あれから34年。

神保町の岩波ホールに、ヴィスコンティ監督の『家族の肖像』を見に行ったのだけど、久しぶりに御茶ノ水駅で降りて、ゆっくりと坂を下り、古本屋街を抜けて歩きながら、昔のことを思い出していた。
中学三年生の時に、御茶ノ水の本屋さんでゲイ雑誌を立ち読みしていたら、ノルウエー人に声をかけられて、興味本位でついていったことがある。
神保町の裏道の小さな旅館に入り、その上智大学の留学生だった背の高いノルウエー人と、はじめての経験をしたのだった。
僕が10代の頃は、今のようにインターネットなどはなく、ゲイが誰かと知り合うこと自体なかなか難しい時代で、ゲイ雑誌の文通欄に手紙を書くか、直接掲示板にプロフィールを載せるかしかなかったと思う。
やがて新宿二丁目に行くようになり、ゲイが集まるこんなに楽しい町があるのか!と、のめり込んでいったのだった。
当時はLGBTなんていう言葉もなく、ゲイであることは秘密を抱えて生きる隠微な世界の人間であるように感じていた。三島由紀夫の『仮面の告白』の世界のような…。
あれから34年、僕たちを取り巻く状況は随分変わったなぁと思う。
「今日はどんな素敵な出会いがあるだろう…」なんて思いながら、秘密の町新宿二丁目に通った週末が懐かしくもある。
自分の本名を明かさず、源氏名を使っていた頃。
週末の夜には、あの街だけは他とは違う濃密な時間が確かに流れていたのだ。