ねずみを巡る戦い。その3

僕の家のベランダに、夜の間にネズミが出没して鉢の中の土を掘っていることは前にここに書いた。
ネズミは、僕が植えた球根を食べるために土を掘っているのか、単純に穴を掘って遊んでいるのか、はたまた穴の中で眠っているのかわからないのだけど、朝起きると穴が空いているのだ。
毒餌を撒くのも嫌だし、ネットやネズミ取りを仕掛けるのも気味が悪いので、ネズミが嫌うという超音波を使ってしばらくは来なくなっていたのだけど、ネズミはどうやら超音波に慣れるようで、僕が中国に行っていた間に、また荒らされるようになってしまった。
そこで今度はまた凝りもせず、太陽光で充電できて、動くものに反応して光るライトを購入した。超音波も一緒に着いているらしい。
これで効き目があるかわからないけど、せっかく植えた花々をみすみすネズミの餌にするわけにはいかないと、Kとふたり、長期戦でも負けない心構えでいるところ。

ジョジョ・ラビット

第二次世界大戦中のドイツのある村に、10歳のジョジョはお母さんと二人で暮らしていた。
お父さんはイタリアに戦争に行ったまま脱走の疑いがかけられ帰って来ず、ジョジョはヒットラーに忠誠心を誓うことで毎日を過ごしていた。
ある日、ひょんなきっかけで、自分の家にユダヤ人の娘が暮らしていることを知り、自分が信じていたナチスの思想が揺らぎはじめる。
スカヨハが、今作でアカデミー助演女優賞の候補になっているので観に行ったら、こんな新しい戦争映画に出会って驚いた作品。
戦争の悲惨さや残酷さを、明るくコミカルに描くことによって、また別の想像力か働くということを思い知らされた。
⭐️ジョジョ・ラビットhttp://www.foxmovies-jp.com/jojorabbit/sp/

リチャード・ジュエル

1996年アトランタオリンピックで、センテニアル公園でコンサートが開かれていた。人々が熱狂しているさなか、ベンチの下に置かれた爆弾を警備員が見つけて、聴衆を非難させている途中に爆弾が爆発するというテロが起きた。
この映画は、その警備員が、英雄扱いから一転して犯人扱いされていく恐ろしい話。
FBIの巨大な力と、マスメディアによって、素朴な青年が凶悪犯に仕立てられていく様は、見ていて本当に恐ろしくなった。
勇敢に立ち上がり、無実の罪を晴らそうと立ち上がった弁護士役に、サム・ロックウェル。息子思いのお母さんに、キャシー・ベイツ。
久しぶりのクリント・イーストウッド監督の作品は、手に汗握るサスペンスだった。
⭐️リチャード・ジュエルhttp://wwws.warnerbros.co.jp/richard-jewelljp/index.html

3泊4日の出張のあとに。

3泊4日の中国出張が終わって、やっと我が家は帰ってきた。
いつも一緒にいるKと離れて過ごすことに、僕はいつまでも慣れずにいる。
夜、ベッドで久しぶりに眠る時に、Kは僕の手を握り、脚を僕の脚につけてくる。
眠っている間も絶えず僕の足を探して、こちらを向いている時はスネをつけてくるし、向こうを向いている時は、足の裏で僕を探している。
それはまるで、ひとりで過ごしていた時間の寂しさを、少しずつ癒しているよう。
そんなKのことを僕は、人懐こい大型犬のように思うのだ。

中国の新幹線で思うこと。

杭州からは、新幹線で上海まで行き、その後地下鉄で2駅で上海虹橋空港から羽田空港に帰ってきた。
新幹線は、外国人はパスポートの提示が求められる。その後、出発時間の10分前になると、やっと待合広場からホームに上がる通路が通れる合図が下される。
この時点で、たとえ前の方に並んでいたとしても、中国人は横から平気でどんどん入ってくる。だいたい列を作って待つなどというルールがそもそも確立していないのだろう。
なんとかパスポートをスキャンさせて改札を通ると、エスカレーターでホームに向かい、新幹線が入ってくるのを待つ。
健常者ならばこの10分で自分の乗るべき号車までたどり着けるとは思うものの、年寄りや身体の不自由な人だと結構時間がないことがわかる。
新幹線の中では、子供が平気で大きな音でゲームをしている。誰も注意しないし、誰もなんとも思っていないのだと思う。
途中の駅で乗り込んできた客が、新幹線の通路で知人に会ったようで、大きな声で立ち話が続く。立ち話は5分くらい続き、その間、迷惑そうに前から後ろから人々が追い抜かしてゆく。
上海に着いて、出口に向かおうと前の人に続いて並んでいたら、そんなのお構いなしに、次から次へと人が横から割り込んできて前に進んでいく。
日本のように、マナーを守るとか、順番などはなっから関係ないようだ。
おおらかというか。大雑把というか。どちらの国がいいとか悪いではなく、明かにふたつの国は「違う」ということを改めて思い知らされた旅だった。

