最後の昼餐。

料理をしながら読んだりしたので汚れてしまった

建築家である宮脇檀による軽やかなエッセイ。
60歳を迎えた時に、ゴルフ場の会員権がキャンセルになりお金が戻り、それと引き換えに手に入れた青山の広いバルコニー付きのマンションで暮らす日々が綴られている。
宮脇檀のエッセイは、インテリアや旅行や食べることが好きなら間違いなく好きになると思う。
中でもこのエッセイは、自分の家の設計から始まり、バルコニーの植物の選択から配置、週末のたびに繰り広げられる手作りの料理のパーティーと、季節が進むごとに彼と内縁の彼女が人生を謳歌している様子が伝わってくる。
イラストは彼女が描いていて、またそのイラストにさりげなく歌が詠まれているのだ。
僕は昔、この本を読んだ時にとても感動して、当時の恋人のMと何度も一緒にこの本を読んだのを思い出す。
イタリア人のように美しく生きることにこだわり、旅に生き、食を何よりも楽しみに生きた宮脇檀の生き方は、僕たちの心をがっちりとつかんだのだった。
残念ながら、宮脇檀は癌で亡くなってしまったのだけど、彼の遺した素晴らしいエッセイは、いつまでも僕のお気に入りで、晴れた週末なんかに取り出しては、懐かしく読み返している。
時々Mのことを思い出しながら。

まずは、ゲイの友だちをつくりなさい

僕の妹でもあるGの書いた本が出版された。
この本を新幹線の中で一気に読んで一番驚いたことは、書かれているほとんどの話を、僕はすでにGから聞いて知っていたことだ。まあ、それだけ多くの時間、一緒にいたのだろう…(彼の幼少期や学生時代の話の中には、ほんの少し知らない話題があった)
LGBT初級講座というサブタイトル通り、また頭脳明晰なGらしく、多様なセクシュアリティの解説から始まり、二丁目やレインボーフラッグの意味、LGBT関係の用語解説もとてもわかりやすく書かれている。
この本の醍醐味は、Gの実体験をもとに描かれるあるひとりのゲイのカミングアウトストーリーだろう。
『自分へのカミングアウト』から、最大の難関である『家族へのカミングアウト』、そして、『社会へのカミングアウト』と続いていく構成はわかりやすく見事だ。
また、Gの家族を通して語られる人生の本質を捉えた言葉の数々は、読む人の胸にいつまでも残るかもしれない。
LGBT当事者が読んでも、またその周りにいるアライが読んでも共感でき、読み終わった後に、何か明るくポジティブな気持ちになる素晴らしい内容だと思う。
LGBTのことを全く知らないストレートの人たちが読んだら、LGBTって意外と生きていくだけで大変な人たちなんだなあと思えるだろう。
それにしても読み終えて尚、『まずは、ゲイの友だちをつくりなさい』の『え?なんで?』の部分は不明のままだが(笑)、このタイトルが気になって手に取るストレートの人たちがたくさんいるであろうことを願う。
★まずは、ゲイの友だちをつくりなさい
松中 権
講談社➕α新書

天才たちの日課

朝は6時に起きて、家中を歩き回り、窓を開けたり、そこらへんにある箱の中身を見て回ったり、本をあちこち移動させたりしながら、朝7時には起こしても怒らない人間に慎重に電話をかけるフェリーニ。
ガーシュインは、インスピレーションは信じなかった。そんなものが来るのを待っていたら、年にせいぜい三曲しか作れないと言って、毎日こつこつ仕事をするのを好んだ。
夜明けとともに起きて正午まで絵を描き、昼食をとり、午後から夜まで長い飲み騒ぎをして、その後友人たちを自宅に誘い、眠りにつくために古い料理本に目を通すフランシス・ベーコン。
ベットの上やソファの上でいつも横になりながら本を書くカポーティは、タバコの吸殻を3本以上灰皿に入れなかったり、数字が並んでいると足し算をせずにはいられなかった。
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天才と呼ばれる人の中には、時間を無駄にせず、自信喪失することもなく、自分の仕事に没頭して後世に遺る偉業を成し遂げる人がいる。
また、時間を浪費したり、インスピレーションが湧くのを待ったり、スランプを経験し、もがき苦しみながら素晴らしい作品を遺す人もいる。
そして一番興味深いのは、日々仕事に励みながらも自分に自信がなく、迷い、不安になりながら、なんとか生きている人たちもたくさんいることだ。
この本は、過去の参考文献を集めることで、偉人たちがどんな毎日を送っていたのかを仄かに浮かび上がらせている。
その姿はまるで、僕たちの隣人のようでもある。
★天才たちの日課 メイソン・カリー著

