大磯。

仕事で、土曜の早朝から大磯のお宅にお邪魔した。
大磯は、知る人ぞ知る作家が多く暮らす町だけど、なんで大磯を作家が好むのか、今までは知らずにいた。
僕は勝手に、藤沢や平塚のような大きなゴミゴミした駅をイメージしていたのだけど、はじめて見た大磯の駅前は、それほど大きくはなく、いい感じに鄙びていた。駅前には地元の野菜なんかを売っているスーパーがある。
駅を背にして前方の数百m先に海があり、後ろは小高い山になっている。この、海と山が近くにあるというのが、大磯以外にありそうでなかなかないようだ。
小高い山の急な坂道を息を切らせながら登って行くと、家々がポツリポツリとあり、それぞれ美しい樹木があり、きれいな花がところどころ咲いている。
お邪魔したお宅は、山の景観に溶け込むように建てられており、風が通り抜ける。リビングからは広がる海が見渡せて、右手には遠く富士山がしっかりと見えた。
海を見渡す景色は海に近過ぎず、なんというか、大きな絵画を見ているように静かだ。
山に囲まれているから空気は新鮮で、うぐいすが時々鳴いている。
大磯は、品川まで1時間ちょっとというから、通勤圏内とも言える。
村上春樹さんも暮らすという大磯。こんな自然を感じられるのどかな場所で暮らすのも、なかなかいいだろうなあと思った。

やさしさ。

人間が持つ最大の力は、『やさしさ』ではないだろうか。
『やさしさ』とは、自分のことではなく、他者を思いやる気持ちから生まれるもの。
『強くなければ男じゃない。やさしくなければ男じゃない』
昔、僕と10年間ともに生きたNが、結婚式で祝辞として贈られた言葉は、Nにとって生きてゆくための指標のようになっていた。
Nは、やさしい人だった。
自分のことを犠牲にしてまでも、僕のことを守り、たいせつにしようと生きた人だった。
『やさしさ』は、人が生きてきた道程において、深く傷ついたり、悲しい思いをしたり、大切なものを失うことによって、より大きく深くなるのかもしれない。
そして人が、他者に対してやさしくあるためには、その人はきっと、『強さ』も持ち合わせていなければならないのだと思う。
もっともっと、やさしくなりたい。
先日読んだジョージ・サンダースのスピーチが素晴らしかったので、ここにあげておきます。
★全米No. 1ベストセラー作家 ジョージ・サンダース(54)シラキュース大学卒業式スピーチ
http://tabi-labo.com/106833/jeorge-speech/

新しい世界へ。

会社で、50歳以上の方々に早期退職を募ったら、今までにない優遇された条件のせいか、あっという間にかなりの数が集まったようだ。
この年度末に、お世話になった先輩方が挨拶に来られ、またぽつりぽつりと退職の挨拶がメールで届き、それぞれのお人柄がでているなあと思って読み返していた。
自分の出身大学で広告の講義を受け持つことになった人。
自ら大学院に通って、もう一度新しい勉強をはじめる人。
今までの広告作りを、フリーになってはじめようとする人。
そして、こんなことをはじめる人もいる。
(広告の仕事とは別に新しいサービスを作り始めています。「カクトコ」(kakutoko.com)といいまして、「400字以上」というしばりのある不便な投稿サイトです。「誰もが何かを書くことで自分の足跡をちょっとでも残していけるように」との思いから始めてみました。長い文章をきちんと書くということは時間と手間のかかる作業ですので、流行のサイトのようにすぐにユーザーが増えるとは思えず、この先どうやって育てていったらいいものか思案に暮れています)
退職するタイミングは、人それぞれなのだと思うけど、僕自身、会社人生は残りがはっきりと見渡せるような年齢になって来た。
自分がこの会社を退く時に、新しい世界に向かって、ワクワクするような気持ちでいることができたらいいなあと思ったのでした。
歩いていたら
鳥のフンが落ちてきた
ちょうどぴったり
頭に落ちてくる確率は
いったいどれくらいあるのだろうか?