ねずみを巡る戦い。その2

出張中にKからLINEが入った。
どうやら超音波でしばらく姿を潜めていたネズミが、超音波を克服してまた鉢を荒らし始めたようなのだ。
Kはシクラメンの下にまで潜り込んだネズミに腹を立て、しょうがなく大きな鉢2つを家の中に取り込んだようだ。
こんな生活はいつまでも続けられないし、かと言ってネズミを駆除するのも気の毒だし、次なる作戦を練っているところ。

昔の戦争について、我々ができること。

※まず、これは、政治的なお話ではないということを、おことわりしておきたいと思う。中国の名門である北京大学を出て、今はライターをやっておられるYさんのお話がとても興味深かった。
<以下はYさんのお話>
僕たち日本人の中では、第二次世界大戦はもう74年以上前に終わっていると思うんです。そうやって教育されてきましたし、実際にそれだけの月日が流れているのですから・・・
でも、中国やその他の国の人々にとっては、未だに第二次世界大戦は終わっていないんです。
今でもテレビでは戦争の番組や日本人が酷い残虐な行いをしているドラマがずーっと流れっぱなしなんです。
ですから、僕はこう思うんです。一方的に終わったつもりでいてはしょうがないと。
中国や他の国の人たちとお話しする機会があったら、お話しをする時に僕は謝るんです。
自分がやったことじゃないし、もう75年くらい前の話だけれども、謝るんです。
そうすると、彼らも僕たちのお話を聞いてくれるような気がします。
<以上>
これは、人によっては到底受け入れられない考えかもしれない。でも、僕でさえ、今までアメリカ人やイギリス人、中国人、韓国人と話した時に、戦争の話でいつもズレを感じるようなことが度々あった。
これからは、Yさんに教えていただいたような気持ちで、世界の人々と接していけたらいいなあと思ったのだ。

中国の杭州へ。

やたらとビルに映像を映している

高層ビルの下には民家が軒を並べる

中国に来るのは、かれこれ10年ぶりくらいだろうか。
杭州は、上海から西へ車で3時間半くらい移動したところで、世界遺産の西湖が有名なようだ。
今回は仕事一色なので、観光する時間はないのだけど、僕たちのホテルの周りは大きな建物が建設ラッシュで、ふと見るとその高層ビルの足元にはバラックのような民家が今も軒を連ねている。
現地のスタッフと話して驚いたことは、上海と杭州でさえ、言葉が違っていてわからない方言が結構あるということ。
北京語は公用語としてみんなはわかるけれども、普段はそれぞれその場所の言葉を使っているのだそうだ。それは、日本の地域ごとの方言のような違いではなく、全く違う音になるような言葉の違いだった。
久しぶりに来た中国は、決済はアリペイかウィチャットの2択のような感じで、現金離れが日本よりもずっと進んでいた。

フォードVSフェラーリ

1960年代半ば、アメリカのフォードは全米で自動車販売を拡大し続けていたが、F1やル・マンでは世界に評価されるような車ではなかった。
そこはフェラーリの独壇場で、全米ナンバー1のフォードであっても、イタリアのフェラーリからすると、醜くてダサい車だと思われていたのだ。
ある日、元レーサーで、今はカーデザイナーのシャルビー(マットデイモン)の元に、フォードから、「ル・マンで優勝するように」というミッションが託される。シェルビーはエキセントリックで偏屈なケン・マイルズにそのミッションを託し、ふたりの挑戦が始まる。
実際にあったお話を映画化した作品は、レースのシーンなどどうやって撮影して編集したのか?と思うほどよく作り込まれている。
クリスチャン・ベールのブレない演技に、最後まで目が離せない作品。
⭐️フォードVSフェラーリhttp://www.foxmovies-jp.com/fordvsferrari/

小さな心づかい。

ずいぶん前に会社のデスクに常駐していた派遣社員の女性Tちゃんは、いつも明るい子だった。
いつだったか、僕が急に頭が痛くなった時にTちゃんの持っていた頭痛薬をくれたのだけど、その時に同時にコップに入った水を手渡してくれた。
僕はその薬を水と一緒に飲もうとすると、お水ではなくぬるま湯だったのだ。
ぬるま湯はとてもやさしく、薬もすーっと違和感無く身体の中に入っていった。
それ以来、胃薬だったり何回か薬をもらうことがあったのだけど、そのたびにいつもTちゃんから手渡されるのは、白湯とお水の間のぬるま湯だった。
それから僕は、人に薬を手渡す時には、出来る限りぬるま湯で渡してあげるようにしている。
ほんのちょっとのことだけど、やさしさって、そういうことなのかもしれない。