夫夫円満

先日、パーティーで買い求めた本『夫夫円満』を読んだ。
一言で言うとこの本は、リネハンさんからパートナーであるエマーソンさんへの、そして、エマーソンさんからリネハンさんへの、『愛している』という愛の本だった。
ふたりは、二丁目のゲイバーで、ワールドカップを観戦している時に偶然出会ったそうだ。一目見て、近づいて、やっとの思いで自己紹介をした時に、「生涯の伴侶となる人を見つけた」と思ったそうだ。
「愛なんて、見たことも、聞いたこともないわっ」
二丁目の『ぺんぺん草』で、マスターがよく言う芝居がかったセリフ。
誰でもこの世界で生きていれば、愛を見つけたと思ったことはあるだろう。
それをなんとか掴もうともがき、手にしたら手にしたで愛をきつく握りしめて、気づいたら粉々に砕けて手のひらから散り散りに落ちていってしまった・・・
そんな経験はないだろうか?
この本を読んでいて思い浮かべるのは、自分の人生の中での『愛』に関する様々な出来事だ。幸運にも運命の人に出会ったふたりは、愛を信じて表現し、愛はお互いの人生の揺るぎのない基盤となってゆく…。
いつの間にか、自分が遥か昔に愛がこの世にあるのだと信じて、誰かを自分の生命よりもたいせつに思っていた頃を思い出す。
もう一度、愛がこの世にあると信じてみてもいいのかもしれない…
なぜならば、愛は彼らの中に、確かに存在しているのだから。
★夫夫円満http://store.toyokeizai.net/books/9784492223468/

スマートサイジング You Can Buy Happines (and it’s Cheap)

彼らのタイニイハウス

流行の服を買ったら幸せになれるかもしれない・・・。
新しい車を手に入れたら幸せになれるかもしれない・・・。
広い家を手に入れたら幸せになれるかもしれない・・・。
経済の発展とともに、幸せな暮らしは、何かを手に入れることにより掴むことが出来ると信じて来た我々は気づきはじめた。モノを買うことでは幸せにはなれないということを。この本では、どこにでもいるようなアメリカ人の夫婦が、お金を消費し続ける毎日から抜け出して、自分にとって本当の幸せとは何かを見いだし、ダウンサイジングならぬスマートサイジングで生活を根本から変えてゆく決意をする。
『本来必要もなければ使いもしないモノをそれでも持っていたかったのは、そのモノの中に自分のアイデンティティ、つまり「まわりからこう見られたい」という理想の自分を見出していたからだ。』
『基本的なニーズ以外、お金は私たちが本当に幸せになるために必要なものを何ひとつ与えてはくれないすなわち、家族、コミュニティ、健康、満足のいく仕事、芸術や自然などからの体験、他人への思いやり、目的意識、洞察力などは、どれもお金では買うことが出来ないのだ』スコット・ラッセル・サンダース
二人の暮らす家は、はじめは110平米、次に70平米、その次に40平米、最後には10平米というタイニイハウスになり、考えもしなかった幸福な生活を手に入れる。
『私があなたに言えるのは、”なぜ”とか”なんのために”などと考えず、ただ目の前のアイスクリームを、目の前にあるうちに楽しみなさいということだ』ソートン・ワイルダー
僕たちは今、目の前にあるアイスクリームを見ることも味わうこともなく、スマートフォンの中に没頭しているようだ。インターネットやスマートフォンのお陰で、今では物凄い情報量を手に入れることが出来るし、その便利さ故に、時間の過ごし方も昔とは全然変わって来てしまった。
本をじっくりと読んだり、友人や家族と同じ時間を共有して、きちんと向き合えているだろうか?今、目の前で起こっている季節の変化や、美しい瞬間をきちんと体験しているのだろうか・・・。
彼らの生活は、NEW YORK TIMESで紹介されるや否や、ニューヨーカーたちの注目を集めた。生活のダウンサイジングは実際には難しいかもしれないけれども、今の自分の生活のこと。そしてそれを支えている自分の価値観と、今一度向き合わざるをえなくなる良書。
★スマートサイジング(価値あるものを探す人生) タミー・ストローベル著

アリス・マンロー Alice Munro

村上春樹が取るのではないかと言われていた今年のノーベル文学賞は、82歳のカナダ人の女性アリス・マンローが獲得した。
ノーベル賞の発表を伝えようと、スウェーデン・アカデミーが電話をいくらかけても誰も電話に出なくて、結局アリス・マンローは娘さんの家に遊びに行っていたというエピソードに笑ってしまった。
新潮クレストブックスは、美しい装丁と、世界中からの素晴らしいセレクトゆえに、新刊が出るのをいつも楽しみにしている。
アリス・マンローは、過去に写真の二冊を読んでいたのだけど、決して壮大なテーマの小説ではない(ノーベル文学賞は、壮大なテーマだったり難しい小説家が多いと思いませんか?)
カナダの田舎町で暮らすアリス・マンローの、中流もしくは下流家庭の日常生活から紡ぎ出される作品は、人間に対する優れた洞察力と細部まで見逃さない緻密な描写で、匂いも、色彩も、生きている人々の皺さえも感じられる不思議なリアリティと、およそ82歳のお婆さんが書いて来たと思えない、恐ろしい強さがある。
決して映画の主人公のような物語ではないけれど、どんな平凡な田舎町に暮らす人にも、それぞれの人生には、語られない物語があるのだと思わせてくれる。