プレゼント。

Mの家にお邪魔した時に、友人たちから誕生日プレゼントをいただいた。
僕の誕生日は12月なのだけど、なかなか友人たちにも会うことが出来ずにこんな風に少し遅れていただくことがある。
一つは、ニューヨークのMoMAで買ったという綺麗な石のコースター。
もう一つは、東京のMoMAのショップで買ったという一輪挿し。
「何をプレゼントすればいいのか、色々うるさそうでいつもとても迷うんです…」
とよく言われる迷惑な僕に、それぞれが色々考えて選んでくれたのだなあ…。
遅れていただくプレゼントは、思いがけずとてもうれしいものでした。
ありがとう!

一陽来復

これを吉方位に向けて貼るらしい

この人の列…

注意書き

『一陽来復』とは、冬が終わり、春が来ること。悪いことが続いた後に、幸運に向かうこと。
江戸時代からこの『一陽来復』のお札を授けることで知られている『穴八幡』に行ってきた。
数年前の冬至を過ぎた頃にタクシーに乗ったら、女性の運転手さんが話しかけて来た。「先日、新宿の外れの弁天様ですかね?の方を通ったら、ものすごい人で、なんでも、そこのお札を貰うとその年は苦労しないで過ごせるらしいんですよ。夜明け前から人が押しかけてるんです…」
「お客さんも行かれたらどうですか?」
その時は、笑って聞き流していたのだけど、先日その時の会話をなぜだかふと思い出してネットで調べたのだけど、てっきり『抜け弁天』だと思っていたら、抜け弁天ではお札などの情報が見つからなかった。
その後、またしばらく忘れていたのだけど、弁天というのは運転手さんの思い違いかもと思い、新宿の外れの縁起のよさそうなお札を調べたら、『穴八幡』の『一陽来復』に行き着いた。
そして、なぜだか朝起きたら、「今日こそ『穴八幡』に行く日かもしれない。」と思い出して、映画を観た後に、わざわざ早稲田まで足を運んだ。
穴八幡に着くと、ものすごい人の列が出来ていたので、わけも分からずまずは並んでみた。流れは早くすぐに順番が来て、『一陽来復』をいただくことが出来たのだけど、本来は先にお参りをした方がいいらしい。
参道の途中に、禿げで太った石像があって、なんだかそれも温かくかわいかったので、お参りして撫ぜて来た。
『一陽来復』は、冬至の時が最も混むらしいが、大晦日、節分と、三回新年の始まりがあり、24時丁度に、その年の吉方位に向かって高いところに貼るとのこと。
節分を境に春に向かうように、新しい年も沢山の笑いで溢れますようにと願ったのでした。

業界人。

実は、タレント事務所の社長やマネージャーと会うのが苦手だ。さらに言うと、業界で大御所で結構面倒くさいと言われているようなカメラマンやスタイリストやヘアメイクと会うのも苦手だ。
「だって…なんだか怖くないですか?」
でも、僕の仕事柄そういう人に会って一緒に仕事をしなくてはならず、今日はその二つが1日のうちに重なっていたので朝から憂鬱な気分でいた。準備を滞りなく出来ているかチェックして、どうやってこちらのやりたいことを通すか考えて、頭の中で相手が言いそうなことをシミュレーションをしていた。
手に汗を握り締めながら、実際にはじめて会った今日の社長は、噂とは違っていてとてもまともな人だった。仕事に対して真面目なので、どこかで難しいという話が流れたのかもしれない。打ち合わせが終わる頃には、社長を抱きしめたいとさえ思っていた。
そして、社長との打ち合わせが延びてしまい、20分遅れで恐る恐るスタイリストに会いに行くと、こっちが拍子抜けするくらい柔らかくまともな人だった。カメラマンから、ちょっと厄介だと聞いていたので、どうやってこちらの意図を通そうか頭を悩ませていたのだけど、それも杞憂で終わった。
仕事柄、有名無名問わずさまざまな業種の人に会って来た。いつも思うことは、実際に本人に会ってみないとその人のことはわからないということ。テレビやネットでどんなに変な噂が流れていたとしても、本人は実際にはとてもきちんとしたまともな人だったりするからだ。
緊張が一気にとけて、半ば放心状態になりながら、大阪行きの新幹線でビールを開けたのでした。

