くちなし

マンションの前の通りを歩くと、甘い香りがした。ふと見ると、歩道の脇に、くちなしが開きはじめていた。
ちょうど5年前のくちなしが咲く頃、この家に引っ越して来たのだった。
あの頃は10年間つきあった人と別れて一人になったばかりで、皮が剥がれて骨だけになったようで、もう誰かとつきあうことなどないだろうと思っていた。
月日はゆっくりと流れて、周りの友人たちもいろいろと変わり、僕にも恋人が出来て、生活もずいぶん変わったようだ。
香りは、時々昔の思い出とともにある。
くちなしの香りを嗅ぐと、ひとりで生きていかなくてはならなくなったあの頃を思い出す。
辛かった過去も、今ではもう、甘い香りとともにある。

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