10皿でわかるイタリア料理

ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナうまそう…

料理のエッセイで、面白く非常に勉強になる本に出会った。筆者は、イタリアのガンベロ・ロッソ・レストランガイドのたった一人の日本人執筆スタッフ。
代表的なイタリア料理10品の説明とともに、その周りにある歴史、そしてワインとのマッチングまで、とてもわかりやすく丁寧に描かれている。
一番驚くのは、これを書いているのはイタリア人なのではないかと錯覚してしまうくらい、豊富な知識と、イタリアに対する絶大な愛情が感じられることだろう。
そして恐らく筆者自身も、イタリア人のように、人生に、喜びや愛や幸福を求めているのがわかる。
ただ一つ困ることは、読んでいるうちに、お腹が空いてきて、今すぐその一皿を食べたくなること。それぞれの料理に合うというワインの味と、そのマッチングを想像して、しばらくエアー幸福感に浸ってしまうことだろう。
カルボナーラのページに、本の内容を凝縮した文章が載っていたので、参考に抜粋しておきます。以下。
“人間は、常に理にかなったことをすれば喜びを得られるものではなければ、正しいことをすれば幸せになれるものでもないのである。
カルボナーラと間抜けな白ワインの組み合わせも、脂っこいボッリート・ミストと軽やかなランブルスコの組み合わせも、それほど熟成されてないペコリーノ・トスカーノと重厚なブルネッロの組み合わせも、すべては理論上は間違ったマッチングである。しかし、長年行われていて、妙にしっくりくるし、食卓で喜びや満足感を与えてくれるのであれば、それはそれでOKだと思う。
ワインも料理も最も重要なことは喜びを与えてくれることである。正しくて退屈なことをするよりは、間違っていても幸せなことをする方が、やはり賢明であるように私には思える”
★10皿でわかるイタリア料理
宮嶋 勲 著 http://www.nikkeibookvideo.com/item-detail/16874/

二人で生きる技術

僕のホーム・バーは、新宿2丁目に3軒あって、そのうちの一つに、『Tack’s Knot』がある(場所は正確には3丁目なのだけど)。
2週間ぶりに飲みに行くと、隣に31歳の若者と、もう一つ隣には、55歳くらいのおじさんが座っていた。
若い子とおじさんは、どうやら会社が同じだということで、若い子は、自分がゲイであることやホモフォビアで随分悩んだけど、ある日お母さんにカミングアウトをしたらしい。
お母さんは、あっさりと、「あら、そんなの気づいていたわよ」と言うことで、それから彼は少しずつカミングアウトをはじめている。その二人目が、一緒に来たおじさんで、この人ならカミングアウトをしてもいいかもと思って話したそうだ。
おじさんは、「あ、俺も知り合いにそういうのがいるよ。大塚隆史って言うんだけど…実は、俺の従兄弟なんだ」
若者「え?!大塚隆史さんなら、僕も本を読んだことがあります!親戚なんですか?」と言うことで、二人がタックス・ノットにそろって訪ねて来たらしい。
世の中には、こんな偶然ってあるんだなあ〜と、僕もあっけに取られていたのだけど、タック(大塚隆史)もびっくりしていた。親戚がまさか突然訪ねて来るなんて思わなかったから。
タックの著作に、『二人で生きる技術』という本がある。
タックの生い立ちから始まって、ゲイで悩む時期や、セックスに関して赤裸々に書かれていたり、今までのつきあった人との関係性が、しっかりと描かれている本なのだけど、僕は大好きな本で、今までに、15人以上の人にはプレゼントをして来たと思う。
日本では、男と女のカップルと違って、国に認められて結婚することはまだ出来ないし、もちろん子どもを持つことも出来ない。『男二人でつきあったとしても、なんの約束もないこの世界において、それでも二人がパートナーシップを結び、人生を分かち合ってゆくことには価値がある』ということが書かれている。
今の時代、取っ替え引っ替え色々な男を捕まえては、セックスを楽しんで生きて行くことも出来るし、実際、年をとっている人でも、そのような短期間のつきあいを繰り返して生きて来た人が多いと思う。
僕も、10年間というつきあいの後に別れた時は、もう二度と誰かとつきあうことはないだろうと思っていた。ジャックドやグラインダーでは、星の数ほど男なんているように見えるし、いい男に出会ったとしても、彼は僕とのセックスが飽きた後、また、星の数ほどいる男たちの中から次の男を探すに違いないと思えた。
それが、ひょんなことからKに出会って、またもう一度誰かと人生を分かち合うということを思い出しながら、毎日を生きはじめている。
道に迷った時には、先人の智慧が時には頼りになることがある。この、『二人で生きる技術』には、何度も繰り返し読みたくなるような叡智がぎゅっと詰まっている。
これから一人で生きてゆこうと思っている人も、誰かと人生を分かち合って生きてゆこうと思っている人も、必ず何か、生きてゆくためのヒントが、この本の中には書かれていると思う。
★二人で生きる技術 大塚隆史 著http://www.pot.co.jp/books/isbn978-4-7808-0135-4.html