Kの暮らし。

Kの暮らしは、僕からは考えられないくらい、質素な暮らしだ。
「じゃあ、パスタを茹でようか・・・大きい鍋出して!」
「あ、大きい鍋はありません」
「この出汁を、ボウルに入れてざるで漉したいんだけど・・・」
「ボウルはさっきの一つしかありません」
「じゃあ、このうどんをどんぶりに装って・・・」
「あ、どんぶりとかありません」
たとえばボウルの代わりは、大きめの鍋を使ったり、
パスタを茹でる鍋は、一番大きなフライパンを使ったり、
なんとか知恵を働かせると、他のもので代用をきかせることができて、
最後は料理も無事に終わり、パスタを食べようと食卓に着くと、
「あ、フォークひとつしかないや」
「じゃあ、箸でいいよ」といった具合に。
洋服は人並みに量がある気がするけど、
バスタオルはなくて、少し大きめのタオルが数枚と
普通の大きさのタオルがあるだけ。
(僕の家には、バスタオルが恐らく12枚はあると思う・・・)
なんでも余分なものはほとんどなくて、
数少ないものを使用して、無駄の無い暮らしをしているのが分かる。
よくいえば、無印良品のような暮らし・・・。
もう、その時点で、僕とは真逆な気がする。僕はMUJIの物自体、
今まで画鋲と歯磨きセットをやむを得ず買ったことがあるくらいだから。
Kは、勤務先から歩いて3分くらいのところに住み、
仕事場から歩いて帰宅することが出来る。
交通機関に頼らなくていいということも、東京で暮らす我々とは違っている。
東京で暮らす僕たちの生活は、いかに物に囲まれて、
余分なものを買い込み、無駄なゴミを出しながら暮らしているのかと、
ちょっと自分の暮らしを省みた。
何をしても、東京ではお金がかかるし、
またそれが当たり前のようになっていて、疑わない自分がいる。
無印良品のような暮らしは、今更僕には不可能だと思うけど、
今は、Kのような質素な暮らしに変な刺激を受けて、
無駄な物の多すぎる自分の暮らしを、少しずつ見直しているところ。
誰かとつきあってゆくことで、こんな僕でさえ少しずつ変わってゆくんだな。
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