宿2丁目だからこそ生まれたエンタテインメント』は、今回も、ゲラゲラ笑わされて、ところどころホロッとさせられて、あああ、本当にばかばかしい・・・と思わせてくれる素晴らしい作品だった。

小さな頃から、家で食べていたもの。

Kとご飯を食べる時に、実家での食事の話をよくする。
「お味噌汁の具は何が多かったの?」とか、
「お母さんは何が得意料理だったの?」とか、
そんな話をしながら、僕は自分の家の料理を思い出しながら話をするのだ。東京と大分という距離もあるけど、各家庭の料理はそれぞれみな違っている。
たとえば味噌汁の具材にしたって、僕の家では「わかめと豆腐」が多かったし、「春菊と油揚げ」なんかもしょっちゅうあった(これは珍しいみたい)、
Kの家では、「じゃがいもとタマネギ」であったり、「大根と油揚げ」だったりするようだ。それに、細かく言うと、出汁や味噌や醤油の味も僕とは違っている。味噌は薄味に溶いていたり、九州の醤油は、全体的に甘いものが多いようだ。みそ汁や家庭の料理に正解などはなく、そんな各家庭ごとの違いを、僕はとても楽しいと思う。
時々、Kが昔食べていたという「タマネギとジャガイモのみそ汁」や、「大根と油揚げのみそ汁」を作ってみる。
そして食事をしながら、そっとKの顔をのぞく。Kが黙ってみそ汁を続けて何度も食べたら、気に入っているという証拠。
お母さんの味には近づけないかもしれないけど、小さな頃から家で食べていたものを食べる時に、人は、やっぱりとても幸福そうに見えるものだ。