マッサージ。

疲れが溜まって取れないように感じる時に、たまにマッサージをしてもらう。
台北には、いつも行くマッサージ屋さんがあって信頼出来る先生もいるのだけど、東京では沢山マッサージする店はあっても、安さで選ぶと失敗したり、逆に高くて満足感もなかったり、なかなかここだ!というマッサージに出会うことがない。
そんな中で、僕が長年、赤坂で髪を切った後にお願いするマッサージ屋さん『THE CURES』に久しぶりに行ってみた。
先生は僕と同じくらいの年(45)で元気ハツラツとしている。昔、サラリーマンをやっていた時に腰を痛めて、整体に行ったら一発で治ったことに驚き、手業で人を治すことに興味を持ち、この世界に入ったそうだ。昔はボディビルをやっていたそうだけど、今は自転車やマラソンを主にやっている。
この先生の施術のいいところは、強くやって欲しいと言うと、最後まで手加減することなく強く揉み続けてくれるところ。そして、経路を押さえるポイントが的確なところ。
いつもは背中を中心にやってもらうのだけど、強揉みでありながら、気持ちよくなってしまい時々睡魔に襲われる。
マッサージが終わると、背骨が曲がっていたところや、特に強張っていたところ、身体全体のバランスを整えてくれたことを教えてもらう。家に帰り、ゆっくりと食事を食べてベットに入るとあっと言う間に眠りに堕ちた…
朝起きた時に、「こんなに寝たの、何年ぶりだろう…」と思うくらい、頭がすっきりとしていた。
★THE CUREShttp://www.geocities.jp/akasakacures/

愛しい洋服。

先日思い立って、ジャケットやスーツを一気に整理して、洋服の買い取り業者に出してみた。
ネットで申し込むと、翌日には段ボール箱が送られてきて、その中に洋服を詰めて、書類にそれぞれの個数や色を記入して送ると、数日後にメールが届いた。
査定金額は、だいたい1着が3500円〜5500円の値段が付けられていた。
僕が送ったジャケットは、すべてErmenegildo Zegna のものなのだけど、これを敢えて買った当時の金額と比べると、1/20から1/40くらいだろうか…(中には、およそ20年前のものまであるだろうから、そんな金額でよく買ってくれるものだ…)
若い頃は洋服に驚くほどお金を使って来たなあと改めて考えた。いつもイタリアで買っていた…今考えると落ち込む値段だ。_| ̄|○
それでも、その洋服に袖を通す時は、ある種の胸の高鳴りがあったのだろう。恋に落ちた時のような高揚感のようなものだったのかもしれない。
若い頃に沢山の洋服を着て、失敗を沢山して、今ようやく本当に好きな洋服を、ほんの少しでいいと思えるようになったようだ。
そして、新品ではなく長く愛用したものにしか感じられない愛着もわかるようになったのだろう。
洋服は、ずっと僕のそばにあって、いつも僕を表していたのだ。

自分の周りの人。

7月1日に社内で移動があり、所属する部が変わり引越しを済ませた。
席が変わったら、今度の席はなんとなく居心地がよく、在席時間がぐっと増えた。
そして、不思議なことなのだけど、示し合わせたかのように急に仕事がどどどどって入って来た。
そんなこと、偶然と思うかもしれないけど、前の席には、なんとなくいづらい空気感があった。
部長とは前から何度も仕事をしているのだけど、いい人ではあるけど、なんとなく寂しく暗いキャラクターのせいか、一緒に座っているだけで、時々息が詰まりそうに感じていたのだ。
そして、席が変わっただけで、空気の流れがまったく変わったようだ。
大きなキャンペーンが来たり、ビッグクライアントが入って来たり、新商品の開発が来たり、今までと僕自身は変わったわけではないのだけど、前以上に様々な人が声をかけて来て、状況は一変してしまった。
こういうのってきっと、『風水』のようなものなのだろう。
人は、実は周りにいる人に、少なからず影響して、影響されているのだと思う。
もし、何か停滞していたら、自分の周りの環境を変えると、空気の流れが変わるのかもしれない。
どんなに自分が変わろうと思っても、状況が動かない場合は、自分から動いて環境を変えてみるのもいいかもしれない。